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雑誌『教育と医学』(2023年5・6月号)「特集にあたって」「編集後記」公開

 雑誌『教育と医学』の最新号、2023年5・6号が、4月27日に発売されました。今号の特集は、「ヤングケアラー──家族を支える子どもの現実を考える」です。
  大人に代わり日常的に家族の世話や家事を担う「ヤングケアラー」についてクローズアップされる機会が増えてきましたが、国や自治体による支援の取り組みはまだ端緒についたばかりです。本特集では、ヤングケアラーの現状、課題をさまざまな観点から取り上げ るとともに、主に学校・教育現場を中心にどのような支援が可能か・求められているかを知る機会とします。(責任編集:山下亜紀子・古賀 聡[九州大学大学院人間環境学研究院])
 「特集にあたって」と、「編集後記」を公開します。ぜひご一読ください。

●特集にあたって

いま、私たちの社会にできること
山下亜紀子

 二〇一三年の初夏、私はイギリスへ向かいました。発達障害児の母親の研究をはじめて間もない時期でしたが、イギリスが先進的にケアラー支援に着手し、公的支援、チャリティー団体などの民間支援ともに充実していると聞いていたからです。こうして母親ケアラーの支援実態を見てみたいと向かった地で、思いがけずヤングケアラーの問題を本格的に考えるようになりました。ちょうどイギリスでは、高齢者をお世話するケアラー、子どもをお世話するケアラーに加えて、ケアをしている子どもに対する社会的認知度が高まり、ヤングケアラー独自の法整備が進み、実際的な支援も充実しはじめていた時期でした。私が訪れたチャリティーの地域支部センターは、ヤングケアラーの支援に力を入れており、子どもたち専用のお部屋があり、学習支援や旅行などのレジャー活動などが行われていました。またヤングケアラー向けのニュースレターも刊行されており、幅広い支援活動を見聞きし、とても驚いたのをよく覚えています。

 当時、日本では、ようやくヤングケアラーの概念や問題が認知されはじめた頃でしたが、一〇年たったいま、大きな社会的問題としてクローズアップされるまでに変化しました。省庁横断的にさまざまな政策が示され、先進的な自治体では支援の取組みも実働しはじめています。また民間でもさまざまな支援が始動しています。

 ヤングケアラーが直面する最たる問題は、本号執筆者陣が一様に指摘しているように、ケアの場面以外にも、当たり前の生活が過ごせず、さらに今後の航路において、さまざまな本人の願いの芽が摘まれ、思いがかなわないことではないでしょうか。ケア関係だけでは捉えられないさまざまな「きょうだい」たちの苦しみが、長い時間、埋もれがちなことを松本理沙さんが訴えています。  またヤングケアラーが出現する社会的背景についても、看過できないと思います。奥山滋樹さんは、ヤングケアラーたちは、ケアを行うことを、「当たり前、仕方ないこと」と感じていると述べています。これは、家族がケアすることが当たり前となっている社会だから生じる感覚ではないでしょうか。安部計彦さんも、家族介護を前提とする日本の社会福祉システムについて問題提起しています。実はケアラー支援を先進的に行ってきたイギリスやオーストラリアでは、家族によるケアが所与であるという共通点があることがわかっています。公的に対応すべきケアを主に家族が担っており、したがって支援が必要になったというからくりです。そして家族が第一義的にケアを期待される社会においては、子どもまでもが家族のケアをしている発見があり、イギリスやオーストラリアでは、ヤングケアラーの支援にも力をいれてきました。家族がケアを担うことが大きく期待されるのは、日本も然りです。

 関連して、家族ケアが期待される社会においては、子どもがケアを行う問題が表面化すると、従来ケア責任が強く求められてきた母親たちが問責されるという問題があります。保護や救済の対象としての「子ども」という視点が強調されるほど、(母)親の養育責任などが自己責任に帰してしまう、と斎藤真緒さんが鳴らす警鐘は、大変重要なポイントだと思います。

