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松本人志さん、伊東純也さんの法的措置を考察する

2023年末、週刊文春は、松本人志さんが過去に性加害をしたと報じました。2024年1月、デイリー新潮は、伊東純也さんが性加害をしたとして刑事告訴されていることを報じました。
松本さん、伊東さんは争う姿勢を見せ、それぞれ弁護士の代理人を立てて法的措置をとりました。両者を比較しながら、特徴を検討します。
※ 本記事は、報道を前提にするものであり、松本さん、伊東さんの性加害の有無や法的措置の正当性等を論じるものではありません。


法的措置の内容

松本人志さんは、2024年(令和6年)1月22日、週刊文春の発行元である文藝春秋社や同誌編集長に対し5億5000万円の損害賠償と記事の訂正を求める訴えを東京地方裁判所に提起しました。

伊東純也さんは、2024年2月1日までに相手方とされる女性2人を虚偽告訴罪で刑事告訴し、受理されたと報じられています。また、2月19日、女性2人に対し2億円の損害賠償を求める訴えを大阪地方裁判所に提起しました。

請求金額について

松本さんは5億5000万円、伊東さんは約2億円の請求であると報じられています。
5億5000万円というのは、本体が5億円で、その1割の5000万円が「弁護士費用相当額」として加算しているとみられます。よくある請求の仕方です。
不法行為(民法709条)に基づいて損害賠償請求するとき、損害の本体の1割を弁護士費用相当額として計上することが実務上広く認められています。実際に5000万円掛かっているかどうかは関係ありません。
たとえば、この裁判で松本さんの損害本体が700万円という判決になったら、弁護士費用相当額は1割の70万円と計上される可能性が高いです。

続いて金額の大きさについて考えます。
名誉毀損訴訟として、松本さんの請求する5億5000万円というのが、日本の裁判実務では極めて高額であることに疑いの余地はありません。
有名人に対する週刊誌の名誉毀損事例で認められた賠償額は概ね数百万円(500万円以下)であり、1000万円に達したら異例ですから、億という時点で超異例です。
伊東さんの訴訟は、厳密には名誉毀損訴訟とはいえないものの、2億円という請求額が破格であることに、変わりはありません。

慰謝料について

一部報道では、松本さんの請求本体の5億円が「慰謝料」である、とされています。真偽は不明です。
仮に事実であれば、日本の裁判実務で受け入れられるのは困難であるため、補充が必要でしょう。
慰謝料(精神的苦痛)については、死亡という最大限の苦痛であっても最大3000万円程度ということになっています(当否は措いて。)。

交通事故の訴訟などで、1億円を超える賠償もまま見られますが、大部分は慰謝料ではなく、逸失利益(不法行為がなかったら稼げたはずの金額)である、ということです。

日本の裁判実務を前提とすると、いかに週刊誌の報道で心が傷ついたとしても、5億円の慰謝料は難しいでしょう。
よって、損害額が5億円という結論に持っていくためには、慰謝料だけでは無理なので、松本さんの仕事が報道によってキャンセルされたりして、本来稼げたはずの数億円の収入が失われた=数億円の逸失利益が発生したと、立証する必要があります。

逸失利益について

松本さんも、伊東さんも、億単位の損害賠償請求をするには、逸失利益を立証して、認定してもらう必要があります。
ここで、両者の請求の理屈の立て方が、結論を左右する可能性があります。

松本さんの民事訴訟の場合

まず、松本さんの場合、報道によって、仕事上の損害が生じたと立証するのはそれほど簡単では無いです。
性加害報道があったとしても、松本さんが否定する以上、報道を信じる人もいれば、松本さんを信じる人もいる。裁判の結論を待つべきという人、それは関係ないという人もいる。テレビ局など取引関係者、スポンサーも同じです。
そうすると、報道があれば全て決まるような単純な話ではなく、関係者や世論の判断に大きく左右される話なので、報道と仕事キャンセルとの間に「因果関係」を認定することは、容易ではありません。
実際、名誉毀損訴訟で逸失利益を認めてもらえるケースは稀です。逸失利益を主張するにすら至らないケースも多いと思います。

なお、松本さんが休業表明した際、「本人が自主的に休むという判断をしたのだから、裁判で逸失利益を主張するのは無理だ」という意見がSNSで多く見られました。
これは誤りではないものの、強制的な仕事キャンセルでもそれを逸失利益として認定してもらうことは容易でないので、自主的休業か強制かは、因果関係判断の一要素に留まると考えられます。
そもそも、報道で激しく追い込まれている状況で仕事を続けるのは難しいですし、取引先や関係者への迷惑を考えて仕事を辞退することは、おかしくないでしょう。
松本さんの休業が、損害額を上乗せするための戦略であるとか、逆に、自分で勝手に休んだものだと決めつけるのは、よくないでしょう。

伊東さんの民事訴訟の場合

伊東さんの2億円の請求について、大部分が逸失利益(スポンサーとの契約解除等による減収)であったとしても、裁判所に損害認定してもらうことが容易でないという点は、松本さんと同様です。
ただし、伊東さんの場合は、報道自体を問題としているのではなく、女性2名が、性被害のないことを認識しながら捜査機関に虚偽告訴をしたという法的構成をしています。伊東さんの主張が通った場合、ふつうの名誉毀損訴訟と比べて、認定損害額が大きくなる可能性はあります。

話を単純化します。
虚偽の性被害を訴えて警察沙汰にする場合、通常、相手を陥れる「悪意」があるはずです。
一方、週刊誌を含む報道機関は、事件の当事者ではなく、真相を知らないので、仮に真実でない報道をしたとしても、通常、悪意はなかった、ということになります。
「悪意」がある場合は、それが無い場合と比較して、法的責任の範囲が広がることは、十分あり得ることと思います。

