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コロナ対策をめぐる政策現場との対話(仲田泰祐・藤井大輔インタビュー)

仲田泰祐・藤井大輔先生による「Covid-19と経済活動」プロジェクトに関するインタビューシリーズ「政策と経済学をつなぐ」。今回は、2021年1月にウェブサイトを立ち上げ、コロナ禍において感染者数や経済被害に関する分析・見通しを発信し続ける中で二人が経験してきた、行政や政治家の方々をはじめとする「政策現場との対話」にフォーカスしたインタビューの一部をご紹介します!

なお、以下の二人が運営するウェブサイトでは、過去に公表した分析結果やさまざまな解説や参考資料Zoom説明会の録画などがアップされています。

はじめに

コロナ禍において、政策形成の場にモデル分析に基づく見通しや政策インプリケーションを提供し続けてきた仲田・藤井チーム。本稿では、彼らがどのように行政や政治家などの政策担当者と対話し、分析を届けてきたのか。そのなかで何を感じ、研究者は政策現場でどのように貢献できると考えたのか。今回の経験をもとに語っていただいた。

1 政策現場との関わり

―― 今回は、お二人がコロナ分析を通じて行政や政治家など政策決定に携わる方々とどのようなやりとりを重ねてきたのか、その経験を通じて新たに見えてきたことや今後の課題などを伺っていきます。これまでのインタビューでも、政策現場の方々に見通しを伝える機会、追加分析を求められる機会が多くあったことが触れられてきましたが、まずは改めて2021年初からの過程を時系列で整理していきます。

仲田 政策形成に携わる方々のなかで最初にコンタクトしてくださったのは、立憲民主党の泉健太さんです。2度目の緊急事態宣言の解除時期について盛んに議論されていた2月上旬頃のことで、「2021年2月5日の国会の予算委員会で、私たちが公開しているデータを使いたい」ということでご連絡いただきました。また、内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室(コロナ室)から問い合わせを最初にいただいたのも、同じ時期です。それぞれ国会での議論のために、コロナ対策と当時の状況について、情報を集め整理していた時期だったのではないかと思います。

最初の頃は、メールのやりとり1つとっても非常に時間をかけて行っていました。質問1つひとつに対して、専門用語を多用せずにできるだけわかりやすい説明を付してお答えするように努めていました。というのも、行政や政治家の方々に、私たちが円滑に対話できる相手だと感じていただけなければ、関係はその一度きりになってしまうからです。それでは政策現場にインパクトを与えることはできません。

―― 1月末のメディア関係者との意見交換会を経て [注1] 、マスメディアで分析が大きく報道されるようになった直後のタイミングですね。その後、2021年の秋頃までは、度重なる緊急事態宣言発出と解除、変異株の出現、ワクチン接種の推進、五輪開催等々さまざまな出来事があり、感染者数等の変動も非常に激しい時期でした。政策現場からのコンタクトは増えていったのではないでしょうか。
[注1] 2021年1月30日に開催された「新型コロナウイルス感染症に関する専門家有志の会・メディア向け意見交換会」のこと。そのときの報告資料は【こちら】、スクリプトは【こちら】。

仲田 4~6月は、特にたくさんの問い合わせ・分析依頼を頂きました。3月21日に2度目の緊急事態宣言が解除されるまでは、メディアの方々からの連絡が非常に多かったのですが、宣言解除後から行政や政治家や方々とのやりとりが増えていきました。

藤井 特に内閣官房コロナ室の方々とは、3月後半くらいから頻繁にやりとりしていましたよね。

仲田 そうですね。3月下旬には、西村康稔経済再生担当大臣にモデル分析の結果を直接説明させていただきました。その頃は、国内での変異株(アルファ株)拡大が懸念されていた時期で、変異株の影響を考慮した今後の感染状況や経済被害に関する見通しを説明しました。

当時はすでに大阪などで変異株による感染が拡大していたものの、東京都においてその影響を考慮したシナリオ分析を提示している研究チームが他にあまりなかったこともあって、私たちにお声掛けいただく機会が増えたのだと思います。西村大臣に続き、4月7日には小池百合子東京都知事に説明し、4月8日の東京都のモニタリング会議でも東京での変異株増加が感染者数、死亡者数、経済損失に及ぼす影響について報告しました [注2]

