ラノベとSF、100タイトル挙げてジャンル小説について考えてみた件

執筆:古泉函数

はじめに

 みなさんは、以下のような2ちゃんねるのコピペをご存じでしょうか。

まあ拙者の場合ハルヒ好きとは言っても、
いわゆるラノベとしてのハルヒでなく
メタSF作品として見ているちょっと変わり者ですのでwww
ダン・シモンズの影響がですねwwww
ドプフォwwwついマニアックな知識が出てしまいましたwww
いや失敬失敬www

 ……ブラウザバックするのは、もう少し待っていただきたい。いにしえの2ちゃんのコピペは決して、決して私がマニアックなネット知識でイキるために引用したわけではないのです。私はそんなキモい人間ではありません。ほんとうです……ほんとうです!
 では、こんなネットの遺物を持ち出してきて、私は何がしたいのか。ここにご注目。
「ラノベとしてのハルヒでなくメタSF作品として見ているちょっと変わり者」
 はたしてこの、ラノベをある種のSFと見なす見方は変わり者なのでしょうか。
 そんなことはありません! 私は声を大にして言いたい! 証拠を見てみましょう。

(http://www.sf-fan.gr.jp/awards/2022result.html より)

 おわかりいただけたでしょうか。ガガガ文庫から出た作品が星雲賞取ったのです。これは事件なのです! 過去の星雲賞受賞作を参照するに、『銀河英雄伝説』や『図書館戦争』シリーズといった広義のラノベ(ラノベ、特に文庫のレーベルから出版されていないの意)が星雲賞を受賞したことはあります。しかし、ガガガ文庫というラノベと称して、まず反論が出ないであろうレーベルから星雲賞受賞作が登場したこと、これはラノベ、SF両業界にとって福音になることは間違いありません。なぜか。その説明は長くなるでしょうから、第二部に回します。まず、第一部でラノベとSFの接点になりうる作品を非体系的ではあるものの、概観することを試みます。第二部では、ラノベとSF(ジャンル小説)の関係について、いくらか考えてみるつもりです。
 さて、前書きはここまです――――ついて来れるか。

第一部 ラノベ⇆SF 百人組手

 何から紹介を始めるのか難しいところですが、そもそも『月とライカと吸血姫』をご存じない方も多いでしょう。まずはそこから、わらしべ長者方式でいきます。
『月とライカと吸血姫』は2016年にガガガ文庫から刊行を開始した宇宙×歴史改変×吸血鬼SFです。星雲賞の他にも「このライトノベルがすごい2018」で4位。2021年にはアニメ化もされており、とうぜん当時のSFマガジンでも取り上げられていました。本作は、吸血鬼という人間とは異なる種族こそ登場するものの、その設定の使い方はラノベと聞いて多くの人が思い浮かべそうなものとは、一線を画しています。本作の吸血鬼の特性は、通常の人間にちょっと身体的特徴を付け加えた程度であり、ほとんど人間と変わりがありません。1巻では、宇宙飛行士を目指す人間である主人公レフと、実験体として宇宙に行かされそうな吸血鬼のイリナが相互理解を深めながらも、訓練に邁進する様子が中心に描かれます。また、本作は5巻まで東西冷戦時代の宇宙開発競争の史実を下敷きに展開されるので、世界史を知っている人はもちろん面白いし、そうでない人も重厚なストーリーを楽しめること間違いありません。3~4巻では、舞台と主人公が一時的にアメリカをモデルにした国とキャラへ移るのですが、このあたりの内容もNASAのロケット打ち上げに関わった黒人女性プログラマたちの実話が基になっていて、2016年公開の映画『Hidden Figures(邦題:ドリーム)』などでも、宇宙開発の一端を知ることができます。一応、各種宣伝を兼ねて言及しておくと、慶應SF研でも夏休み中の活動の一環として扱っている『新しい世界を生きるための14のSF』に収録されている宮西建礼「もしもぼくらが生まれていたら」も読後感さわやかな宇宙開発にまつわる短篇。同じく宮西の「銀河風帆走」も宇宙SFで『年刊日本SF傑作選 極光星群』に収録、似た道具立ての作品に円城塔「バナナ剝きには最適の日々」、森岡浩之「A Boy Meets A Girl」があります。

