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気候変動にどう向き合うか?:実証ミクロの視点(経セミ 2021年12月・22年1月号・付録)

このnoteでは、『経済セミナー』2021年12月・22年1月号の特集「気候変動にどう向き合うか?」の巻頭対談:

小西祥文 × 横尾英史「望ましい環境政策デザインに向けて」

の中で語られたトピックの関連情報や、対談でのディスカッションのベースとなっている研究成果や参考資料をリンク付きで紹介しながら、ちょっとだけ本号特集の内容をご案内します!

なお、2022年1月17日には、この特集をまとめた廉価版(希望小売価格550円)の電子書籍「経セミe-Book no.33 気候変動にどう向き合うか」も発売! こちらからも手軽にご覧いただけます。

本誌発売の直前、2021年10月31日~11月12日には、「COP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)」が英国グラスゴーで開催され、国家間でさまざまな議論が交わされました。地球温暖化、気候変動への対策の推進は、近年ますます注目を集める重要なテーマです。日本も「2050年までの脱炭素(カーボンニュートラル)」を目標として打ち出したことは記憶に新しいと思います。また、2021年ノーベル物理学賞は気候変動予測に関する研究に贈られました(余談ですが、本号の議論ではノーベル経済学賞に関する議論も密接に関わってきます!)。

そこで、本号の特集を「気候変動にどう向き合うか?」と題して、「経済学を通じてこの問題をどのように捉えることができるのか」「政策形成にどのように貢献できるのか」について、さまざまな視点で解説いただく対談と記事を収録しました(目次は【こちら】からも)。

対談では、特に環境分野の実証研究を専門に最前線で活躍するお二人、小西祥文先生(慶應義塾大学)と、横尾英史先生(一橋大学)にお集まりいただき、「いま直面する課題をどのように捉えているか?」「進展を続ける環境経済学の研究では、その課題をどのように分析しているのか?」「政策現場との連携はどうなっているのか?」といった点について、語り尽くしていただきました。対談記事は、以下のような構成になっています!

【対談の構成】
1 はじめに(二人の自己紹介から)
2 いま直面する課題
3 「先進国か途上国か」ではない
4 「環境実証」の進展
5 政策形成の鍵は社会的費用
6 政策現場との連携に必要なもの
7 ナッジのように普及できるか?
8 EBPMをどう進めるか?
9 おわりに(環境問題・政策に関心のある方々へ)

このnoteでは、大まかに当日のディスカッションの流れに沿って、各ポイントで触れられた参考文献や資料などを紹介しつつ、フォローアップいたします。対談記事では、現実の問題・研究・政策などの動向の大きな流れを描きつつ、ここで紹介した文献等のエッセンスを整理・解説しています。ぜひ、本誌もあわせてご覧ください!

■ いま直面する課題

対談では、まずお二人のバックグラウンドやご専門についてお話いただいた後で、それぞれ現在直面している環境関連の問題の中で、特に関心をお持ちのポイントについて解説をいただきました。

小西先生は、因果推論や構造推定などの実証ミクロ経済学の手法を環境経済の問題に応用する「環境実証」がご専門。近年では、気候変動対策の中でも重要な位置を占める「交通と環境」の問題に着目して、エコカー減税・補助金などの政策評価や、燃費規制の分析を行ってきました(たとえば以下)。

Konishi, Y. and Zhao, M. (2017) "Can Green Car Taxes Restore Efficiency? Evidence from the Japanese New Car Market," Journal of the Association of
Environmental and Resource Economists, 4(1): 51-87.
Konishi, Y. and Managi, S. (2020) "Do Regulatory Loopholes Distort Technical Change? Evidence from New Vehicle Launches under the Japanese Fuel Economy Regulation," Journal of Environmental Economics and Management, 104, 102377.

横尾先生は、「貧困削減や経済発展と環境」というテーマで、特にアジアの新興国における環境問題に着目して研究されてきました。ご自身でフィールドに赴き、調査や実験を通じてデータを集め、実証分析に取り組まれています。最近ではインドにおけるエネルギ―利用の移行についても論文を発表されています。

Yokoo, H.-F., Arimura, T. H., Chattopadhyay, M. and Katayama, H. (2020) "Subjective Risk Belief Function in the Field: Evidence from Cooking Fuel Choices and Health in India," RIEEM Waseda University DP Series,
2003.
Chattopadhyay, M., Arimura, T. H., Katayama, H., Sakudo, M. and Yokoo, H.-F. (2021) "Subjective Probabilistic Expectations, Household Air Pollution, and Health: Evidence from Cooking Fuel Use Patterns in West Bengal, India," Resource and Energy Economics, 66, 101262.