[注2] 第40回東京都コロナ感染症モニタリング会議で使用した資料は、藤井大輔・仲田泰祐「東京都での変異株シナリオ」(2021年4月8日)。
―― その後も政策現場とのやりとりは続きましたか。

仲田 そうですね。4月には加藤勝信官房長官にも私たちの分析を説明する機会をいただき、5月8日には官邸で菅義偉首相にワクチン接種率が感染と経済の見通しにどういった影響を与えるのかに関する分析についてお話しさせて頂きました。

5、6月には五輪開催に関する定量分析を公表したのですが(経セミnote「五輪分析に込めた思い」参照)、五輪の大会組織委員会の専門家会議にも3回ほど呼ばれて、分析結果を発表しました。6月には、厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(以下、アドバイザリーボード)でも何度か報告する機会をいただきました。

―― その頃の政府の大きな関心事の1つは、ワクチン接種推進とその効果ですよね。

仲田 はい。私たちは、分析を毎週公表し始めた1月からワクチン接種の効果を考慮した見通しを立てており、振り返ってみるとその当時はそういった分析が他の研究チームからはほとんど提示されていませんでした。2月下旬からは内閣官房COVID-19 AI・シミュレーション(AI-Sim)プロジェクトのチームが政策含意の高いワクチン戦略に関する分析を提示し始めます。

藤井 4月から6月にかけて、内閣官房コロナ室からは質問や分析依頼を本当に数多くいただきました。「こういう想定だとどうなるか?」「別のこういう仮定でシミュレーションしてもらえないか?」といった形で、いろいろな質問や要望をいただきました。AI-Simプロジェクトに参画している畝見達夫先生(創価大学)、大澤幸生先生(東京大学)、倉橋節也先生(筑波大学)、栗原聡先生(慶應義塾大学)が2月後半からワクチンに関するさまざまな分析をされていましたが、私たちのモデル分析の結果も参考にしたいということだったのだと思います。当時は政府が「1日当たり100万本」という明確な目標を掲げてワクチン接種を強力に推進しようとしていた時期であり、ワクチン接種拡大により感染者数や死亡者数、経済損失がどの程度変わりうるのか、非常に気にしていたのだと思います。

―― 夏以降、五輪開催などを経てからはいかがですか。

仲田 7月には私たちもAI-Simプロジェクトに参加し、その中で私たちも含めた複数の参加チームに対して出されるシミュレーションや分析の依頼にお応えするといった形で協力しています。

また、新型コロナウイルス感染症対策分科会(以下、分科会)メンバーによる勉強会では、「ワクチン接種完了後の世界」という長期見通しや [注3] 、8月後半からの感染減少の要因分析 [注4] 、「検証レポート」[注5] を報告するなど、意見交換等を続けています。

[注3] 藤井大輔・眞智恒平・仲田泰祐「ワクチン接種完了後の世界:コロナ感染と経済の長期見通し」(2021年8月31日)。
[注4] 遠藤宏哲・別府正太郎・藤井大輔・川脇颯太・眞智恒平・前田湧太・仲田泰祐・西山知樹・岡本亘「東京での感染減少の要因:定量分析」(2021年10月25日)。
[注5] 藤井大輔・仲田泰祐「第6波に向けた分析体制の構築:8月12日の分科会『人流5割削減』提案からの教訓」(2021年11月19日)。その参考資料は【こちら】。

2 政策現場は何を求めているのか?

