アメリカでのトレーニング第24回 「1年半も経って、今更ホームシックになったときの話」

 2020年1月。合宿を終えてボルチモアに戻ってきた。もう、語学学校にMBはいない。常に気にかけてくれていて、オフィスに行けばいつでも話し相手になってくれたMB。彼女のいない学校で、果たしてやっていけるのか、いまだに不安でいっぱいだ。
 ところが、この不安は始まりに過ぎなかった。

 日曜日の午後に、トレーナーのトニーから連絡があった。ここでも何度も登場した、ドタキャンだらけで豪快な性格のトニー。またしてもトレーニングをリスケしてほしいという連絡かと思ったら、今回はスナイダーとのグループチャットだった。
 なんと、奥さんの都合で今月末にフロリダに引っ越すことになったらしい。これはやばいことになった。 MBに続いてトニーまでいなくなってしまうのか。

 スナイダーがすぐさまほかのトレーナーがいないかトニーに聞いてくれた。こういう動きの速さはほんとうにうれしい。結局、トニーが知り合いに引き継いでくれるらしい。

 にしても、このショックは大きい。トニーはいい加減だし、トレーニングのキャンセルも少なくなかった。でも、それでいいと思っていた。実力は確かだし、いい練習ができていた。言語的にも俺のレベルに合わせてしゃべってくれていたし、俺のことも理解してくれていた。1年半もトレーニングしていればそれはそうだろう。しかも、何気に一番英語が伸びていたのはトニーとの会話の中だったかも知れない。相手がいい加減な人だからこそ、きちんとした文章にすることなく、浮かんだ言葉をぱっと口から発する。そんな適当な会話を、トニーならしていいような気がしていた。
 後任のトレーナーはどんな人だろうか。不安しかない。そして、さびしすぎる。できればトニーにも金メダルをみてほしかった。これはほんとうに正直なところ。悔しい。
 不思議なのは、ぜったい初めてアメリカへきたときの方が不安に決まっているのに、今の方が不安だ。不安というより、さびしい。
 トニーは確かサウスカロライナの生まれ、もしかしたらもうボルチモアに戻ってくることはないかもしれない。残り数回のトレーニングが終わったら、もうあえないかもしれない。

 残された数回のトレーニングの間は、いろんな思い出がフラッシュバックしてきていた。渡米当初、初めてトニーが言ったジョークが聞き取れたときのこととか、学校の話を聞かれて答えて通じたときのこととか、腹筋してるときにやたら笑かしてくるときのこととか。

 悪いことは重なる。夜中に日本から連絡がきたと思ったら、大学のゼミの先生がなくなったとの連絡だった。前日まで普通に授業をしていたというから、ほんとうに急だったらしい。結局渡米直前に挨拶に行って、その後は会えなかった。どんどん周りから人がいなくなっていく。

 なんなんだ。なんなんだこのつらさは。みんな、俺をおいていかないでくれ。さびしい。ひたすらにさびしい。タイミング悪く、McKenzieもアメリカ代表合宿に行ってしまっている。しゃべる相手もいない。ほんとうに、一人ぼっち。
 帰りたい。日本に帰りたい。1年半も住んでいて、いまさらまさかのホームシック。ちなみに家は引き払っているので、ホームシックだけど帰る家はない。

 何がややこしいかって、俺の立場って、帰ろうと思えばいつでも帰れるのがややこしい。きっと今帰りたいっていえば、支援してくれてる会社も、水泳関係者も、「すぐに帰ってこい」っていうだろう。なぜなら、日本にいる方が何かと便利なのは明らかだし、みんなに余計な心配をかけることもなくなる。
 俺は、なんとしてもそれに抗わないといけない。渡米の計画時点で、一定数あった反対を、数名の協力者のおかげで、割と強引に押し切ってここへきた。今ここで、たかがさびしいという理由で帰るなんてことになれば、自分に負けた以外の何物でもない。それだけはプライドが譲らない。

 とりあえず、こういうのを溜め込むのはよくない。ためしに唯一会話のあるコーチに、「最近ホームシックなんだよね」と言ってみた。一応通じていたとは思うのだが、「え?いまさら?」みたいな反応だった。まあ、当たり前か。俺だってそう思ってるよ。

 たどり着いた結論としては、これはきっと、怠惰な生活を送っていた罰ではないかということになった。
 渡米した2018年は、すべてが新鮮で、常に挑戦し続けて、それがまた楽しいと思えて、より楽しくて、より快適になるように一生懸命がんばってたと思う。
 ところが2年目の2019年、守りに入って生きていたのだと思う。
トレーニングの環境も整った。安定してあってくれる友達もできた。授業も無難にこなせるようになった。現状のものに満足し、それにすがって生きていた。そんなんじゃだめだってことを見透かされたのかな。

  新しいことにチャレンジして、ぶつかって、苦しんで、強くなっていかないと。
ここへきた意味はそれなんじゃないかと自分で自分に聞いてみる。分かってはいても、さびしいものはさびしいんだ。早く帰ってきてくれ、McKenzie。

#パラリンピック #水泳 #アメリカ #トレーニング #留学

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