 歴史を下敷きにしている、という観点でみると『幼女戦記』では魔法が存在する世界での世界大戦が描かれますし、『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』では異世界と繋がってしまった現代日本が舞台です。SF業界でも、10月14日に『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』(講談社タイガ)の発売が決定しているなど、ホットなジャンル。伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」が手に入りやすくなります。同様に竹書房『ベストSF2022』収録の伴名練「百年文通」も歴史関係でしょう。さらに、『ゲート』のように異世界と繋がる、といえば神林長平『戦闘妖精雪風』も外せません。このように、もし「現代に/ある時代に○○があったら」というのは、SF的想像力の典型です。したがって『テルマエ・ロマエ』、『JIN ―仁―』、『戦国自衛隊』なども発想の型としてはSFだと言えます。個人的に「労働者階級の手にあるインターネット」や『NSA』など、ドイツ×インターネットがアツい。そして、ライトノベルでよくみられる異世界転生においては、「ファンタジー的だったり、ゲーム的だったりする異世界に現実世界の○○があったら……」という仮定から物語が始まることが、しばしばです。

 しかし、逆に「異世界転生したものの、現実にはあった○○がない。どうする⁉」という想像力の働かせ方が優れたライトノベルとして、橙乃ままれ『ログ・ホライズン』が挙げられます。MMORPGの世界に転移させられたものの、そこには司法もなければ行政もない。主人公たちがいかにして、異世界での社会を運営していくか、現実への帰還を目指すかが語られます。異世界のルールを探っていく過程が魅力的な『ログ・ホライズン』ですが、調査パートの面白さで言えば、森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』とその着想元であるスタニスワフ・レム『ソラリス』。また同様の趣向として、最近発売された八目迷『琥珀の旅、0秒の旅』も時が止まってしまった世界で、主人公とヒロインが旅するロードノベル。きちんと停止世界のルールを、調査・考察している点が推せます。もちろんジュブナイルとしての完成度も抜群です。アニメ映画化され9日から公開されている八目の『夏へのトンネル、さよならの出口』も、お互いの願いのために時間が早く進むトンネルを調査する二人のお話。

 時間に関する仕掛けとジュブナイルは非常に相性がよく、映画では『時をかける少女』や『君の名は。』『ほしのこえ』を筆頭に、今冬公開予定の辻村深月『かがみの孤城』などがあります。『時をかける少女』は筒井康隆の小説と、細田守の映画では内容が異なっていますから、比べると面白い。短篇でも伴名練「ひかりより速く、ゆるやかに」、梶尾真治「美亜へ贈る真珠」、中井紀夫「暴走バス」など枚挙にいとまがなく、『ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 』、『revisions 時間SFアンソロジー』、『時を歩く 書き下ろし時間SFアンソロジー』といった時間SFにフォーカスしたアンソロジーも多く発売されています。『Re:ゼロから始める異世界生活』も死に戻り、という点では時間が関係しています。構築度の高さでは『STEINS;GATE』が圧倒的。電撃文庫の高畑京一郎『タイム・リープ あしたはきのう』はトリックのロジカルさから、SFのみならずミステリでも評価が高く、10月25日にメディアワークス文庫から新装版として復刊されることが決まっています。一方で、時間の不可逆性や一回性ゆえに、もたらされるエモさに対するカウンターが存在するのもSFの面白いところで、テッド・チャン「あなたの人生の物語」やヴォネガットの『スローターハウス5』、「エンドレスエイト」で悪名(?)高いハルヒなどがあります。2ちゃんコピペに触れてしまった手前、ここらでフォローを入れておくと、角川文庫に(スニーカー文庫ではない)に収録された『涼宮ハルヒの憂鬱』の解説は筒井康隆が担当しているので、やはりハルヒは、れっきとしたSFです。『涼宮ハルヒの暴走』に収録の短編「エンドレスエイト」は、大森望が編者を務めるSFアンソロジー『不思議の扉 時間がいっぱい』でも収録されています。