―― コロナ下ではとにかく状況が不確実で変化が激しかったと思います。そうしたなかで政策を決定し、推進していかなければならない行政や政治家など政策現場の方々は、特にどんな知見を求めていたのでしょうか。

仲田 最も求めていたのは、「今後の感染・重症患者数の見通し」ですよね。

藤井 そうですね。加えて、特に西村大臣と内閣官房コロナ室は、感染対策と経済活動の両立に関する知見を求めていたと思います。この点は、私たちのチームが特に重視していたテーマだったので、問い合わせへの対応や意見交換を頻繁に行いました。かなり具体的な内容の質問も多くいただきました。たとえば、「飲食店の休業要請を出したらどのような見通しになるか?」「飲食店への営業時間短縮要請を午後8時までから午後9時に伸ばしたら感染状況にどんな影響が及ぶか?」、また「飲食店の営業を完全に中止したらどうなるか?」といった内容です。そうした質問の中には、私たちの疫学マクロモデルでは直接答えられないものも当然あるのですが、できるだけ私たちのモデル分析を通じて得られた結果に基づき、解釈を考えて見通しを示すといった形で対応してきました。

仲田 西村大臣からは、3月下旬に「もし次に緊急事態宣言を出す場合には『強く短い』宣言と『弱く長い』宣言、どちらがよいのかを分析してほしい」というリクエストを直接いただき、それにもお応えしました [注6] 。具体的には、東京で緊急事態宣言を新たに出す場合に、「強い規制のもとで大幅に経済活動を弱める一方、宣言の期間を短くする」のと、「弱い規制のもとで経済活動をあまり弱めない一方、宣言の期間を長くする」のとでは、感染者数、死亡者数、経済損失に及ぼす影響という観点でどちらがよいのかについて、さまざまな仮定のもとで検討しました。政府が政策を策定するための戦略に関する分析と位置づけることができます。

[注6] このとき作成された資料は、藤井大輔・仲田泰祐「次の緊急事態宣言の指針」(2021年4月6日)。
―― かなり具体的な問題意識に基づいた質問や分析リクエストがあるのですね。

藤井 私たちにコンタクトをいただく段階では、政府はすでに具体的な政策プランをいくつかもっているので、それに基づいた質問や分析依頼がくるということだと思います。私たちのモデルで記述できるのはマクロで見た感染状況や経済被害の動向なので、今後の見通しや政策運営にあたっての戦略の考え方などといったお話が中心でした。

仲田 とはいえ、戦略分析を求められたケースはこれ以外にはあまりなくて、多くは変異株の影響や、ワクチン接種拡大の効果をふまえた感染者数、死亡者数、経済被害に関する今後の見通しを度々提供していました。

藤井 特に、5月に菅首相に説明したときは、ワクチン接種拡大の影響がメインテーマでしたね。

―― それは当時、やはり「1日当たり100万人接種」という目標を打ち出し、とにかく接種を推進していこうとしていた段階だったために、それを推進することで感染状況がどう変わるのかを気にされていたということですね。

仲田 そうでしょうね。繰り返しになりますが、5月の時点ではワクチン接種の効果をふまえた見通しを出していた研究チームが私たちとAI-Simプロジェクトの3~4のチーム以外にあまりない状況でした。アドバイザリーボードなど、感染症・公衆衛生専門家からはそうした分析はほとんど提示されていなかったため、私たちの分析にも関心が向けられたということだと思います。

―― アドバイザリーボードメンバーの中心となっていた感染症の専門家の方々が、当時はワクチン接種や変異株の影響を考慮した見通しを出していなかったことには理由があるのでしょうか。

仲田 2つ理由があると推測しています。1つは、欧米と比べて日本の感染症数理モデル研究は相対的に遅れており、そういった分析をできる人材が非常に少ないという点です [注7] 。コロナ禍でさまざまなデータが出てくるなか、感染症数理モデル専門家はやるべき分析・研究がたくさんあったでしょう。学術的な研究をしつつも、さらに現実的な要素を盛り込んだ政策判断に役立つ見通しを毎週提示するためには、分野としての「層の厚さ」が必要だったのではないかと推測します。

[注7] 「日本の研究体制は非常に遅れているのが現状。適切なテキストも教育コースも存在しない。今回その弱点が露呈した」稲葉寿教授(数理人口学・数理疫学。東京大学大学院数理科学研究科)、「NPO数学月間の会」YouTubeチャンネル内「SGK200729 感染症の数理モデル」2020年7月30日。