他方、告発者と報道機関の責任は変わらないだろう、むしろ変わってはいけないだろう、という意見もあります。
これまでの裁判実務を前提とすると、告発者本人への賠償請求であるという理由で損害額が億単位に高騰する可能性は高くないと私も思いますが、簡単には予想できない、難しい問題であると考えています。

松本さんと伊藤さんの訴訟では、当事者の立証責任にも違いがあります。以下の西山晴基弁護士の解説が参考になります。

伊東さん側の手法のリスク

伊東さん側の対応にリスクがないわけではなく、女性2名を「虚偽告訴」とまで指弾し、法的措置の内容等を広く公表した以上、女性2名から名誉毀損で訴え返される(反訴といいます。)リスクを負うことになります。

伊東さんの代理人弁護士も、積極的にマスメディアに見解を述べています。
伊東さん側の主張が根拠に欠ける、反真実であると仮に判断された場合は、弁護士自身も大きなリスクを負うと考えられます。

松本さんの民事訴訟の場合は、そのような積極的な反転攻勢ではなく、自身への報道の内容を単に否定するに留まっているので、週刊誌や告発女性側から名誉毀損で訴え返されるリスクは低いものと思います。

訴状が届かない?問題

2~3週間かかるのは普通のこと

松本さんの訴訟では、1月22日に提訴したのに、2月11日時点では訴状が文藝春秋社に届いていなかったことがメディアで取り上げられました。
(その後、2月18日ころまでに同社に到着)
一時、「松本さんは訴えを取り下げたのでは?」との憶測をするコメントも見られました。
しかし、これは現在の民事訴訟の流れについての誤解であるといえます。

まず、民事訴訟では、訴状を裁判所に提出してから、裁判所において訴状の審査が行われます。訴状の訂正を求められたり、補充説明の書面の提出を求められるケースもよくあります。
その上で、原告と裁判所で、最初の裁判期日(第1回口頭弁論期日)を調整・決定します。
被告に訴状を送達するときは、裁判所から、訴状の副本、証拠類、「第1回口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状」を一緒に送ります。
以上のプロセスに早くても1週間前後要します。東京地裁のように事件の多い裁判所の場合、2~3週間かかる方が普通です。原告が、訴状や証拠の一部に閲覧制限を申し立てたりしていた場合、もっと時間がかかります。

第1回期日が口頭弁論でないことも

松本さんの第1回口頭弁論期日は、2024年3月28日と指定されたようです。
訴状の送達日からすると少し遅めの印象はあります。第1回期日から、被告の文藝春秋社に十分な反論をしてもらおうという意図とか、裁判所が比較的空いている時期(年度末)にしたとか、様々な推測が可能です。

なお、現在、第1回裁判として必ず口頭弁論期日を開くとは限りません。
被告側に代理人が就いている場合や、当事者の一方が裁判所から遠方の場合などは、原告・被告の意見を踏まえて、最初からウェブ会議の方法による「弁論準備手続」に付されることも、よくあります。
このケースですと、非公開の裁判手続が長期間続き、裁判の終盤になって、口頭弁論期日が開かれ、当事者や関係者の「証拠調べ」が行われることになります。

松本さんの事件も、3月28日に口頭弁論期日を開き、それ以後はしばらく弁論準備手続に付されて非公開となる可能性は十分あります。

「告訴状」の女性の住所という問題

伊東さんの事件では、代理人弁護士が、告訴状に記載された女性らの住所が事実と異なる(住民票の記載とは違う)と発言しています。

https://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/202402190000372.html

伊東さん側がどうやって女性らの「告訴状」を確認したのか少し疑問です。
通常、告訴状は、相手側に提供されることはありません。民事訴訟の訴状が被告に送達されるのとは、大きく異なります。

伊東さんが、検察官に起訴されて刑事裁判となった場合は、女性らの提出した告訴状を、証拠として閲覧できる場合もあります(この場合でも、女性らの住所がマスキングされていたりすることがあります。)。
しかし、伊東さんは、まだ捜査中であり、起訴されていません。
そうすると、女性らの告訴状を確認できたかという疑問が生じるわけです。
有力な推測は、メディアを通じて、女性らが提出した告訴状の内容を確認できたというものです。ただ、住所のような情報も含めて告訴の相手側に提供されてしまうことが良いのか、疑問なしとしません。

伊東さんの代理人は、告訴状に書かれた女性の住所が、住民票と違うと発言しています。居住実態と住民票が異なることはよくあることで、それ自体は珍しいことではないかと思います。
ただ、伊東さんの代理人は、女性らが住んでいないとまで言っているので、そうであるとすれば、やや不思議な事態であるといえます。
なお、DV等の被害者が、代理人弁護士の事務所住所を、裁判所に提出する書面の「住所」として記載することは、実務上よく行われています。

刑事告訴について

伊東さんは民事訴訟だけでなく、虚偽告訴罪での刑事告訴もしています。

告訴については警察が捜査し、最終的には送検(書類または身柄)となり、女性2名の刑事処分が決まります。伊東さんも女性たちから告訴されているので、伊東さんについても送検(書類または身柄)されると想定されます。
警察が告訴を受理した場合、検察官へ送致する義務があるからです。
逆にいうと、書類送検されたからといって犯罪をしたということには全然なりませんし、起訴されるとも限らないのです。

司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

刑事訴訟法242条

なお、松本さんは、特に刑事告訴はしていないようです。
松本さんのケースでも、「事実無根」であれば、週刊文春の編集長や記事執筆者を名誉毀損罪で告訴することも理屈上は考えられます。松本さん側がそういう手段をとらない理由は明らかではありません。週刊誌記者は第三者ですし、ある程度取材をしていれば刑事責任に問うのは簡単でないので、その点を考慮したと思われます。

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