 ラノベの中にもSFとして再評価を受けるという場合があって、谷川流も影響を公言している笹本祐一『妖精作戦』シリーズは1984年発売と、ライトノベルでも初期の作品に分類されますが、2011年に創元SF文庫で再刊されるなどの例があり、谷川流も本シリーズ3巻の解説です。ラノベとSFの接点という点で忘れてはならないのが上遠野浩平『ブギーポップは笑わない』。電撃文庫が現在の地位を築き上げるきっかけとなった作品で、ブギーポップシリーズと世界観を同じくする、『製造人間は頭が固い』のシリーズがSFマガジンで連載中。電撃文庫は、現在も定期的にSFと被るジャンルの作品が登場しており、『とある魔術の禁書目録』をはじめ、近年だとアニメ化した終末世界が舞台の『錆喰いビスコ』、少年兵や人種差別を描く『86 エイティシックス』、アンドロイドと人間のバディクライムサスペンスものの、菊石まれほ『ユア・フォルマ』などがあります。菊石は9月30日発売、東京創元社のSFアンソロジー『Genesisこの光が落ちないように』に新作「この光が落ちないように」が載るらしく、期待大。菊石本人が影響を話す作家にロボット三原則で有名なアシモフがいて、『ユア・フォルマ』が好きな人は換骨奪胎の原点として『鋼鉄都市』がおすすめ。『ユア・フォルマ』っぽいSFミステリが読みたいよ、という方は、講談社文庫『SFミステリ傑作選』、旺文社文庫『SFミステリ傑作選』や『アシモフのミステリ世界』がおすすめです。また、レムの『枯草熱』と『捜査』や、VR世界と現実世界をリンクさせた密室殺人を扱う岡崎琢磨『Butterfly World 最後の六日間』、書物が駆逐されていくディストピアを描く北山猛邦『少年検閲官』もSFミステリっぽさがあります。書物の駆逐だとブラッドベリ『華氏451度』や柴田勝家「検閲官」も外せません。近年のディストピアものといえばアニメ『PSYCHO-PASS』シリーズが金字塔で、2と3の間を埋めるであろう劇場版の公開が決定するなど、まだ動きのあるシリーズです。シュビラシステム導入の前日譚スピンオフである吉上亮『PSYCHO-PASS GENESIS』も硬派で重厚な世界観を補強してくれます。また、『PSYCHO-PASS』的なディストピアのディテールを詳細に詰めた小川哲『ユートロニカのこちら側』、ポスト『1984年』的なディストピア像を提示した柞刈湯葉「たのしい超監視社会」も挙げたい。『ユア・フォルマ』関連で他に当たっておくとよいのは、SFだと創元SF文庫の『マーダーボット・ダイアリー』シリーズと『創られた心:AIロボット傑作選』、ミステリだと森博嗣『すべてがFになる』から始まるS&Mシリーズ。菊石が帯文を担当した駒居未鳥『アマルガム・ハウンド 捜査局刑事部特捜班』は、自律した兵器であるアマルガムと主人公のバディもの。関連して、自律型兵器と人間の関係についてかなり踏み込んで書ききった、長谷敏司『BEATLESS』があります。特にアナログハックのアイディアは、アンドロイドもののSFを見るうえで、今後も参照され続けるでしょう。長谷は、ガガガ文庫からSFスポーツバトルものの『ストライクフォール』を発表するなど、ラノベ界とも距離も近いです。

 逆に、電撃大賞の審査を務めている『ストライク・ザ・ブラッド』で有名な三雲岳斗は、実は日本SF大賞の選考委員でもあります。同氏の『M.G.H. 楽園の鏡像』は無重力空間での殺人を書いたSFミステリで日本SF新人賞を受賞。『ストライク・ザ・ブラッド』完結後は、新シリーズ『虚ろなるレガリア』を開始。荒廃した東京とPMC(民間軍事会社)の設定がカッコいい。他の電撃文庫作家でSFの書き手といえば『青春ブタ野郎』シリーズがヒットした鴨志田一。アニメ化された『さくら荘のペットな彼女』やアニメ『Just Because!』の脚本など、どちらかと言えばラブコメ巧者のイメージがある作家だが、『神無き世界の英雄伝』『Kaguya 〜月のウサギの銀の箱舟〜』など、もともとは電撃文庫からSFっぽい作品を出してデビューしています。『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の脚本など、今もちらほらSFに顔を出すし、『青春ブタ野郎』シリーズも、ドッペルゲンガーや多重人格、平行世界など着想はSF的です。というか、タイトルが『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のオマージュですしね……。電撃文庫つながりで、さらに名前を挙げると日本SF大賞候補作『know』の野崎まどは、デビューはメディアワークス文庫『[映] アムリタ』。その後も『死なない生徒殺人事件』など人を食ったような設定から繰り出す作品が特徴。その極北的な作品として電撃文庫『独創短編シリーズ』があり、「第五の地平」は『2010年代SF傑作選』にも収録。また、ポンコツAIによるミュージカルアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』のノベライズを務めた乙野四方字も電撃文庫出身。ハヤカワ文庫から刊行の『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』も10月7日にアニメ映画の公開が決まっています。