そのお二人が今ともに最も関心を寄せているのが、「電力部門の脱炭素化」と、そこで重要となる「カーボンプライシング」です。これについては、本誌に対談とは別に小西先生にご寄稿いただいた以下でも詳しく解説されます。

小西祥史 (2021)実証ミクロ×脱炭素政策:『環境実証』で政策を考える」『経済セミナー』2021年12月・22年1月号。

また、横尾先生は電力・交通部門の脱炭素化(カーボンニュートラル)やカーボンプライシングに加えて、4つの重要な問題を指摘されました。

その中でも、「気候変動と金融」については、まだ発展途上の分野ということで、以下の文献も紹介しつつ議論されました。日本銀行の気候変動対応に向けた支援などが話題になったトピックでもあります。

Furukawa, K., Ichiue, H. and Shiraki, N. (2020) "How Does Climate Change Interact with the Financial System? A Survey," Bank of Japan Working Paper, No.20-E-8.

具体的にどんな課題が指摘され、どのようなディスカッションが行われたのかは、ぜひ本誌をご覧ください!

■ 先進国か途上国かでは区別できなくなっている

次のトピックとしては、CO2削減をめぐる先進国と途上国との間で交わされる議論について、考察いただきました。この点も、気候変動対策に関する議論としてはきわめて重要で、国際会議の場でさまざまなやりとりがなされています。

議論のポイントとしては公平性、倫理面などさまざまな要素がありつつも、ここでは経済学に基づくより現実的な考え方と、その背景にある議論を深堀りしています。その中で、「ある国で実施された環境政策が貿易を通じて他国にも影響を及ぼす可能性」をめぐる研究をご紹介しつつ解説いただきました。代表的な研究として以下が挙げられています。

Kortum, S. and Weisbach, D. A. (2021) "Optimal Unilateral Carbon Policy," Working Paper. 
より一般向けの解説論文として、Weisbach, D. A. and Kortum, S. (2021) "A Solution to the Leakage Problem," in U.S. Energy & Climate Roadmap: Evidence-based Policies for Effective Action, Ch.5: 64-75, Energy Policy Institute at the University of Chicago.

そして次に、環境政策の文脈では最近「先進国か途上国か」で単純に区別するのが適切ではなくなっているかもしれない、という指摘がなされます。

日本は先進国で、温暖化対策について議論が始まったのはかなり早い一方で、世界の潮流に照らすと独自路線の対策となっているものが少なくないこと、一方で近年は中国などを含む途上国が積極的に排出量取引やカーボンプライシングについて議論を進めていることから、この点で立場が変わってしまうのではないか、といった切り口から議論を展開しています。大変重要なポイントであり、この点について詳しくは、ぜひ本誌の対談をご覧いただけたら嬉しいです。

■「環境実証」の進展

ここでは、環境経済学における実証研究の変遷と進化について、さまざまなトピックを取り上げつつご紹介頂いています。環境経済学の代表的な教科書として以下を挙げつつも、

日引聡・有村俊秀 (2002)入門 環境経済学:環境問題解決へのアプローチ』中公新書。
栗山浩一・馬奈木俊介 (2020)環境経済学をつかむ(第4版)』有斐閣。
植田和弘 (1996)環境経済学』岩波書店。
Kolstad, C. D. (2010) Environmental Economics, 2nd ed., Oxford University Press.
Phaneuf, D. J. and Requate, T. (2016) A Course in Environmental Economics: Theory, Policy, and Practice, Cambridge University Press.

近年では1990年代以降の経済学実証研究における「信頼性革命」や、実証産業組織論で発展してきた構造推定の手法などの影響を受け(たとえば、以下のような研究が代表例)、実証ミクロ経済学の手法の応用が盛んになっていることを強調し、関連する研究とその動向について解説いただきました。

Angrist, J. D. and Krueger, A. B. (1991) "Does Compulsory School Attendance Affect Schooling and Earnings?" Quarterly Journal of Economics, 106(4): 979-1014.
Card, D. and Krueger, A. (1994) "Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast-Food Industry in New Jersey and Pennsylvania," American
Economic Review, 84(4): 772-793.
Berry, S., Levinsohn, J. and Pakes, A. (1995) "Automobile Prices in Market Equilibrium," Econometrica, 63(4): 841-890.
Rust, J. and Phelan, C. (1997) "How Social Security and Medicare Affect Retirement Behavior in a World of Incomplete Markets," Econometrica, 65(4): 781-831.
List, J. A. (2001) "Do Explicit Warnings Eliminate the Hypothetical Bias in Elicitation Procedures? Evidence from Field Auctions for Sportscards," American Economic Review, 91(5): 1498-1507.

