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雑誌『教育と医学』(2023年7・8月号)「特集にあたって」「編集後記」公開

 雑誌『教育と医学』の最新号、2023年7・8号が、6月27日に発売されました。今号の特集は、「ネット時代における教育の未来と子どもの成長」です。
 ICT(情報通信技術)の飛躍的な発展は、子どものこころとそだちにも大きな影響を与えています。とくに昨今の生成系AIの台頭では、学習の概念自体が根本から変わりつつあります。また、新型コロナの拡大でオンライン教育が一気に普及した一方で、伝統的な対面教育の価値も改めて見直されている状況にあります。本特集では、このネット時代に成長してゆく子どもたちの教育の未来を占います。(責任編集:黒木俊秀・古賀聡・増田健太郎[九州大学大学院人間環境学研究院])
 「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。

●特集にあたって

ICTは学校教育に大変革をもたらすか
黒木俊秀

 20世紀末におけるインターネットに代表されるICT(情報通信技術)の飛躍的な発展は、世界的規模で高度な情報化を急激に進化させ、私たちの生活や社会のあり方にパラダイムシフトをもたらした。当然ながら、ICTの進歩は子どものこころとそだちにも大きな影響を与えており、学校教育自体も大きく変わり始めた。従来の知識の記憶学習の意義が薄れ、ネット上から必要な情報を検索して考えるというリテラシーが求められるようになった。こうしたICTを介する教育の普及をさらに推し進めたのが、2020年以降の新型コロナウイルス感染症のパンデミックであったことはいうまでもない。今回の特集では、ICT教育に造詣の深いわが国の識者に今後の教育の未来と子どもたちの成長を占ってもらった。

 ICTの驚異的な進歩の速さは、それ自体のトピックをも目まぐるしく変転させる。本特集の企画に取りかかる直前(2022年11月末)に生成系AI(人工知能)サービスであるChat(チャット)GPTが公開され、ICT教育をめぐる状況は新たな時代に突入した。ネットと人々の関わりのあり方を研究している坂元章は、早速、チャットGPTに特集原稿を作成させ、その効用と限界を分析した。その上で、現在の学校教育の目標である知識及び技能の習得のみならず、思考力、判断力、表現力等の育成さえもAIが補完するようになるため、主体的な学びに向かうための一人ひとりの社会性や人間性にかかる資質や能力の育成がより重要になってくると予想する。

 メディア教育の専門家である藤川大祐は、インターネットが子どもに与える影響について、その長時間の利用や依存の問題、性非行やいじめ、ネット犯罪に巻き込まれるリスク等の「罪」の部分は教育や支援によって抑制することが可能であるという。むしろネットが、時間・空間を超えて子どもたちの活動の範囲を広げ、居場所として機能していることに注目する。

 水内豊和は、特別支援教育へのICTの導入には、障害を持つ子どもたちの学習や生活支援、就労や自立促進のためだけでなく、彼らのQOLやウェルビーイングの向上にも寄与することが期待されるという。ICTだからこそできる教育や体験の提供や前述した生成系AIによる知的障害児・者への支援など、特別支援教育の未来も大きく変わろうとしているようだ。

 令和元年より文部科学省が開始したGIGAスクール構想は、学校教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するもので、すでに子どもたちへ一人一台の端末が提供され、学校内外での円滑なネットワーク環境の整備が進行している。一連の政策拠点にいる髙谷浩樹は、GIGAスクールを基盤とする新たな学校教育が発展するために、教育界も旧来の閉鎖主義や事なかれ主義、同調主義から脱却する必要があると訴える。

 一方、松尾由美は、2歳以降から就学までに8割以上の子どもたちがネットを利用している現状に触れ、大人がとるべき対応について提言する。また、時津哲は、個人の批判的思考を重視してきた従来のメディアリテラシー教育もまた転換期に至っているという。

 どうやら、現在、私たちは学校教育の大きな変革の時代に立ち会っているようだ。そんな興奮と陶酔がない混ざった時代の雰囲気を感じる。この際、ICTが未来の子どもたちの豊かな成長を育む可能性に賭けてみたいと思う。

黒木俊秀(くろき・としひで
九州大学大学院人間環境学研究院教授。精神科医、臨床心理士。医学博士。専門は臨床精神医学、臨床心理学。九州大学医学部卒業。著書に『発達障害の疑問に答える』(編著、慶應義塾大学出版会、2015年)など。

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●特集●「ネット時代における教育の未来と子どもの成長」
「インターネット時代を生きる子どもたちの明日」
 坂元 章(お茶の水女子大学理事・副学長、附属学校部長。専門は社会心理学)
「子どもにとってのインターネットの功罪」
 藤川大祐(千葉大学教育学部長・教授。専門は教育方法学)
「特別支援教育におけるICTの活用」
 水内豊和(島根県立大学人間文化学部准教授。専門は臨床発達心理学)
「令和の教育基盤としてのインターネット──なぜGIGAスクール構想か」
 高谷浩樹(文部科学省大臣官房会計課長)
「未就学児がインターネットに触れるとき」
 松尾由美(江戸川大学メディアコミュニケーション学部講師。専門は社会心理学)
「これからのメディア教育(メディア・リテラシー論)」
 時津 啓(島根県立大学人間文化学部教授。専門はメディア教育)

●編集後記

  本号では「ネット時代における教育の未来と子どもの成長」について特集した。筆者は大学の学校医であるが、学生のメンタルヘルス相談のなかでも、インターネット、特にSNS の問題はしばしば焦点となる。SNS 上でのやりとりに疲弊して不調に陥っている学生は多いし、ときには問題となったやりとりをそのまま見せて「どうしたらいいですか?」とたずねてくる人もいる。

 とはいえ、本号掲載の時津論文の用語で言うと、学生たちが「デジタルネイティブ」であるのに対して、筆者のように中年以上の世代は「デジタル移民」にあたる。ネイティブの言語やSNS 上での独特の対人関係を理解するのは、移民の身にとって苦労が多く、助言を求められても返答に窮してしまうことがしばしばである。筆者が「母語」として学んできた精神病理学の用語が、100年以上前の人間像を前提とした蒼古たるものであることを痛感させられるが、ともかくも、この旧式の道具でなんとか急場をしのいでゆくほかない。

 学生のメンタルヘルスとインターネットという問題に関しては、やはりコロナ禍のインパクトが甚大であった。大学ではオンラインでの履修体制が一挙に整備されることになった。対人接触が減ったことで不調に陥った人も多かったが、他方、ある種の発達特性をもった人にとって、授業の全面オンライン化は多大な恩恵をもたらした。現在、対面授業への回帰の流れのなかで、こうした後者の学生層の不適応が顕在化している。

 本号掲載の水内論文にもあるように、ICT( Information &  Communication Technology)は障害支援の強力な手段ともなりうる。コロナ禍において定着の進んだこうした技術が、今後も、学生の個性にあわせた支援や、教育現場のユニバーサルデザイン化に活用されてゆくことが期待される。そうした現場に立つ人たちにとっても、本特集号が役立つものとなることを願っている。
蓮澤 優(九州大学キャンパスライフ・健康支援センター准教授)

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