 電撃文庫が続いたので、ふたたびガガガ文庫を紹介しておくと、ファーストコンタクトSFとして楽しめる『公務員中田忍の悪徳』、『ゴジラS.P』考証・脚本の円城塔が推薦帯を書いたオキシタケヒコによる異能バトルアクションSF『筺底のエルピス』(1巻が在庫切れで入手困難。ガガガ文庫は早めの増刷を!)などがあり、能力バトルがお好きならハヤカワ文庫の飛浩隆『グランヴァカンス 廃園の天使Ⅰ』や、瞬間移動という一つの能力から広がる発想力で勝負しているアルフレッド・ベスタ―『虎よ、虎よ!』、ハヤカワSF大賞の人間六度『スターシェイカー』(『とある~』の白井黒子の能力を意識したらしい)がおすすめ。我らが慶應SF研出身の草野原々もガガガ文庫から『これは学園ラブコメです』を発表しています。こちらはメタSF。さらに、7月20日に発売された小学館ライトノベル大賞優秀賞『サマータイム・アイスバーグ』は真夏に氷山が現れて、主人公の高校生を中心に大小さまざまな思惑が交差する様子を描く。先ほども書きましたが、夏×SF×ジュブナイルは、エンタメの黄金パターン。題名だけでも新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』、マイクル・コーニィ『ハローサマー、グッドバイ』、ハインライン『夏への扉』などが挙げられます。さらに、Steamで無料配信中のテキストアドべンチャーゲーム『ナツノカナタ』もゲームという表現形式を逆手に取った、意表を突く表現・設定が斬新。(京大SF研が9月25日の文フリ大阪で頒布する『WORKBOOK115』に『ナツノカナタ』レビューが載るらしいので、気になる)

 このように、ゲームでもSF的設定がかなり見られていて、2周年を迎えるスマホゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』の大枠はリズムゲームだが、「バーチャル・シンガー」は電子生命体っぽいし、現実世界と並列していくつか存在する「セカイ」の設定がマルチバースを想起させます。ボーカロイドに関係するSFなら野尻抱介『南極点のピアピア動画』と宮内悠介『ヨハネスブルクの天使たち』あたりが有名です。音楽を扱ったSFも多く、飛浩隆『零號琴』、「デュオ」や中井紀夫「山の上の交響楽」、扇智史「アトラクタの奏でる音楽」、ラノベでも杉井光『さよならピアノソナタ』、『学園ノイズ』などがあります。曲の出来がいいといえば、Keyのスマホゲーム『ヘブンバーンズレッド』。異星生命体の攻撃を受け絶滅の危機に瀕する人類を救うため戦う少女たちを描く(文字に起こすとすごい設定だ……)。シナリオと楽曲を『AIR』や『CLANNAD』の麻枝准が担当。麻枝節も炸裂しているので、鍵っ子のみなさんはやってみましょう。MF文庫Jより二語十『探偵はもう、死んでいる』も異星生命が出るなど、いろいろと闇鍋的で、アニメ2期の放送も決定している人気作。タイトルで勘違いしそうですが、ミステリ要素は微塵もありません。秘密結社が出てきたりするのです……。探偵が題名に入っているラノベに日向夏『迷探偵の条件』や『また死んでしまったのですね探偵様』があります。(流行りか?)秘密結社的な組織でいえば岬鷺宮『日和ちゃんのお願いは絶対』は古き良き、自他共に認めるセカイ系で『最終兵器彼女』の影響が強い。同じく岬『三角の距離は限りないゼロ』はヒロイン二重人格を利用した三角関係を描く意欲作。精神と身体の関係は、SFでも大事なテーマです。SFでは、異性愛の三角関係だけでなく、百合の場合もある。『アステリズムに花束を』や小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』、宮沢伊織『裏世界ピクニック』などがそれにあたります。なお、小川一水もデビューはラノベレーベルで、ソノラマ文庫から発表した『こちら、郵政省特別配達課』が新潮文庫nexで復刊済み。宮沢伊織は創元SF短編賞を受賞した「神々の歩法」が単行本で発売されました。BLもSFマガジンで特集が組まれるなどしていて、今後増えそうな予感。ガガガ文庫の話がずいぶん飛んだので、レーベルの話に戻ると、他に注目したいレーベルが星海社FICTIONS。『横浜駅SF』でデビューの柞刈湯葉『重力アルケミック』や創元SF短編賞受賞の高島雄哉による『不可視都市』、『青い砂漠のエチカ』がある。柴田勝家に『ステイホームの密室殺人』に掲載された短編を連作にした『メイド喫茶探偵 黒苺フガシの事件簿』でミステリに挑戦させるなど、面白い企画が多いです。