なお、2021年のノーベル経済学賞はこの信頼性革命を主導した、デビッド・カード、ヨシュア・アングリストとグイド・インベンスに贈られています。ちょうど、彼らの研究内容や経済学の大きな流れの中での彼らの業績の意義、それをめぐる議論などを詳細に解説した記事、

川口大司 (2021)ノーベル経済学賞2021 社会問題の因果関係を解明する
『自然実験』の確立
」『経済セミナー』2021年12月・22年1月号。

も本誌に掲載されているので、ぜひご覧ください!(川口先生の記事は、以下の経セミnoteで公開中です)

また、2010年以降はフィールド実験研究等が環境分野でも盛んに行われていることを指摘しつつ、以下のような研究例をご紹介いただいています。

Wolak, F. A. (2006) "Residential Customer Response to Real-time Pricing: The Anaheim Critical Peak Pricing Experiment," Working Paper.
Wolak, F. A. (2011) "Do Residential Customers Respond to Hourly Prices? Evidence from a Dynamic Pricing Experiment," American Economic Review: Papers & Proceedings, 101(3): 83-87.
Allcott, H.(2011)"Social Norms and Energy Conservation," Journal of Public Economics, 95(9-10): 1082-1095.
Allcott, H. and Rogers, T. (2014) "The Short-Run and Long-Run Effects of Behavioral Interventions: Experimental Evidence from Energy Conservation," American Economic Review, 104(10): 3003-3037.

なお以下の論文は、近年の環境経済分野のトレンドがまとめられたレビュー論文となっています。

Kube, R., Löschel, A., Mertens, H. and Requate, T. (2018) "Research Trends in Environmental and Resource Economics: Insights from Four Decades of JEEM,"  Journal of Environmental Economics and Management, 92: 433-464.

■ 環境政策デザインをめぐる対話:政策現場との連携に向けて

本対談の後半(5~8節)では、ここまでに紹介した環境問題や環境経済学の進展をふまえつつ、環境政策形成をめぐる議論に軸足を移していきます。まず初めに注目するのが、「炭素排出の社会的費用(Social Cost of Carbon: SCC)」です。

なぜSCCは普及しにくい?

環境と経済の両立を考えるうえで、経済学の文脈では環境被害や政策がもたらす「社会的な費用と便益に基づいて、価格をシグナルとして最適水準を達成する」という考え方が重要になりますが、現実にとられている政策の方向性は、必ずしもそうした考え方とは一致しません。この点がなぜなのか、どういった課題があるのかをまず議論しています。その中で、以下の記事や資料に言及しています。SCCの考え方を改めて強調した主張や、この考え方を反映したカーボンプライシング推進に向けた主張、その根拠となる研究例や、SCCなどの考え方の社会的な受容に関する研究などが紹介されています。

Aldy, J. E., Kotchen, M. J., Stavins, R. N. and Stock, J. H. (2021) "Keep Climate Policy Focused on the Social Cost of Carbon," Science, 373(6557): 850-852.
"Economists' Statement on Carbon Dividends," Wall Street Journal, January 17, 2019.
Greenstone, M. and Nath, I. (2021) "Put a Price on It: The How and Why of
Pricing Carbon
," in U.S. Energy & Climate Roadmap: Evidence-based Policies for Effective Action, Ch.4: 50-63, Energy Policy Institute at the University of
Chicago.
Klenert, D., Mattauch, L., Combet, E., Edenhofer, O., Hepburn, C., Rafaty, R. and Stern, N.  (2018) "Making Carbon Pricing Work for Citizens," Nature Climate Change, 8: 669-677.
Douenne, T. and Fabre, A.  "Yellow Vests, Pessimistic Beliefs, and Carbon Tax Aversion," American Economic Journal: Economic Policy, forthcoming.

