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【試し読み】なぜ男女の賃金に格差があるのか

「男女平等」の先進国として、他国に先んじて対策を進めてきたアメリカでも、依然として男女の賃金格差は存在します。
なぜ男女の賃金に格差があるのか。
解決の第一歩として、クラウディア・ゴールディン著『なぜ男女の賃金に格差があるのか』ではウーマンリブ、「静かな革命」、リリー・レッドベター公平賃金法など、20世紀以降を振り返りながら、各職業のデータを経済分析し、女性の賃金の上昇を阻む原因を抉り出します。
第1章の一部を特別に公開しますので、ぜひご一読ください。

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第1章 キャリアと家庭の両立はなぜ難しいか
    ――新しい「名前のない問題」

今の時代、これまで以上に、あらゆる層のカップルが、キャリアと家庭、仕事の時間と家族の時間とのバランスをとるのに苦労している。国全体が、現在と未来の世代についての、家族ケアの重要性とその価値に気づきつつあり、収入の喪失、キャリアのフラット化、カップル(異性愛者と同性愛者)間のトレードオフ、シングルマザーとシングルファーザーへの要求の厳しさを実感し始めている。このような気づきは、パンデミックに先駆けて認識されていたが、パンデミックによってくっきりと浮彫りにされ、注目を集めている。

ベティ・フリーダンは、1963年に出版された著書の中で、専業主婦として欲求不満を持つ大学教育を受けた女性について、彼女たちの問題に「名前がない」と書いた。それから60年近くが経ち、大卒の女性の大多数がキャリアを積んでいるものの、大卒の男性と比較して、女性たちの収入と昇進には、相変わらず横槍が入り続けているように思われる。彼女たちもまた「名前のない問題」を抱えているのだ。

この問題には、さまざまな呼び名がつけられている。性差別。ジェンダーバイアス。ガラスの天井。マミー・トラック〔キャリアではなく母親として生きる道を選択すること〕。「リーン・アウト」など、挙げ始め
るときりがない。こういった問題には即時の解決策があるように思えなくもない。たとえば、女性に競争力を上げるように指導し、交渉力を鍛える訓練をする。上司の暗黙の偏見を明らかにする。政府が、企業の取締役会に男女共同参画の義務を課し、同一労働同一賃金の原則を試行させる。

米国を始め、さまざまな地域の女性が、これまで以上に大きな声を上げて、「答え」を求めている。その関心は、全国に大きく報道され(本のタイトルにもなり)、広がりを見せている。必要なのは、さらなる駆動力なのか? 「身を乗り出す」べきなのか? なぜ女性は男性と同じスピードで昇級のはしごを上ることができないのか? なぜ経験と年功に値する補償が得られないのか?

もっと個人的な疑問もまた、多くの女性を悩ませているが、そういった疑問は、親密なパートナーとだけ共有されていたり、親しい友人との個人的な話し合いという形でしか取り扱われていなかったりする。自分と同じぐらい勤務時間が長い人とデートをすべきか? 家族が欲しいという確固たる願いがあっても、家族を持つことを延期する必要があるのか? 35歳までにパートナーが不在なら、卵子を凍結するべきなのか? 子育てのために、野心的なキャリア(SATを取得して以来、築き上げてきたキャリア)を離れてもいいと思えるか? そうでない場合は、子どもの昼食を用意し、スイミングの迎えに行き、学校の保健室からの電話に応答してあたふたする役割は、誰がするのか?

女性は、相変わらず貧乏くじを引かされ続けている気分である。夫や男性の同僚よりも収入が少ない一方で、キャリアに遅れをとっているからだ。それは「あなた自身のやり方の問題」だと言われている。積極的な競争や、交渉力が足りない。テーブルの席を要求しないし、たとえ要求しても、押しが足りない、と。しかし女性はまた、「あなた自身のやり方の問題」ではない、とも言われ、「やらないこと」が問題だとさえ言われる。女性たちは、男性限定のクラブから付け込まれ、差別され、嫌がらせを受け、排除される。

こういった要因はすべて実在する。しかし、問題の根源はそこなのだろうか? それが、給料とキャリアに男女で大きな差がある主な原因なのか? すべてが奇跡的に修正されたら、女性と男性の世界、カップルと若い親の世界は完全に様変わりするのか? 「新・名前のない問題」とひとくくりにできるのか?