 と、宇宙、歴史、時間、ミステリ、作家など切り口を変えながら作品名を挙げてきました。約100コに達したので、第一部は締めとして、いくらか戯言を。

 ここまで非網羅的な形ではあるものの、ラノベとSF作品を眺めてきて分かるように、想像以上に距離が近い。作家単位で見てみれば、内容的に大きな差はなく、単に出版されたレーベルの違いに過ぎない場合も多い。この事実からラノベファンに言いたいのは、ラノベ作品は有名なSF作品に影響を受けている場合も多いから、より楽しみ方の引き出しを増やすという意味でも、ぜひ読んでほしいということ。SFはラノベに比べて歴史が古いジャンルだから、必読書的なリストが色んなところに転がっている。好きな作家が影響を受けている作品をたどるのも楽しいだろう。

 逆に、SFファンに言いたいのは、ラノベにもSFがある。むしろ新しい最先端のSFを、作家を、先物買いすることを目指すならラノベにもあたる必要があるんじゃないか、ということ。SFマガジンや「SFが読みたい」にもラノベ紹介コーナーがあるから、そういったガイドを指針にしてみたい。ラノベは新人賞が多いから、受賞作のあらすじをチェックするだけも、かなり参考になる。名作にあたりつつ、新しい作品へのアンテナも鋭敏にしておくことで、つよつよSF者になることを目指そう。あなたも一緒にいかがですか、というお誘いが第一部の文章全体の趣旨だ。

 第二部では、「名作にあたりつつ、新しい作品へのアンテナも鋭敏にしておく」ことについて、もう少し踏み込んで考えたい。ブックガイドはここで終わりなので、「紹介にしか興味ないよ」という方はここまでで大丈夫です。お付き合いいただきありがとうございました。では、ささやかではありますが第二部に参ります。


