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誰ひとりとして同じ人はいないから |その数だけのストーリーを増やしていくこと。

最近読んだもので、心に広がった感覚を、たまには書き留めておく。
(Instagramに載せたものを、加筆しました)

杉山文野 「元女子高生パパになる」(文藝春秋)

”セーラー服を着ていた。30歳で死のうと思っていた。
そんな僕に、こんな未来が訪れるなんて――。
父として、LGBTQムーブメントのリーダーとして、仕事、家族、恋愛など
社会の「普通」を問い直す、フミノの奮闘記。”(文藝春秋webより引用)

本とCDを交換した夜

7年くらい前。ある日先輩に連れられていった神宮前のバーで、カウンターに立つご本人にお会いした。自己紹介代わりにCDを差し上げたら、じゃあ交換で、と本をくださった。素敵なひとだなぁと思った。それが杉山文野さんの初めての本、「ダブルハッピネス」だった。文野さんについてなんの前情報もないまま何気なく読み始めると、あっという間に引き込まれた。

杉山文野さんは1981年生まれ、トランスジェンダー。子ども時代から、文野さんが社会でどう感じて生きてきたのか、自分が周りと違っている、世の中の例に当てはまらないこと、そのために自分を変えなければ生きていけない絶望感が、その深さと反比例して明るくエネルギッシュに書かれていた。自分の感じている違和感や願いは、間違いや欠陥なのか。それは自分の内側、外側、どこから生まれてくるのか。そんな内省の描き方、向き合い方にとても深く共感した。

自身の問いを、社会や構造の問題として捉え直す

「元女子高生、パパになる」は前作からの15年間のお話。すっかりファンになっていたのですぐに読み始めた。今回も楽しく親しみやすく、でもしっかりと熱く胸に響く。家族をもつことになるまでのご自身の物語と、今作はそこから外側へ、自分の問題を社会や構造の問題として捉え直して、働きかけていくストーリーだと感じた。

ジェンダーにまつわることについては、誰もが何かしらの体験をもっていると思うのだけど、私も子どもの頃から考える機会が多かった。名前が「慧(けい)」で、ルックスも相まって本当にしょっちゅう男の子に間違えられ、からかわれるうちにスカートをはくことさえ怖くなり、葛藤した時期が長かった。(今は好きなものを好きなように楽しく着てる)

長くなるので端折るけど、この10年くらいは、日本のジェンダーにまつわる価値観もだいぶ変化した肌感覚がある。それは、文野さんのような人たちが小さな声を拾い集め、自分や仲間のストーリーを語り、時間をかけて社会に働きかけ続けてきたからだと、本作を読んで改めて思った。

ストーリーが足りていない

文野さんの元には、思い悩む多くの若者から手紙が届くのだという。
絶望しかけていた10代~20代の頃の文野さんは、なぜそうだったのか?
あの頃にどんな世界があったら、自分はもっと未来に希望がもてたのか?
同じような子が絶望せずに生きられるのか?
そんなふうに逆算していく。

「彼らが命を落とす原因となった、今なおこの社会に根強く残る差別や偏見は、社会のなかにLGBTQに関するストーリーが圧倒的に足りていないと感じたからだ」(p.134)

ストーリーが足りていない、というこの一節は私にたくさんのヒントをくれた。

自分がどこか人と違っていると感じて、周りに似たひとがいなかったり、
その人たちが幸せに暮らしている例(ロールモデル)や居場所がみつからなかったら、当然不安になってしまう。LGBTQのことに限らず、家族の形、働き方、生き方も。例が少ないと、幸せに生きる方法がないのかもしれないと思ってしまう。

マイノリティは、本当にマイノリティなんだろうか?
本当に少ないのか、それとも語られることが少なかったからなのか。
語られないのはなぜか。
語られなければ、自分の身近には存在しないもの、と多くのひとは思い込むかもしれない。

「誰一人として同じひとがいない中では、誰もが何かしらのマジョリティであると同時に、マイノリティなのだ。」

ダイバーシティ(多様性)ってなんだろう?

「誰一人として同じひとがいない中では、誰もが何かしらのマジョリティであると同時に、マイノリティなのだ。」
「マイノリティの課題に向き合うことはマジョリティの課題に向き合うこと」(P.219)

世の中の誰もが主人公だと思う。
だから、その数だけのストーリーがあったらいい。
誰もが人生の主人公として、胸を張って生き、輝ける。
そんなストーリーが。

ストーリーを増やすことは、選択肢を増やすことにつながるのだと思う。
30歳で死のうと思っていた文野さんが、できるはずがないと思っていたことを覆し、方法を生み出して、いま幸せに生きているストーリーは、確実に誰かの希望や生きるヒントになっていると思う。もちろん、私にとっても。それに、人がその人本来の輝きを放つ姿は、もちろん羨ましかったり悔しかったりもあるけれど、やっぱりパワーをくれるものだと思う。私は誰かが人生で輝いていくのをみたいし、見せたいと思う。

世の中の誰もが主人公

いまはNetflixを開けば、異性間ではない多様なラブストーリーや、自閉症のひとのリアリティ恋愛番組だってある。選択肢が多いっていい。たとえば物議を醸したNIKEのCMを観ても、日本のレイシズムを批判するためのものだとは感じない。今まで描かれることが少なかった人を主人公にしたストーリー、だと思う。外野じゃなく、自分の人生を生きる主人公たちに向けたものに見えた。
知らなかったことなら、語られなかったことを語りあって、想像力をもって尊重しあいたい。
誰一人として同じ人はいないから。
そんなふうにすべての人のストーリーを支持したいと思った。

今日、スタジオで「希望ってなんだろうね」みたいな話をした。今年はそういうことをたくさん考える1年だったと思う。この先もずっと考え続けるけど、ストーリーは希望を生むことができると信じる。

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