見出し画像

【インタビュー】実証分析を好きになったきっかけ:経済論文の書き方付録


『経済セミナー』2020年8・9月号では、「経済論文の書き方[実証編]」と題した特集をお届けしましたが、その特集が、書籍となって登場です!

この特集に加えて、21年8・9月号の特集「経済論文の書き方:はじめの一歩編」の内容をまとめ直し、さらに多数の書下ろしの章を加えて4つのパート(「はじめの一歩編」「実証編」「理論編」「技法編」)、19の章で構成された、経済論文の書き方をゼロから学んでいくための書籍ができあがりました! 内容の詳細は、以下のnoteでまとめてご紹介していますので、ぜひご覧いただけたら幸いです。

本書のもととなった特集「経済論文の書き方[実証編]」を制作する際に着目したのが、「ISFJ(日本政策学生会議)」です。ISFJは、学生が政策課題を考えて論文にまとめ、政策提言を行うための論文発表大会を毎年大規模に開催しています。「実証編」では、それに積極的に参加されている先生方にも多数ご登場いただきました。

そこでこのnoteでは、今号の対談にご登場いただいた大阪大学法学部国際公共政策学科の赤井伸郎先生ゼミでISFJに参加された、後藤剛志(ごとう・つよし)さんと、池田貴昭(いけだ・たかあき)さんのお二人を(オンライン会場に)お招きして、当時のご経験をお伺いします(赤井ゼミホームページ)。

後藤剛志さんは、大阪大学法学部国際公共政策学科を卒業後、大阪大学の経済学研究科修士課程、博士課程へと進学されました。現在は経済学の研究者として、千葉大学で教えておられます(大学院社会科学研究院講師)。公共経済学(財政・公共政策など)がご専門です。

池田貴昭さんは、同学部を卒業後に東京大学大学院経済学研究科の修士課程へ進学されました。現在は、民間シンクタンクである三菱UFJリサーチ&コンサルティングの政策研究事業本部経済政策部に所属し、「行動科学チーム」のメンバーとして調査・研究や政策分析業務で活躍されています。

後藤さん
(写真:左=後藤さん、右=池田さん/2020年7月21日撮影)

なお、後藤さんには、その後の2022年8・9月号の特集「経済論文の読み方」では「実証研究・実証論文にはじめて触れる人へ」というタイトルでご寄稿もいただきました!(この特集は、以下で内容+お役立ちツールご紹介をしています)

お二人には、経済学や実証分析、そして赤井ゼミを選んだきっかけから、実際のゼミ活動、ISFJ等に向けたさまざまなご苦労や、特におもしろかったポイント等についてお話いただきます。そしてISFJを通じて、どのように経済学や実証分析への興味を深め、大学院進学を決めたのか、さらには現在のどのような経緯でお仕事を選ばれたのかについて、インタビューしていきたいと思います。それではお二人とも、よろしくお願いします!

■赤井ゼミを選んだきっかけ

編集部 まずは後藤さんから、赤井ゼミはどんなきっかけで選ばれたのですか?

後藤 私は阪大・赤井ゼミの4期生になります。ゼミを選んだきっかけは、当時赤井先生が担当されたミクロ経済学入門の授業がおもしろかったことです。また、当時からキツいゼミだという評判があって(笑)、それにチャレンジしてという思いがありました。

池田 私は後藤さんの1つ下の学年で、5期生です。私の場合は、赤井先生のミクロの授業はチンプンカンプンで、おもしろいとは思えませんでした(笑)。西村和雄『ミクロ経済学入門』(岩波書店、1995年)が教科書だったのですが、抽象的な理論がメインで、逆にミクロ経済学が嫌いになりました。

編集部 では、ISFJ等への参加に関心があったんですか?