2点目としては、専門家としての文化の違いです。鈴木基先生もあるインタビューで語っておられましたが [注8] 、日本の感染症専門家の間では、まだ論文で示されていないような不確実性の高い要因を考慮した見通しはなかなか出しにくいと考えられているようです。この点は、3月後半に変異株に関する議論を感染症専門家の方々としていたときに強く感じました。変異株の今後の推移は不確実性が高いので、それを考慮した見通しも出しにくいという考え方です。もちろんそれも1つの考え方だと思いますが、分析が何もなければ政策現場は困ります。「ある条件下ではこういう結果になる」「別の条件だったら結果がこう変わる」といったシミュレーションを提示するだけでも、政策現場の方々にとっては助かるのですが、そういう分析を公表するのが難しい事情が感染症専門家の世界にあるのだと観察しています。

[注8]専門家、コロナを語る。 #1 鈴木基(国立感染症研究所・感染症疫学センター長) 変異ウイルスの何が恐ろしいのか——政治とデータをめぐる葛藤」文藝春秋digital、2021年4月20日。

藤井 この点でも、私たち経済学者やAI-Simプロジェクトに参画されている理工系の研究者が取り組んだ意義はあったのではないかと思います。もし感染症の専門家の方々がこうした分析を出しにくいならば、その文化に左右されない他分野の研究者が発信することで補完することができます

仲田 この点において、AI-Simプロジェクトは非常に大きな役割を果たしたと思っています。

GoToトラベル政策、ワクチン接種、変異株、五輪、ワクチンパスポートといった要素が加味された見通しが感染症数理モデル専門家からほとんど提示されなかったなか、AI-Simプロジェクト参画チームがこういった要素を加味した政策判断の役に立つ分析を提示してきたことで、何とかある程度の科学的根拠を基に政策判断ができたと考えています。

私たちが分析の毎週更新を始めたのは、2021年1月からですが、2020年度からAI-Simプロジェクトに参画されている畝見先生、大澤先生、倉橋先生、栗原先生は2020年秋からほぼ毎週、「データを取り込んで、パラメターを推定して、見通しを提示する」という作業を続けてこられました。彼らは裏方に徹しているので世間ではあまり知られていませんが、コロナ禍における科学の役割を振り返るときに、彼らの貢献を省略することがあってはならないと思います。

―― 実際に政策現場は感染と経済に関する科学的な見通しを求めていて、感染症の専門家やAI-Simプロジェクトの先生方、そして仲田・藤井先生など多くの専門家がいろいろな形で情報を提供してきたということですね。
 そのなかでもお二人が実際にどのように分析を提供してきたか、政府内部の立場ではなく外部の研究者として関与していたからこそ果たせた役割などといったより具体的なお話は、また別の機会に伺いたいと思います(現在準備中の書籍版に収録予定)。

3 政策現場は科学的知見を求めている

―― 実際にコロナ分析を通じて政策現場と密接に関わってみて、率直にどんなことを感じたでしょうか。

藤井 政策現場の方々と対話を通じて感じたのは、彼・彼女らは多忙をきわめる状況に置かれているということと、そのなかでもさまざまな分析にトライされ、検討を深めているんだということです。この点は、本当に尊敬しています。私たちも外部の研究者として、そういう方々をうまく援護したいと思って取り組んできました。

モデル分析とシミュレーションによって見通しを計算したり、物事を解析したりするのが私たちのできる一番の貢献だと思いますが、加えてコロナ下では日々膨大なデータが溢れており、それらを整理する人が決定的に不足していました。私たちはこの点でもお役に立ちたいと思って、五輪の観客数を計算するスプレッドシートを公開したり、国内の大規模イベントの観客数を調べてまとめたりといったことも行いました [注9] 。非常に忙しいなか、真摯に課題に取り組んでいる方々に、数理モデルやデータを扱える専門家としてそういう形でもお役に立てたという意味では、やりがいはあったと思います。

[注9] 藤井大輔・仲田泰祐・岡本亘「コロナ禍の大規模イベント」(2021年6月16日)、「コロナ禍の大規模イベントデータセット(Excelファイルが開きます)」、藤井大輔・仲田泰祐・岡本亘「五輪観客数試算」(2021年6月14日)、「東京五輪2020観客数試算スプレッドシート(Excelファイルが開きます)」。 

