プロバイダ責任制限法令和3年改正① SNS・掲示板に対する開示命令の取下げ
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プロバイダ責任制限法令和3年改正① SNS・掲示板に対する開示命令の取下げ

弁護士服部啓一郎

通称『プロバイダ責任制限法』が2021年(令和3年)に全面改正されました。
同法では、SNSや掲示板で匿名発信者から誹謗中傷等の被害を受けた場合、発信者を特定するための手続が定められています。
新法は、現時点では未施行です。施行は2022年10月と思われます。
本記事では、新法で気になるトピックを1つ取り上げます。

今回の改正については、以下の概要説明や新旧対照表もご覧下さい。
・新法の概要について
https://www.soumu.go.jp/main_content/000777232.pdf

・条文の新旧対照表
https://www.soumu.go.jp/main_content/000756011.pdf

新制度『発信者情報開示命令事件』

新法の目玉は、発信者情報開示命令事件という新たな裁判手続の創設です。
これは非訟事件という裁判手続の一種とされます。
現行の民事裁判による手続よりも、簡易・迅速な発信者情報開示の実現ができるとされています。
以下、一般的な流れをまず説明します。
(※ 詳しい人は飛ばして下さい)

現行の開示手続の流れ

権利侵害情報が掲載されているSNSや掲示板の管理者(コンテンツプロバイダといいます。以下「CP」と略称)に対して、まず仮処分の申立てを行い、発信者のIPアドレスやタイムスタンプ等を開示してもらいます。
それを用いて、発信者が利用している携帯電話回線やインターネット回線の接続事業者(アクセスプロバイダといいます。以下「AP」と略称)を特定します。
その上で、APに対し、発信者の氏名、住所等の開示を求める民事訴訟を提起します。この訴訟で原告が勝訴したら、発信者情報が開示されます。

新制度の開示手続の流れ

・開示を求める申立人は、CPに対して、発信者情報開示命令の申立てを行います(新法8条)。
同時に、CPに対して、APの名称・住所を突き止めて申立人に提供せよ、という申立てもします。これを「情報提供命令」の申立てといいます。

・裁判所は、まず先に情報提供命令の申立てを認めるかどうか審理します。OKであれば、短期間で情報提供命令をCPに発します(新法15条1項1号)。
CPは、APの名称と氏名を突き止めて、申立人に提供します。

・申立人は、今度は、APに対しても開示命令の申立てをします。
同時に、APが保有している発信者情報を消去するな、という申立ても行います。これを「消去禁止命令」の申立てといいます。
裁判所は、消去禁止命令を認めるかを先に審理し、OKだったら、短期間で消去禁止命令をAPに発します(新法16条)。

・申立人は、CPに対し、APにも開示命令の申立てをしたことを通知します。
すると、CPに対し、AP側に発信者のIPアドレスとタイムスタンプ等を提供せよという2度目の情報提供命令が発せられます(新法15条1項2号)。
CPは、APに対して、発信者のIPアドレス等を提供します。

・CPに対する開示命令事件と、APに対する開示命令事件は、裁判手続が併合される(同じ裁判官が判断する)ことが予定されています。
裁判所が各申立てを認めるときは、CPに対しては発信者の用いたIPアドレス等、APに対しては発信者の氏名・住所等を、申立人に開示せよとの命令が同時に発令されます。

コンテンツプロバイダへの申立て取下げ問題

さて本題です。
未だによく分からないのが、CPに対して、開示命令と情報提供命令の申立てが行われ、後者が短期間で発令されたあと、申立人が、CPに対する開示命令の申立てを取り下げても支障はないか? という問題です。

関連情報を少し探した限り、明確な結論はありません。
総務省担当者の解説(小川久仁子ほか『一問一答 令和3年改正プロバイダ責任制限法』商事法務、2022)にもヒントはありませんでした。

なお、神田知宏弁護士の記事では、明確な結論は示されていないものの、問題意識が詳しく書かれています。

問題の所在

もう少し説明します。
新法15条1項1号の情報提供命令に基づいて、CPは、APの名称及び住所を突き止めて、これを申立人に提供します。
その後、申立人は、APに対して開示命令と消去禁止命令を申し立て、CPに対する開示命令申立事件と手続が併合されます。
そして、CPは、新法15条1項2号の情報提供命令に基づき、APに対して、発信者のIPアドレスやタイムスタンプを提供します。

さてここまで手続きが進むと、申立人にとっては、もはやCPを相手取る必要はなく、APのみを相手にすれば足りるようにも思われます。
申立人が基本的に必要としているのは、発信者の氏名や住所であって、発信等に用いたIPアドレスではないからです。
事件の相手方を減らすため、CPへの申立ては取り下げ、あとはAPのみと争う対応も検討されるわけです。

似たような処理は、現行の民事手続(CPへの仮処分+APへの通常訴訟)でも行われています。
ただし、仮処分申立ての取下げは、裁判所に提供した担保を取戻す目的があります(新制度は担保不要)。