池田 ISFJやWEST(関西の大学が中心に活動する論文発表会)については、ゼミのシラバスではさらっと触れられているだけなので、ゼミ選びの際は深く考えてはいませんでした。でも、高校生の時から政策について議論したいと考えていて、国際公共政策学科(学生の間では「国共」と略しています)に入学したのもそのためで、特に日本の問題に関心を持っていました。ただ、「国際」と名がつくだけあって国内の政策課題を中心に扱うゼミが少なく、赤井ゼミと山内直人先生のゼミくらいだったように記憶しています。また、赤井ゼミは経済学をやるゼミだとは強調しておらず、政策について議論するという内容で、雰囲気がより自分に合いそうだと思って選びました。

■ISFJに向けたゼミ活動

編集部 なるほど、同じ赤井ゼミでもお二人が選んだきっかけは大きく異なるんですね。実際のゼミ活動は、どのように行われたのでしょうか? 赤井先生はしっかり丁寧に指導されるイメージです。

後藤 実は、赤井ゼミは先生がご自身でみっちり指導するというよりは、学生が自分たちで学んでいくスタイルでした。ゼミでも輪読等は行わず、ゼミ生5人くらいで1つのチームを組み、チームごとに毎週発表する形で行われます。基礎知識の習得は主にサブゼミです。特に、2年生から3年生になるタイミングで集中的に計量経済学の基礎を学びます。

池田 サブゼミでの計量経済学の指導は、後藤さんが修士2年目から博士3年目まで担当されていましたよね。赤井ゼミで実証分析の質が向上したのは、後藤さんの貢献が大きいと思います!

後藤 はい。赤井先生は、もちろん実証分析もされますが、どちらかというと理論分析がご専門なこともあり、私が大学院に進んでからはティーチングアシスタント(TA)を任せていただきました。また最近では、国共のカリキュラムが改善されて実証分析を学ぶ機会も非常に増えている点も、非常に重要だと思いますね。

編集部 チームでは、どんな発表をするんですか?

後藤 ISFJやWESTに向けた論文作成の進捗を発表します。国共は2年時からゼミに所属するのですが、毎年2~4年生で1つのチームをつくり、論文執筆の主体は3年生が担います。ISFJへの準備は、毎年4月からの論文テーマ選びがスタートです。

2年時は、チームの先輩の指示を受けて論文のテーマに関する制度や文献などを調べます。論文の内容や政策提言の内容などを議論するミーティングに参加して、アイデアを出したりもします。3年時は、チームの中心として制度や文献の調査、データの収集や分析等、論文執筆に関わる全般を行います。4年時は、実質的にはミーティングに参加してアドバイスをするくらいでしたが、3年生からいろいろな悩みやについて相談を受けるので、個人的には難しい役回りでした。

2年時にゼミに入り、毎年ISFJに向けた準備を違う立場で経験します。主体的に論文を書く3年時以外にも、2年時から先輩の姿を見て調査や分析、論文の書き方などを学ぶことができるのが赤井ゼミの大きな特徴です。

編集部 『経セミ』の対談でも、赤井先生はゼミの2~4年生の役割分担と縦のつながりを強調されていました。その通りですね。

池田 対談で赤井先生は、ゼミは基本的に持ち上がりのようにおっしゃっていましたが、入ゼミのタイミングが2年時に限られる赤井ゼミは、国共のなかではやや特殊です。3年間同じゼミに所属する人が多数派ではありますが、制度的にはゼミは毎年変更できて、活動内容も1年で完結しているところが大半だと思います。私も、4年時は小原美紀先生のゼミに所属し、こちらの活動がメインでした。

2年時は実際に分析することはあまりなく、3年時にはじめてStataを触りました。2年後期と3年前期に統計学と計量経済学の入門授業が配当されていて、基本的なことはそれらの授業で学び、3年の夏休みに即実践、という感じです。

後藤さんも言われた通り、4~6月くらいでテーマを決めて、夏休みを丸ごとゼミに使います。夏の間にデータを集め、秋以降に分析から政策提言までを考えていきます。11月末にWESTが、12月1週目にISFJがあるので、それに合わせて論文を仕上げて提出します。提出後は、プレゼン用パワポ資料作成と発表練習です。ISFJで赤井ゼミのチームのいずれかが「政策提言賞」を受賞した場合には、翌年の2月ごろに、赤井先生が関係省庁の方に直接お話するという機会をつくってくださいます。私の年度も受賞チームが出て、貴重な経験ができました。

編集部 「政策提言ツアー」ですね! 赤井先生のホームページで様子が公開されているのを拝見しました。

■論文テーマの選び方

編集部 ISFJの「論文ライブラリ」のページを見ると、どのチームも非常に具体的でおもしろいテーマを選んでいるように思うのですが、赤井ゼミではどのようにテーマを選ぶんですか? 先生のご示唆などはあるんですか?