 家族ケアが前提という問題があれば、まずは社会的ケアの社会に転換していくことが望まれますが、早急な変革は難しいと思われます。そこでヤングケアラーを支える仕組みをあちこちで作ることが肝要ではないでしょうか。そのヒントが本号にはちりばめられていると感じます。

山下亜紀子(やました・あきこ)
九州大学大学院人間環境学研究院准教授。専門は家族社会学・福祉社会学・地域社会学。岩手大学大学院連合農学研究科博士課程修了。博士・農学。宮崎学園短期大学、宮崎大学勤務を経て現職。著書に『ジレンマの社会学』(共著、ミネルヴァ書房、二〇二〇年)、『シリーズ生活構造の社会学② 社会の変容と暮らしの再生』(編著、学文社、二〇二二年)など。

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●特集●「ヤングケアラー──家族を支える子どもの現実を考える」
「ヤングケアラー支援の課題」
 斎藤真緒(立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学)
「孤立するヤングケアラー」
 安部計彦(西南学院大学人間科学部社会福祉学科教授。専門は児童福祉)
「ヤングケアラー経験とその影響」
 渡邉照美(佛教大学教育学部准教授。専門は生涯発達心理学、死生心理学)
「ヤングケアラー支援の実践──障害児者のきょうだい支援の事例から」
 松本理沙(北陸学院大学教育学部幼児教育学科講師。専門は障害児者のきょうだい支援)
「ヤングケアラーを支援する体制づくり」
 森田久美子(立正大学社会福祉学部教授。専門はソーシャルワーク)
「ヤングケアラーを学校で支援する」
 奥山滋樹(鈴鹿医療科学大学助教。専門は臨床心理学)
「若い世代のケアラーへのソーシャルサポート」
 田中悠美子(一般社団法人ケアラーワークス代表理事。専門は地域福祉、認知症ケア)

●編集後記

 今回の特集のキーワードは「ヤングケアラー」である。一方、アルコール依存症等の嗜癖臨床に関係する用語に「アダルトチルドレン」(AC)があり、臨床現場で遭遇する世代間連鎖についての理解を助ける。しかし、AC概念は曖昧性を含むため、短絡的な理解や誤解を生む可能性も指摘されている。

 ヤングケアラーについては、テレビドラマでも取り上げられ、社会的注目を集めるようになった。このような用語の周知は、我々に2つの意識=「あの子はそうなのかもしれない」、「私もそうなのかもしれない」を惹起させる意味がある。

 前者は子の献身という美談として解釈されやすい状況を看過せず、子どもの理不尽な経験に社会が想いを寄せるきっかけとなる。後者は、周囲からの評価とは裏腹に内に潜む不適応感の根源について理解を促す。「そうだったのか」という腑に落ちる体験は、自分の人生について新たな意味づけを促す。

 アルコール依存症者への心理劇(ドラマ療法)を実践するなかで、娘との言い争いの劇の後に、亡き母親について語りだした女性がいた。彼女の母親も心の病を抱えており、自分は幼少より妹弟の世話を続けてきたと訴えた。甘えること、わがままをいうことを私は許されなかったという彼女のわだかまりはとても強かった。

 アダルトチルドレンという言葉は、依存症者の子(Adult Children of Alcoholics)という続柄を意味する略称である。しかし、「あの患者はACだから」という会話には誤った理解が潜んでいる。アダルトチルドレンは診断名ではない。自己嫌悪に苦しみ続けてきた人がたどり着く一つの自覚だ。この自覚によって、自分の経験を振り返り、仲間と語り合い、私の人生を語り直すことが可能になる。心を占めるどうしようもない劣等感や不全感から抜け出す機会となる。そして、世代を超えて繰り返される負の連鎖から抜け出す希望がみえてくる。

 今回の特集が、未来に向かう「語り合い」や「語り直し」の契機になることを期待する。(古賀 聡)

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