第二部 ラノベ×SF 交差点

 ラノベには歴史がない、と言われる。ライトノベル読者で過去の名作を――『キノの旅』など20年間読み継がれている特異な例外を除いて――読みあさるような読み方をする人間は、ミステリやSFほど多くはないだろう。ライトノベルは権威を否定してきたジャンルだとも言える。というのも、直木賞など新人賞以外の文学賞が存在しないからだ。書評で取り上げられることも少なく、批評の目を向けられることも多くはない。あるのは人気投票的な意味合いが強い「このライトノベルがすごい」くらいのものだ。(現在『千歳くんはラムネ瓶のなか』が2連覇中。連覇という現象が、「このラノ」の性質をよく表している)SFマガジンやミステリマガジンがライトノベルへの目配せがあるのに対して、私が知らないだけかもしれないが、ライトノベル側からのジャンル小説への接続を意識したような企画はほとんど見ないので、閉じた業界だと言わざるを得ない。しかし、アニメ化の数などを見れば明らかなように、エンタメ界では無視できない存在でもある。桜庭一樹、米澤穂信などラノベレーベル出身の作家が直木賞をとる例もでてきた。にもかかわらず、ラノベを取り上げる文学賞が存在しないがゆえに、秀作でも時流に乗っていないと、優れた読み手による拾い上げが機能せず、埋もれてしまうことも多い。優れた読み手による読解指南書になりうる解説もあまりついていない。つくのは『ロートス島戦記』など超有名作の新版が出たときくらいだ。(内輪ノリ感はぬぐえないものの、さがら総『教え子に脅迫されるのは犯罪ですか?』など、他のラノベ作家による解説がついている例も少数ながら存在する)読者の読み方が偏れば、人気作をなぞった作品も増える。売れなければ再版もされない。ラノベの影響を受けてデビューした作家はすでに出てきていて、今後も増えるばかりだろうに、絶版のせいで原典にあたる機会がないのでは、後世の作家が困る。賞はジャンルの歴史を形作るという機能を果たすことがあり、例えば日本SFの大きな流れを知りたいとき、日本SF大賞などの受賞作をさかのぼれば、当時の流行もなんとなく掴める。内容がしっかりしていれば評価される仕組みをつくることが、むしろラノベの懐の深さを守ることにつながる。(内容が良ければ売れる、というのは確かに真ではあるが、それだけに期待するのは無邪気がすぎるだろう)こうした事情から、『月とライカと吸血鬼』が星雲賞を受賞したことは、ラノベ業界にとっても面白い作品をきちんと重版をかけて、残していくモチベーションになるし、SF業界もラノベに目を向ける機運が高まれば、SFに新たな風が吹くに違いない。

 ラノベでも文学賞をつくれ、というわけではないが、内容でなくレーベルで区切るという、奇妙なジャンル形成がされたラノベは、内容が雑多な分、何らかの形でアーカイブ化する努力が必要だ。息の長いファンダムの形成には、ある程度ジャンルの共通認識が必須だと思う。最近は『ライトノベルクロニクル』や『ライトノベルの新潮流』など、ラノベの見取り図を示そうというコンセプトの本もでてきた。一冊で全てを網羅するのは不可能なので、類書がたくさん出版されることが大事だ。この記事の執筆中に京大SF研主催の京都SFフェスティバルの企画として『ライトノベルの新潮流』の著者、太田祥暉さんがSFとライトノベルについてお話するとの情報をキャッチした。そちらでは、この記事より体系的な話を聞けると思う。『新しい世界を生きるための14のSF』の解説でも『ソードアートオンライン』や『錆喰いビスコ』などが言及されていて、ラノベとSFの接点を増やそうという流れを感じる。私なりに、そうした流れに呼応しようとしたのが、第一部だった。内容に不満のある人もたくさんいるだろう。そんな人こそ、ぜひあなたのブックガイドをつくり、世に問うてみてほしい。どこぞの誰かがジャンル観を示し、また他の誰かがそれに反応する形で新たな見方を示す、このやり取りが健全な形を保ったうえで活発になれば、SF常夏の国の訪れも夢ではないはずだ。出版不況が叫ばれて久しい今、ブックガイドをつくったりする――私的なジャンル観を示す――布教活動が供給過多になるということはない。もちろん節度は守る必要があり、押しつけはご法度だ。だが、出来る形で、出来るだけ、私(たち)も後に続くべきだと考えている。


おわりに

 この記事がSF研の先輩による百合100選の記事と、伴名練の各種ブックガイドに触発されたものであることを告白しておきます。つまり、100選のコンセプトと伴名練のフォーマットを拝借して書かれた文章ということです。このブックガイド的な文章がラノベ界の一端を示せれば、また、一冊でも読んでみようという本が紹介できていたならば、嬉しいです。私は『プロジェクトセカイ』の名前を出したとき、「プロジェクト」と「世界精神型の悪役」の二語が頭の中を、ひかりより速く駆け巡りProject Itohの話をしたくなる発作に見舞われたけれど、ALI PROJECTを聴くことで、なんとか耐えました……。ほんとうに最後になりますが、ラノベの王道であるラブコメがぜんぜん紹介されていないのは、私の守備範囲が偏っているせいなので、だれかラブコメ100選とかやってくれ、頼んだぞ……。

おまけ


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百合100選はこちら

P.S.
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