後藤 先生がテーマをサジェストするのではなくて、チームで議論して決めていきます。具体的にテーマを決める際には、メンバーの関心に基づいて、各種の『白書』や、政府の成長戦略(私たちが学生だった当時は「日本再興戦略」)などの政府資料を見て、現実の政策課題を調べながら議論します。私のチームは、訪日外国人向けのビザ緩和をテーマに、「ビザ緩和が訪日外国人数を増やすのか、不法残留外国人を増やさないのか」について調べました。分析に適したデータが得られるかどうかも、実際のテーマ選びでは重要な要素です。

池田 私の場合は、3年時には漁業をテーマにしたのですが、当時のスキルでは研究に使えそうなデータがなかなかなくて、いま振り返るとあまりよいテーマ設定、分析、政策提言ではなかったなぁと思います。

編集部 研究サーベイなどからではなく、自分たちの問題意識に基づいて政策課題をみつけてから、議論を組み立てていく形で論文を作っていくんですね。

池田 そうですね。それが赤井ゼミやISFJの特徴でもあり、政策提言を行う前提で論文を執筆していくことになります。

■ISFJ・ゼミのここがおもしろい!

編集部 はじめから政策志向でテーマを選んで問題を絞っていく感じなんですね。この点は、やはりおもしろいポイントでしょうか?

池田 はい。テーマを決める過程では、チームで「なぜ政府がこの政策をやる必要があるのか? 民間ではなぜダメなのか?」といった議論しながら詰めていきます。この議論が非常におもしろいのです。

ゼミでの発表でも、チームで考えたテーマに基づいて、現在の政策や、それに対する自分たちの分析、提言を発表して議論します。このとき、赤井先生からは、「なぜこの政策は政府が取り組まなければならないのか?」「市場に任せた方がよいのはないか?」という突っ込みが入ります。それに答えるために試行錯誤するのですが、その過程で、「政策は市場の失敗を解決するためあるべき」という考え方を学び、達成したいビジョンから政策を考えていくアウトカム志向も、ここで自然と身に付いたと思います。2年時は、3年生が先生から詰められているのを目の当たりにするのですが(笑)、それも非常に勉強になりました。

また、ISFJの論文審査では役所の方々にも評価していただく形になっていて、審査のなかで政策提言が大きなウェイトを占めています。これは良い面、悪い面の両方があるとは思うのですが、学生側はそれによって提言まで意識して論文を書くことになるので、この点もおもしろかったですね。

後藤 あとはやはり、チームで議論しながら調べ、論文を書いていくプロセスがとても楽しかったです。私たちが3年時に書いた外国人向けのビザ緩和の論文は、2013年度の大会で政策提言賞をいただきました(ISFJ 2013年度発表論文「安全で開かれた日本実現のために:ビザ緩和の効果について」〔論文へのリンク〕)。チームのみんなでよい論文を書きたいと思って活動していたので、実際に賞をいただいたときは本当に泣いてしまいました。自分たちの仮説に基づいて研究を進め、分析結果が出たときはとてもうれしかったです。2年時には論文執筆を手伝いながら、先輩たちが頑張っている姿を間近で見ることができ、自分たちもやってみたいと思わせてくれる環境があったこともよかったです。この点は赤井ゼミの強みですね。

また余談ですが、ちょうど私たちが現役のゼミ生だった頃に、ISFJやWESTの活動が『日本経済新聞』でも取り上げられました(「政策提言 霞が関に活 データ分析 学生走る」『日本経済新聞』2015年3月2日付)。

■経済学・実証分析への関心を深め、大学院へ

編集部 お二人は学部卒業後に経済学の大学院へ進まれましたが、そのきっかけとしても、やはり赤井ゼミやISFJでのご経験は大きかったでしょうか?