活発な公的・私的な言説や会話によって、こういった重要な問題が明らかになったが、私たちはしばしば、ジェンダー格差の規模の大きさと歴史の長さを無視するという罪を犯している。会社が軽い叱責を受けて、役員に昇格する女性がひとり増え、育児休暇を取る進歩的な技術リーダーが数人増える。このような解決策は、経済的な効果という点で、腺ペストに感染した人にバンドエイドの箱を投げわたすようなものだ。

このような対応は、男女の賃金格差を解消するのに役立っていない。また、症状のみに対処しようとすることが、ジェンダーの不平等についての完全な解決策を提供することは決してない。女性が男性と同じ程度にキャリアと家族の両立を達成することを決して可能にしないのだ。賃金格差を根絶したい、または、せめて狭めたいのであれば、まずこれらの妨げの根源に深く入りこみ、問題にもっと正確な名前をつける必要がある。「どん欲な仕事(Greedy Work)」と命名しよう。

職業の中にある原因
あなたがこれを読む頃までに、パンデミック(この章を書き終えてもまだ猛威をふるっている)がおさまり、私たちがその厳しい教訓から恩恵を受けていることを願っている。パンデミックによって拡大した問題もあれば、加速した問題もあり、長年くすぶり続けいていた問題がさらに露呈したところもある。しかし、私たちが直面している家族ケアと仕事の間の引っ張り合いは、この世界的な大惨事に何十年も先行していた。キャリアと家庭を手に入れ、そのバランスを取るまでの旅路は、1世紀以上にわたって進行中なのだ。

20世紀の大半にわたり、女性に対する差別は、女性がキャリアを積む能力を大きく阻む障害だった。1930年代から1950年代までの歴史的文書からは、動かぬ証拠の数々が容易に発見できる――雇用と収入における偏見と差別の実際の証拠である。1930年代後半、会社の経営者は調査員にこう語った。
「貸し付けの仕事は女の子には適していない」。「これらの仕事(自動車販売)は一般の人々と接触するので(中略)女性は受け入れられないだろう」。「女性は(仲介)販売の仕事に入れない」。大恐慌の終わりの頃の話である。しかし、1950年代後半の厳しい労働市場においても、会社の代表者はきっぱりとこう話した。「幼児の母親は雇用されていない」、「乳児を持つ既婚女性は仕事に復帰することを奨励されていない」、「妊娠は自発的な退職の理由である。(ただし)会社は女性が、たとえば子どもが中学に上がった頃に職場復帰することを嬉しく思っている」。

マリッジバー〔marriage bar:既婚女性の雇用を制限する法律と会社の方針〕は、1940年代まで横行していた。それは、妊娠と出産を境に、乳幼児や小さな子どもを持つ女性を除外する規制へと姿を変えた。学術機関や一部の政府機関には縁故主義というハードルがあった。数え切れないほどの仕事が、性別、結婚歴、そしてもちろん人種によって制限されていた。

今日では、そのような露骨な証拠は見られない。現在のデータは、賃金と雇用の差別は確かに存在するものの、比較的小さいことを示している。これは、多くの女性が差別や偏見に直面していないことや、職場にセクハラや暴行が存在しないことを意味するのではない。全国的な#MeToo運動は、これといった理由なく起きているわけではないのだ。1990年代後半、リリー・レッドベターはグッドイヤータイヤ社〔タイヤ製造会社〕に対してEEOC(雇用機会均等委員会)のセクハラ訴訟を起こし、訴訟を起こす権利を獲得した〔第8章参照〕。それは彼女にとって本当の勝利だったが、のちに管理者として復職したときに起訴を取り下げた。それから何年もの時を経て、彼女は今や有名な賃金差別の訴訟を起こすことになる。レッドベターは、彼女が管理した男性たちと、指揮を執っていたが性差別を無視した人々による差別的な行動のために、低いパフォーマンス評価を受け、昇給はほとんどなかった。レッドベターの場合、同僚との給料の差は、100%が差別によるものだった。

職場での男女平等がようやく私たちの手に入ったように見え、かつてないほど多くの職業が女性に開かれているのに、なぜ収入の差が相変わらず・・・・・続くのだろうか? 女性は実際に同一・・労働に対して低い・・賃金を受け取っているのか? 概して言うと、もはやそれほどではない。同じ仕事についての不平等な収入という賃金差別は、総収入ギャップのごく一部しか占めていない。今日の問題は違うところにあるのだ。

(続きは本書にて)

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