また、SCCなどの考え方を含む経済学の議論が、なかなか政策現場にインパクトを与えていない要因はどこにあるのか、についても議論されています。経済学の研究蓄積が多くあるトピックであるにもかかわらず、その点での政府の会議などに経済学関係者の参加がなく、その点の議論が抜け落ちている例などを振り返りつつ、経済学サイドが抱える課題は何かを検討しています(たとえば、以下のような研究も紹介されています)。

"EPA's New Source Review Program: Time for Reform?" Resources for the Future, Jan. 9, 2017. 
Muehlegger, E. and Rapson, D. S. (2018) "Subsidizing Low-and Middle-income Adoption of Electric Vehicles: Quasi-Experimental Evidence from California," NBER Working Paper, 25359.

政策の現場と研究をつなぐ役割を担うセクターとして、民間シンクタンクや経済コンサルティング会社の重要性についても言及されます。

ナッジの普及、そしてEBPM推進の鍵は?

一方で、「ナッジ」のようにすっかり普及した概念も存在する点にも着目し、どうすれば環境経済学のさまざまな研究成果や重要な考え方の普及につなげられるかについても検討していきます。

さらに、環境分野での「EBPM(実証結果に基づく政策形成)」の推進ついてもディスカッションをいただきました。ここでは、アメリカで1995年から始まった「Acid Rain Program」(排出量取引に関する枠組み)と、その採択・実施・評価のプロセスを重要なEBPMの実践例として着目し、その内容を紹介しています(以下の資料などを取り上げています)。

US Environmental Protection Agency "Acid Rain Program".
Cason, T. N. (1995) "An Experimental Investigation of the Seller Incentives in the EPA's Emission Trading Auction," American Economic Review, 85(4): 905-922.
U.S. Environmental Protection Agency (1992) "Regulatory Impact Analysis of the Final Acid Rain Implementation Regulations".
U.S. Office of Science and Technology Policy  (2005)
 "National Acid Precipitation Assessment Program Report to Congress: An Integrated Assessment".

これからの課題と可能性の広がり

そのほかにも、研究成果に着目するだけでなく、行政・政策現場のニーズにマッチするかどうかにも着目し、直近でより必要とされているテーマから成果を上げていくことの重要性なども考えていきます。

どんなトピックとどんな研究が結びつきうるかということで、ライドシェア、電力市場やコネクテッドカーなどの分野では、環境経済学のみならず、実証産業組織論やマーケットデザインなどの分野も力を発揮しうるだろう、などといったディスカッションが展開されています(本論では、他にももっといろいろなトピックを取り上げつつ、詳しく議論しています!)

■おわりに

対談の最後は、小西先生と横尾先生から、環境経済学に秘められた可能性、研究分野としてのみならず社会的な関心・要請の高さ、企業経営や金融市場における重要性の高まりなどから、研究・実務の両面でますます重要になるホットな分野であることをふまえて、これから学んでみようという方々へのメッセージで締めくくられています。近年非常に話題になっているタイムリーなテーマについて、それを考えるための確かな分析・研究動向に基づいたお話がわかりやすくまとまっていますので、ぜひとも本誌をご覧いただければと思います。

やや長くなってしまいましたが、『経済セミナー』2021年12月・22年1月号の特集「気候変動にどう向き合うか?」の巻頭対談のフォローアップでした。

本特集では、対談以外にも以下のような執筆陣が面白い記事をご寄稿くださっています。

【特集】気候変動にどう向き合うか?
・[対談]望ましい環境政策デザインに向けて/小西祥文×横尾英史
・実証ミクロ×脱炭素政策:「環境実証」で政策を考える/小西祥文
・ガソリン消費をどう減らす?:モバイルアプリデータによる実証/田中伸介
・気候変動の影響をどう考えるべきか?/内田真輔
・空間モデルで経済活動と環境の相互作用に迫る/津田俊祐

環境問題、地球温暖化、気候変動とそれが引き起こすさまざまな問題は、私たちの生活に大きな影響を及ぼすものであり、だからこそ国際的な議論も長きにわたり交わされてきました。経済活動が環境に及ぼす影響に懸念が集まる一方、環境問題や気候変動に起因するさまざまな問題が経済活動に深刻な影響を及ぼす必要があり、双方向の因果を考えなければならない非常に複雑な問題です。また、環境被害を食い止めるための施策は経済活動にマイナスの影響を及ぼしてしまうかもしれず、そこで生じる利害対立を乗り越え、環境と経済の両立のための模索していくことも重要になってきます。

そんなときに、本誌で紹介したようなさまざまな環境経済学の研究成果も素材の1つとして活用することで、新たな視点を得て議論が深められるかもしれません。今回の特集をお役立ていただくことができたら大変うれしく思います。


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経済セミナー編集部
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