CPへの開示命令だけ取り下げることの問題点

問題点①
情報提供命令の発令は、開示命令の申立ての係属が要件です。
濫用的な申立てを防ぐ趣旨とされています(前掲小川ほか96頁)。
CPに対して2度にわたり情報提供命令が発令されたあと、開示命令の申立てを取り下げることは制度趣旨に反するのでは、という疑問が浮かびます。

この疑問については、CPに対する情報提供命令の発令後に、開示命令の申立てを取り下げる場合、CPの同意が必要になる(新法13条1項2号)という反論が想定されます。
つまり、CPが不同意であれば、CPに対する開示命令申立事件も続くので、制度濫用の可能性は低い、というものです(もっとも、後述のとおりCPが取り下げに同意しない事態は稀と思われます。)。

問題点②
CPへの情報提供命令の法的効力は、本案である開示命令の申立てを取り下げることによって失われます(新法15条3項1号)。
個々のAPの対応によるでしょうが、CPに対する情報提供命令の法的効力が失われたことを理由に、APが、自身に対する開示命令申立ての有効性を争うことも考えられます。

この問題については、すでにAPに対して消去禁止命令が出ていること、もともとCPに対して発せられた情報提供命令じたいはAPを法的に拘束するものではないことから、CPに対する情報提供命令が失効したかどうかは、APの負うべき開示義務には影響しない、という反論がありそうです。

問題点③
先に話が進みますが、APに対して開示命令が発令されても、APからは、開示される情報は、発信者の氏名・住所であって、発信に用いられたIPアドレスとタイムスタンプは開示されません。
なお実際にはAP側の開示方法にも依存します。APが、CPから提供されたIPアドレスとタイムスタンプも一緒に開示してしまうことはあり得ます。
いずれにしても、CPに対する開示命令の申立てを取り下げた場合は、申立人に対して、CPから、発信に用いられたIPアドレスとタイムスタンプが提供されることはありません。

そこで問題となりそうなのが、申立人が、APから開示された氏名・住所の人物に対して損害賠償を請求した場合において、当該人物から「自分は発信者ではない」と争われたときです。
APから開示される氏名・住所はあくまで回線契約者のものです。回線を複数人で利用している場合は、実際に発信作業を行った人物を特定する必要があります。また、レアケースですが、wifi乗っ取り、遠隔操作によって回線契約者と「真の発信者」が異なることもあるでしょう。
このように損害賠償請求の段階で「真の発信者が誰か」争われた場合、申立人が、CPからIPアドレスやタイムスタンプを取得していないと、立証に困ることはあるでしょう。
特に、Twitterのように、投稿時のIPアドレスは保存せず、利用者がアカウントにログインした際のIPアドレスのみ保存するSNS(ログイン型サービス)は問題です。申立人側でもログインIPアドレスとタイムスタンプを得ておかないと、APがどの時点でのログインを捉えて「発信者」を特定したかも分かりません。そうすると、損害賠償請求で争いになった場合の立証活動で困ることもあると思います。

新法施行後の展開の予想

以上の検討を踏まえて、今後の展開を少し予想してみました。

【予想1】
結局のところ、発信者情報開示命令の申立人が、CPに対する開示命令のみ取り下げるという事例は少ないのではないか。
上記問題点③が特に大きい。
新法の開示命令では、裁判所に担保を提供する必要も無いので、いったん申し立てたものをわざわざ取り下げるメリットも乏しい。
よって、新法施行後しばらくは、CPとAPに対する開示命令事件が同時に係属したまま事件が終了するケースが多数を占めるはずである。

ただし、CPに対する申立てのみ取り下げられるケースも無いとはいえない。発信者が、CPからの意見照会には開示不同意、APからの意見照会には応答しなかったため、CPのみ開示請求を争っている場合などである。CPが争っていて、APが無抵抗という場合は、申立人側において、CPだけ相手から外すことにメリットがある。

【予想2】
次に、手続きが進んだ段階でCPに対する開示命令の申立てのみ取り下げるという行為が、実際に行われた場合を考えてみる。
この場合、CPが、申立ての取り下げに同意しない理由は乏しい。
というのも、CPに開示命令が発令された場合は、あらかじめ開示に不同意の意見を述べた発信者に対して、開示命令が発令されたことを遅滞なく通知する義務がCPに課せられている(新法6条2項)。
CPとしては、負担軽減の観点からしても、自身に対する申立ての取り下げに不同意と述べる理由は少ない。

つまり、CPに対する開示命令申立事件は取り下げで終了し、APに対する開示命令申立事件のみ係属するという事態は実際に生じ得る。
あとは、個別事件におけるAPや発信者らの対応を踏まえて、最終的には裁判所がこの事態に対する一定の見解を示すと思われる。


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弁護士服部啓一郎
弁護士(東京弁護士会)。 刑事弁護、ネット上の表現トラブル(発信者情報開示請求など)を中心としています。 共編著『先を見通す捜査弁護術』(第一法規)など。 ご連絡はh@hklaw.jp 事務所 http://hklaw.jp