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第26話『振り返れば奴がいる』

今夜は日本食を食べに行こう。胃袋山根君。油ものもスパイスも苦手な僕にインド料理のハードルは高く、とにかく薄い味の優しいものを求めていた。

調べると、MEGU CAFÉという和食屋が有名なようだ。宿から徒歩40分程下流のところにあるようなので、ディナーをいただいた後で別のガートのプージャを味わおうと算段し、16時過ぎに宿を出た。

いつも通り最寄りのアッシーガートからガンガーに降り、河沿いを歩き始める。やはり人を撮るのはスマホよりカメラの方が反応が良いことに気が付き、旅に出て一ヶ月近く経ったところでようやく持ち歩くようになったCanon G7X。まさしく猫に小判。この名機を片手に写真を撮り撮り進んでいると、当然背後から肩を叩かれた。

驚き振り返るとギョッとした。そこにはここ二日間行動を共にしたサーシ(前話参照)の姿が。なんということだ。彼は恐らく毎日ここにいて獲物を探しているのだろう。法学部で勉強していて将来は弁護士ではなく裁判官になりたいという話は嘘だったのか、或いは見果てぬ夢か。

彼は屈託の無い笑顔で、今から昨日回れなかった場所を案内するよと言ってくる。サーシは160cm程の華奢な体格の少年だ。最終的にフィジカルで勝てるという目測は海外で人と交流を持つうえで大きな安心材料になる。

しかし、僕は心寒さを拭えなかった。それは不気味さを孕んだものだ。昨晩お金を求めてきた時の僕の反応を覚えていないのか。ともかく、ディナーの約束があるから君とは行けないと告げ、下流に向かって一人歩みを続ける。何故かぴたりと後に続くサーシ。

付いてこないで欲しいと言うと、僕も方向が同じなんだよと返される。だが、僕が止まると君も止まるではないか!心を鬼にして語気を強め、君と一緒に行くことは絶対に無いぞと訴える。

彼は寂しそうな顔でOKと言い残し、去っていった。その方向が逆方向だったことが僕の罪悪感を幾らか軽くする。

さて、益々日本食に癒されたい気持ちを募らせ、ガンガーから旧市街へと入る。サリー店の立ち並ぶ細い路地を通り、スマホ片手に目的地を目指していると、「MEGU CAFÉ?It‘s closed」と話しかけてくる中年男性。どうやら僕の目的を察したらしい。しかし、僕はもう誰も信じたくないのだ。動揺を隠しながら、いつ閉店したのかと尋ねると、コロナが始まってからで、今はサリー店になったという。何やらそれらしい話ではあるが、続けて彼は「それより僕のサリー店で買い物しない?」と持ち掛けてきた。このロジックは、、、嘘をついている『型』だぜ!そもそもGoogleMapで営業中になっている。僕は確信し、歩き始めた。

信じれば裏切られ、疑っても裏切られる。果たしてGoogleが示すその場所は明らかにまだ新しいサリー店が。インドのライアーゲームが難しすぎる。

そして、打ちひしがれて路地をすごすごと歩いていると、何やらベジタリアンレストランの店先で談笑する老人と店主らしき男が。何気なく店内を横目に通り過ぎようとすると、老人にこのお店は良いぞと話しかけられた。少年、中年と続いたライアーゲームは老人編である。

結果、デリー生まれロンドン育ちの74歳のこの老人とディナーを共にし、料理も優しい味で、店主もホスピタリティにあふれた大当たりの店だったのだが、それはまた別のお話。

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