女の子だった僕が、はじめて自分の性別に違和感を覚えたときの話

子どものころ、父親が図書館によくつれて行ってくれた。

いや、ちょっとばかり言い直したい。半強制的に、連れて行かれていたようなものだった。

なぜ、図書館だったのかというと、お金がかからないからだ。

そう。
僕の親父はケチなのだ。

お金のかかる遊び場に、つれて行ってもらった記憶がほとんどない。

語弊はあるけれど、僕にとって図書館はお金のかからない遊び場であり、獄中のようなものだった。

じっとしていることが苦手だったからだ。静かにすることと拷問は、僕にとって同義だったといえる。

できることなら、本棚が迷路のように立ち並ぶ館内で鬼ごっこをしたり、本棚によじ登ったり、ぴょんぴょんと本棚から本棚に飛び移ってみたい。

何度も、それを願った。
残念ながら、その願いが叶うことはなかったけれど。
当たり前か。

あるとき僕は、ふと、図鑑が並んでいる本棚を見てみることにした。おそらく、面白い本がありそうだと感じたのだと思う。

左上の棚から順番にタイトルを読んでいったとき、あるタイトルに目が留まった。

『人のからだのふしぎ』

気づいたときには、その図鑑を手に取っていた。
どうしても知りたいことがあったからだ。

僕は物心がついたときから、なぜ自分には「ちんちん」が生えていないのかわからなかった。弟にはあるのに、自分にはない。

大人になったら、生えてくるのか。
誰か、生えてくると言ってくれ。
そう思っていた。

ちなみに、まじまじと「ちんちん」のページを見るわけにもいかず、僕は両親に隠れてこっそり図鑑のなかを覗いた。

そして、目当てのページを見つけて、混乱した。

男の子の股間のところに矢印があり、その先に「ペニス」と書いてあったからだ。

当時「ペニス」の意味がわからなかった。

両親のどちらかに聞けばすぐにわかっただろうけれど、聞いたら怒られる気がして素直に聞けなかった。

だから「ちんちん」には、いくつかの種類があるということにしたのだ。

男の子ページの次は、女の子ページが続いていた。

女の子の股間のところに矢印があり、その先に「ヴァギナ」と書いてあった。

「ヴァ」という文字を見たとき、なんと発音すればいいのかわからず、思考が停止した。

あのときはまだ、簡単なカタカナしか読めなかった年頃。

両親のどちらかに聞けば……、とは思ったものの、すぐに諦めた。

そして僕は、女性器にもいくつかの種類があるということにしたのだ。

体の部位の解説ページは、そこで終了。
図鑑のなかに、僕はいなかった。

今振り返ってみると、その体験が、はじめて自分の性別に違和感を覚えたときだったのだと思う。

「大人になったら、ちんちんは生えてくる」という心の支えが、一瞬にしてぶち壊された。そのためか、強烈に印象に残っているのだ。

ちなみに「ちんちんは生えてくる」なんて、誰かに教わったわけではない。

幼いながらも、自分が感じている性別の違和感に耐えるには「ちんちんは生えてくる」という希望を持つしか、生きる術がなかった。

だからもし、当時の僕と同じように感じている子どもがいるなら、伝えたいことがある。

体が女で、性自認は男。
体が男で、性自認は女。

そういう人がいても、別にふつうのこと。

地球上には70億人以上も人間がいるんだから、いろんなケースがあるのが当たり前だ。

「どうして、こんなふうに生まれてきちゃったんだろう」だなんて、思わなくていい。

ある意味、どちらの性別も体験できるわけだ。
まるで二人分の人生を味わえるみたいで、お得じゃないか。

僕らの人生は。