後藤 はい。私は大阪大学大学院研究科修士課程・博士課程に進みました。大学院への進学を決めたのも、ゼミで論文を書いたのが楽しかったというのが非常に大きなきっかけです。ただ、修士へ進む際はもっと政策提言を考えたいと思っていたのですが、実際に大学院でコースワークや研究に取り組んでみると、進学前に考えていたこととのギャップはかなり大きかったです。

池田 私は東京大学大学院経済学研究科修士課程に進学しました。ISFJは、特にデータ分析への興味を深める大きなきっかけになりました。当時は前提知識も十分ではないまま、訳もわからず回帰分析していたと思います。自分としても、疑念を持ちながら論文を書いていたので、もっときちんとデータ分析や計量経済学を学びたいと思って大学院へ進みました。特にミクロデータ分析に興味を持ち、大学院ではミクロデータを使って修士論文を書き、現在のシンクタンクでの仕事でも、よくミクロデータ分析をしています。

■学部での経験がキャリアの土台に

編集部 やはり、ISFJのように明確な目標があるとモチベーションは高まりそうだし、一生懸命やるからこそ、もっと深めたいという思いも強くなりそうですね。素晴らしい経験をされていて、うらやましいです。

それでは最後に、ISFJ・ゼミのご経験と現在のキャリアとのつながりについてもお聞きしたいと思います。後藤さんは、博士課程を経て現在は研究者になられましたが、先ほどお話になった大学院進学後のギャップとはどのようなものだったのでしょうか?

後藤 やはり大学院では、学部生のときに考えたテーマや論点よりも、さらに専門的で細かい部分に着目して研究をしていかなければなりません。政策提言を考えたいと思っていたことと比べると、この点は大きなギャップでした。修士論文は理論で書くことにして、さらに研究を深めたいと思って博士課程に進み、2020年4月から千葉大学大学院社会科学研究院講師として働いています。

ただ、今後も通常の学術研究だけでなく政策へのつながりも意識して活動していきたいと思っています。そう思うようになったのは、ISFJでの経験に加えて、大学院生のときにJICA(国際協力機構)のインターンシップで南アフリカの財務省に派遣していただき、実際の政策実務に触れたことも大きなきっかけです。このときに、政策実務で何がどこまでできて、何ができないのか、といったことを肌で感じることができました。経済学者として、これからも政策に関係する活動や発信もしていきたいと思っています。

編集部 池田さんは、高校の頃から政策に関心があって、現在はシンクタンクで政策分析業務に就いているんですよね。

池田 そうですね。ISFJや大学院の経験を経て、経済学の分野で生み出されたエビデンスがもう少し政策立案に活用されるべきだと強く考えるようになりました。また残念ながら、既存の政策は、ゼミで赤井先生が問われたような「なぜこの政策は政府が取り組まなければならないのか?」「市場に任せた方がよいのはないか?」という思考実験を経ずに生み出されていることも多いようにみえます。政策形成や評価のプロセスにはまだまだ改善の余地があると思うので、民間シンクタンクという立場から、この点に貢献していきたいと思っています。

現在は、達成したいビジョン、アウトカムから逆算して現在の政策や新たな政策が必要かを考える(ロジックモデルの作成)を行うことで、政策を検討しています。中央省庁や地方公共団体のEBPM(エビデンスに基づく政策形成)を支援する業務を担当しているのですが、この点は赤井ゼミやISFJを通じて学んだ視点や、政策をフレームワークでとらえる癖が特に役に立っていると感じています。

編集部 お二人とも、本日は貴重なご経験のお話を、どうもありがとうございました!

ISFJに臨む先生方のご指導のノウハウや、実際に学ばれる点などは、『経セミ』2020年8・9月号の特集「経済論文の書き方[実証編]」に詰まっていますので、ぜひご覧いただけたらうれしいです。

また、経セミnoteでは、本特集のウェブ付録として以下の2つも公開していますので、あわせてご利用ください!

[2020年7月21日収録]

サポートに限らず、どんなリアクションでも大変ありがたく思います。リクエスト等々もぜひお送りいただけたら幸いです。本誌とあわあせて、今後もコンテンツ充実に努めて参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。