仲田 私がコロナ分析を通して関わらせていただいた政策現場の方々の多くは、直面する課題を解決しようと真剣に取り組んでいて、私たちも含めたさまざまな人々の意見や分析に耳を傾け、それらを参考に政策を決めていきたいと考えておられます。FRB(米国連邦準備制度理事会)でもそのように感じましたが、今回のコロナ分析経験でも、このことを強く感じました。それと同時に私たち研究者も、政策現場の方々に役立ててもらえる水準の政策分析を提供しなければならないということを感じました。具体性のない意見や質の低い分析を出したり、意思決定の場で何が必要とされているかを深く考えずに自分の研究を説明したりしても、政策現場の方々のお役に立つことはできないと考えています。

―― とはいえ、今回お二人が果たしてきた役割は外部の専門家がボランティアベースで担うのではなく、政府内部の専門家会議等に分析チームを設置することでも対応できたのではないかという見方もできるのではないかと思います。この点はいかがでしょうか。

藤井 専門家チームの編成については、正直もう少しうまくできたのではないかと思う部分はあります。たとえば、分科会やアドバイザリーボードの中にもっとデータ分析、因果推論を専門にバリバリ研究をやっている人が多く入って、チームの中で具体的なエビデンスをどんどん出せるような体制がつくれていたらよかったのではないかという思いはあります。

専門家といえども、具体的な分析を行わなければ、その場その場でエビデンスに基づいた説得力のある発言はできません。コロナの場合は状況が目まぐるしく移り変わり、そのたびにさまざまな政策対応がなされています。そのなかで、1つひとつデータを分析して、因果関係を吟味するという作業は、政策を立案し、改善しながら実施していくうえで最も重要なものだと思います。実際にこうした作業に取り組めるように、政府の会議参加者の裾野を広げて、分析の実働を担う若手研究者も入るようになっていけば、今回とは違った対応ができるのではないかと思います。もちろんこれは、コロナ以外の問題でも同様です。

仲田 しかし、そこまでやるには政府のなかにフルタイムで1~2年間継続して雇用されている専門家がたくさんいるような状況にならないと、分析しながらそれを意思決定に活用していく体制をつくるのは難しいと思います。私たちも今回、片手間では全然間に合わなくて、自分たちは毎日フルタイムでコロナ分析に取り組み、リサーチアシスタントも大勢雇って大きなチームをつくりました。そこまでやってようやく政策現場に多少お役に立てるような分析を発信することができたのだと考えています。政府のなかで、より包括的にそれを実行していくためには、たとえばコロナ危機が始まったときに20~30人くらいの若手研究者を集めて、ちゃんとしたポジションをつくり、お金も出して、大学などに任期付きのポジションで雇われている人はその期限を止めて、フルタイムで安心してコミットしてもらえるような環境をつくらなければ、大きなインパクトは残せないのではと思います。

藤井 なるほど。そうかもしれないですね。

仲田 また、政府のなかにこういう体制がつくられていない原因の1つとして、行政や政治家の方々に世の中にどんな研究者がいて、誰が何をできるのかといった情報がとどいておらず、政策現場と研究者がつながるネットワークも乏しいという問題もあるのではないかと思っています。政府の会議等に度々参加している方々だけでなく、実際に手を動かして分析をこなせる若手の研究者たちと政府関係者との間にネットワークが築かれていれば、そういう研究者たちと協力しやすくなります。そのためにも、私たち研究者が日頃からいろいろな発信をして広く社会で認知されるようになることも重要だと思います。

ともあれ、今回の経験を通じて、日本の行政・政府には、きちんとした科学的な分析を求めていて、それを参考に意思決定したいと考えている人々もたくさんいるのだ、ということを実感しました。

―― 科学的知見の供給サイドである研究者側にもっと改善すべき余地があるというお考えですね。研究者が現場の求める政策分析を発信していけば、受け入れられる素地はすでに十分にあるし、むしろ現場もそれが求められているという手応えを感じられたということでしょうか。

