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書評:川上淳之著『「副業」の研究』 (経セミ2021年8・9月号より)

川上淳之[著]
「副業」の研究――多様性がもたらす影響と可能性
慶應義塾大学出版会、2021年、四六判、324ページ、税別2700円

評者:黒田祥子(くろだ・さちこ)
早稲田大学教育・総合科学学術院教授

日本の副業の実態を
順を追って丁寧に解き明かす

副業の推進は、安倍政権下でスタートした「働き方改革実行計画」の重点項目の一つに位置付けられてきたものの、これまでは「同一労働同一賃金」や「長時間労働是正」といった看板の陰に隠れ、必ずしも大きく注目されてこなかった。しかし、新型コロナ感染症の世界的流行をきっかけにギグワークという言葉が認知されるようになり、ここへ来て副業に関する世間の関心が高まっている(本書でも、「家計調査」を用いた分析で副業収入があったと答えた2人以上世帯の割合が、2020年4月以降に急増したことが示されている)。もっとも本書は、2020年以後の労働市場の急変に対応して突貫工事的に執筆されたものではない。約10年にわたり「副業」に焦点を当て丁寧な分析を積み重ねてきた著者の研究の集大成である。

本書は、日本の副業の実態をステップバイステップできめ細かく解き明かしていく構成になっている。副業に関して、われわれが抱くイメージは様々である。そこで本書はまず、副業の定義や、現行の公的統計でどの程度副業の実態を捕捉できるかを説明し、公的統計では入手できない情報は民間の調査も併用しながら、日本の副業の実態を明らかにすることからスタートしている(第1、3章)。そして、副業を行う動機に話題を移し、所得の補填という一般的に想定される動機だけでなく、「知識や経験の獲得」「人脈づくり」といった非金銭的な理由など、副業の動機は実に多様であることを示している(第2、5章)。

興味深いのは、副業をすることで生産性が向上するのかを検討した第6章である。政府の「働き方改革」では、副業推進の大きな理由として、オープンイノベーションの効果を挙げている。しかし、著者が指摘しているとおり、副業が仕事のパフォーマンスを高めるかどうかを定量的に検証したものは非常に少ない。はたして副業は、政府の意図どおり、経験蓄積や人的ネットワークを通じて本人の人的資本を増やし、本業あるいは将来の起業に活かされるのか。本書では数少ない既存研究の結果を説明したうえで、著者自身が行ったいくつかの分析を併せて紹介しながら、分析能力や思考力を要するタスクを必要とする職種(管理的職種、情報処理技術者、専門的・技術的職業従事者)においてのみ本業のパフォーマンスにおいてプラスの効果が認められることを示している。また、「なぜ副業にスキルを高める効果が存在するのか」というそもそもの疑問については、副業の学習プロセスを定性的に分析した経営学の知見を紹介し、この問いの解明も含め、定量・定性分析の両面の蓄積が今後も必要であると述べている。法制度の課題を検討した第7章、副業が人々の幸福度や健康に与える影響について分析した第8章も重要な示唆が多い。

本書は、定量的な分析だけでなく、副業を持つ人へのインタビューを通じた定性分析も行うなど、日本の副業の実態を予断を持たず、中立的な視点で多角的に分析することを意識して執筆されている。これまで、日本では多くの企業が副業を禁止してきたこともあり、副業に関する実態はベールに包まれてきた。そのため、これまでは実態が十分に把握されないまま、イメージや期待が先行するかたちで副業が推進されてきたきらいがあった。日本の労働市場に大きな変化の兆しがみえる現在、著者が最後に述べているとおり、今後は副業に関する研究がさらに蓄積されていくことが望まれる。本書はそのきっかけを作ってくれた貴重な一冊である。

■主な目次

序  章 なぜ、いま副業について考えるのか
第1章 働き方のなかの「副業」
第2章 労働経済学で副業を捉える
第3章 現代日本の副業――政府統計で副業を捉える
第4章 収入を得るための副業
第5章 様々な動機による副業
第6章 副業は本業のパフォーマンスを高めるのか
第7章 法的課題と企業の対応
第8章 副業は人を幸せにするのか――主観的幸福度の分析
終  章 副業のこれからについて考える――まとめに代えて

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