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【施行直前】新たな開示手続にメリットはあるか【令和3年改正②】

SNSや掲示板の権利侵害に対する「発信者情報開示請求」について、2021年(令和3年)、新たな裁判手続が創設されました。
発信者情報開示命令事件といいます。

いよいよ2022年10月から新手続の運用が開始されます。
新手続にメリットはあるか、5つの観点から検討します。
なお、実際の運用は裁判所やプロバイダの対応で左右されるので、ご注意ください。

プロバイダ責任制限法令和3年改正は、以下の記事でも紹介しています。

重要な前提 ~従来の裁判手続も利用できる

新制度は、従来の手続を廃止するものではありません。
従来の手続に加えて、新たな裁判手続も選択できるということです。
新制度ではメリットがないという場合は、従来の手続を選択できます。

従来の手続を、簡単に説明します。
投稿者の氏名や住所を突き止めるには、通常、2回の開示請求が必要である(2段階の手続)とよく言われています。

  1.  SNSや掲示板の管理者(コンテンツプロバイダ。以下「CP」)に対して開示請求を行います。多くの場合、仮処分という裁判が必要です。

  2.  発信者が利用していた携帯電話やインターネット回線の接続事業者(アクセスプロバイダ。以下「AP」)を特定し、発信者の氏名・住所等の開示請求を行います。APが争ってきた場合は、民事訴訟を起こします。

Q1:新手続は「2段階」の手続が不要?

A:新手続でも厳密には「2段階」の仕組みが残る。
新制度「提供命令」が機能しないコンテンツプロバイダ(CP)の事件では、やはり2段階の手続が必要となる。

新手続では、まず裁判所がCPに「提供命令」を速やかに発します。
提供命令がCPに届くと、CPは、投稿者が利用した接続事業者(アクセスプロバイダ、AP)を調査し、裁判所と申立人に提供します。
それを受けて申立人は、APに対しても「開示命令」を申し立て、その手続がCPに対する開示請求と「併合」されます。
新手続でも、①CPへの申立て、②APへの申立てという大枠は残るのです。

問題は、CPに対する「提供命令」が機能しない場合です。
CPのうち、これまで日本の制度に十分に従わなかった事業者は、面倒な作業が必要となる提供命令には応じない可能性があります。
提供命令は新手続の肝であるため、提供命令が機能しないCPを相手とする場合、従来と同様に2段階の手続を踏む必要があります。
まず、CPへの開示命令を得る(新手続or従来手続)。開示命令に基づいてCPから投稿者のIPアドレス等を得たら、自分でAPを調査・特定し、改めてAPに対して開示命令の申立てをすることになります。

Q2:開示までのスピードは早くなる?

A:早くなることが多い。

新手続でCPに対して開示請求すると、裁判所は速やかにCPに「提供命令」を発します。通常の場合、CPの意見を聴くことは予定されていませんので、従来手続より早いと言えます。

CPから投稿者が利用していたAPの名称、住所を提供されると、今度は、APに対しても開示命令を申し立てます。
APへの開示請求は、従来手続では、通常の民事事件(通常訴訟)です。訴え提起から第1回裁判期日まで1か月前後要することが多いです。
一方、新手続(非訟事件)を担当する東京地方裁判所民事第9部によれば、APへの開示手続は、申立てから1週間~10日で第1回審理を始めるとしているので、従来より早いです(※)。

※ 向井敬二・長博文・林まなみ『発信者情報開示命令事件に関する裁判手続の運用について』NBL1226号90頁(2022年) 

Q3:今まで難しかった事件も開示できる?

A:法的には難易度は変わらない。
むしろ新手続だと難しくなるケースもあるので、その場合は、従来の手続で開示請求を進める必要がある。

新手続では、開示請求する者は、法律上の要件を「証明」する必要があるとされています(※)。従来手続である通常訴訟と同じです。

むしろ、従来は、CPに対する仮処分段階では「疎明」で足りていました。CPへの開示請求だけを比較するなら、新手続の方が負担が重いといえます。
CPだけを相手に開示命令の申立てをするケースは注意が必要であり、従来手続を選択した方が良いこともあるでしょう。

そのほか、国をまたぐ制度上の障害、通信の技術や仕組みに関する障害が令和3年プロ責法改正で解消されたわけではありません。

※ 前掲NBL1226号90頁

Q4:掛かる費用は安くなる?

A:新手続の方が、安くなることが多い。

従来の手続では、CPに対する仮処分で、裁判所にいったん数十万円の「担保」を納める必要があります。担保は最終的に戻ってきますが、用意するだけでも負担でした。新手続では担保が不要になります。
また、裁判手続は、裁判所に印紙代を納める必要もあります。これも新手続の方が少し安いです(一つの申立てごとに1000円※)。
弁護士に依頼する場合の報酬は、案件や弁護士ごとに大きく変わるので一概にいえません。ただ、新手続で全部対処できる事件は、弁護士の負担も多少軽くなるので、報酬が少し安くなるかもしれません。

※ 民事訴訟費用法3条1項、別表第一16項イ

Q5:違法投稿の「削除」は容易になる?

A:新手続は「開示」請求に関するもので、「削除」請求は無関係。
ただし、コンテンツプロバイダ(CP)の対応により、削除が容易になるケースもある。

違法投稿の削除請求は、開示請求とは法的根拠が少し異なります。
とはいえ従来手続では、同一の違法投稿に対する「開示」と「削除」を同時に裁判で請求できることも多いです。
一方、新手続は、開示請求の新たな手続を創設したものであり、新手続で開示と削除の同時請求はできません。
ただし、CPに対して発信者情報の開示命令が発令された場合、開示命令の対象となった投稿については、任意の削除に応じるCPもあります。そのようなCPとの関係では、今までより削除がしやすくなると言えそうです。

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