仲田 私たちがコロナ分析を通して関わった人たちには、そうした知見を求めている人が多い印象を持った、というのが正確なところです。それが他の分野でも同じかどうかまでは、正直わかりません。ただしコロナ政策に関して言えば、供給サイドに改善すべき点が多々あったのではないかと考えています。もちろん、需要サイドにも改善点があったとは思いますが。

―― これまでは、需要サイド、つまり政策現場に科学的知見を受け入れる土壌をつくるべきだ、といった指摘が多かったように思います。

仲田 分野によっては、政策現場が使えるよい分析や知見を研究者側がいつでも提供できるけれども、政策現場がさまざまな理由でそれを受け入れないというケースもあるのかもしれません。

また、供給側・需要側のどちらに改善すべき点が多いかに関わらず、科学的知見を政策に活用しようという際にその役割を担いたいという研究者が、分野によっては多くないかもしれません。たとえば、経済学専門家の部局を政府のなかにつくったとしても、そこで2~3年フルタイムでコミットしたいと思う力のある優秀な研究者が、果たして日本にどれだけいるでしょうか。

藤井 そうですね。確かに、積極的に政策現場に関わりたいと考えている研究者は決して多くないのではないかと思います。やはり研究者の目的は、研究の世界にどっぷり浸かって論文を書くことです。だから、政策に直接関わりたい、政策現場の方々に発信したいと思っている人は、多数派ではないでしょう。

仲田 政府でフルタイムの研究者を雇って専門家チームを組織するにしても、そこに十分なステータスが与えられて、十分な給料が保証される体制になっていなければ、実際にメンバーを確保するのは難しいのではないかと思います。

「科学的知見を政策に活用する」というと聞こえはいいですが、それも腰を据えた研究の蓄積・普段の研究で磨かれた分析能力があってこその政策活用だと思います。現実世界から少し距離をおいて数年・数十年というスパンで研究することにももちろん大きな価値があります。実践的な分析を政策・ビジネスの現場で応用する研究者ばかりになることが社会にとっての最適解であるとは思えません。興味のある研究者がいつでも実践的な政策分析に挑戦できる一方、そうでない研究者は気兼ねなく学術研究に没頭できる。この両方が尊重される環境を整えていくことが重要だと思います。

[2021年10月27日収録]

■仲田泰祐・藤井大輔「Covid-19と経済活動」ウェブサイト:

■プロフィール

仲田泰祐(なかた・たいすけ)
2003年にシカゴ大学経済学部を卒業し、同年よりカンザスシティ連邦準備銀行調査部アシスタントエコノミスト。2012年、ニューヨーク大学Ph.D.(経済学)取得。同年より連邦準備制度理事会(FRB)調査部エコノミスト、同シニアエコノミスト、同主任エコノミストを経て、2020年4月より東京大学大学院経済学研究科および公共政策大学院准教授。
専門はマクロ経済学、金融政策。2021年、第6回円城寺次郎記念賞受賞。『経済セミナー』にて、2020年12月・2021年1月号より「ゼロ金利制約下の金融政策:FRBの政策運営」を連載中。
藤井大輔(ふじい・だいすけ)
2007年、アメリカ創価大学にてリベラルアーツの学部課程を卒業。その後2009年にハーバード大学にて修士号(統計学)、2014年にシカゴ大学Ph.D.(経済学)を取得。南カリフォルニア大学経済学部研究員、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部講師等を経て、2018年より東京大学大学院経済学研究科特任講師。
専門は国際貿易、企業間ネットワーク、マクロ経済学。

仲田先生は、Twitterでも定期的に情報を発信しています!

なお、経セミ増刊『新型コロナ危機に経済学で挑む』のChapter 2では、「政策と経済学をつなぎ、コロナ危機に挑む」と題した仲田・藤井先生へのインタビュー記事が収録されています。モデルのエッセンスや分析のねらいなどがより詳細に語られています。その他、経済学の立場から新型コロナの影響のさまざまな側面を多角的に分析した19本の記事が収録されています。


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