アメリカでのトレーニング第18回 「アメリカの盲学校を訪問したときの話その2」

 今回は、アメリカで盲学校を訪問したときの話の続きです。
 月曜日。今日の午後からこどもたちがやってきて、いよいよイベントが始まる。午前中は相変わらず、講習と手続きが続いている。
 学校に外部の人間が複数の日程で滞在するためには、いろいろと手続きがあるらしい。諮問を取られ、TBテスト(日本語でいうとツベルクリン反応)を受けないといけない。
 さらに、健康診断も受けないといけない。健康診断の項目と、受けられる病院の住所をほいとわたされ、タクシーで病院へ。  ちなみに病院ではなくpatient firstという場所で、病院ではないと強調されたが、違いはよく分からない。
 到着して、もらった紙をみせて、「盲学校からこれやってこいといわれました」と騒いでたら、すんなりと案内してくれた。内容は普通の健康診断だった。
 身体測定をして、血圧とか測って、尿検査して、最後に聴力検査。ここで、最大のカルチャーショックを受けた。
 聴力検査って、ヘッドフォンみたいなのわたされて、ものすごい甲高い音が聞こえてきたら合図するものだと思う。ところが。
 「ちょっと後ろ向いてて」といわれ、
ものすごい小さな声で
「右手上げて」
え?今、右手上げてって言った?俺に言った?もしかして、これが検査?
おそるおそる右手を上げる俺。
 「すばらしい、まったく問題ないね」
マジでこれが検査だった。こんなんでいいのか。何とかデシベル、みたいなやつじゃないのか。
でも、よくよく考えればすごく合理的だ。聴力検査で流れるあんな高い音、日常生活で聞こえなくても問題ない。むしろ、ひそひそ声を聞き取れるかどうかの方がよっぽど大事だ。きっとこれは、俺が日本人だから、ちゃんと英語のひそひそ声が聞き取れるかを試されたのだ。聴力と語学力を同時に試されたのだ。

 このイベントのスタッフは、盲学校の先生と、各競技の専門家のほかに、二人の視覚障害者が(たぶん先輩という枠で)参加していた。
 一人は、モハメッド。名前からして明らかにアラブ系だ。この近くのタウソン大学の学生。タウソン大学にはゴールボール部があるらしい。一般の大学で障碍者スポーツの団体があるとは大したものだ。
 彼のお父さんは日本で仕事をしていたことがあるらしく、「俺は二つだけ日本語を知っている。一つはもしもし、もう一つは感動だ」
 お前の親父は日本人と何の話をしていたんだ。
 弱視なので、多少は見えているみたいで、今日1日はモハメッドがずっと案内してくれた。

 もう一人は、テイラーという女性。普段何をしているのかは分からなかった。「結婚はしていないけどこどもがいる」という、難しいことをいわれたので、怖くなってそれ以上聞くのをやめた。

 午後2時。7歳から17歳の元気なこどもたちが到着。ついにイベントが始まった。
いくつかのグループに分けられ、スタッフも割り振られた。一応俺もスタッフ枠。最初のセッションは、自己紹介をして、グループ名を決める。ちなみに俺のいるグループがなんという名前になったかは聞き取れなかった。
 一人、めちゃめちゃ怖そうな女の先生がグループにいる。なんか、言い方がきつい、気がする。細かい英語の言い回しが理解できている訳ではないのだが、なんか冷酷な感じ。ぜんぜん笑わないし。たぶん俺嫌われてる。

 この日のアクティビティは、バスケットボール(ゲームをする訳ではなく、ドリブルとシュート)、ホッケー(がらがらと音のでるボールを使って行う)、ラクロス(これも実際はゲームではなく、パスを受け取る練習)だった。こどもたちは担当の先生の指示に従いながら、なんやかんや楽しそうにやっていた。

 ところで、いまさらだけど俺の立ち居地って実に微妙だ。イベントはあくまでこどものためのものなので、プレイに参加するのはおかしい。かといって、見えている先生たちのように仕事がある訳ではない。モハメッドとテイラーは、あくまでスタッフの立場を貫いていて、一切参加しない。が、先生たちは俺にも「やってみる?」と聞いてくる。やっていいのかどうか良く分からない。必死にこどもたちにからんでみるが、「おまえ何者?」感が満載。

 どうしたものかとおどおどしていたら、ラクロスをやってみることになった。ちなみに、俺の指導に入ってくれたのは、あの怖い先生だった。何をやっても怒られてる感じがしてつらかった。

 最後はキャンプファイヤー。ご丁寧に毎日ある。ここでは、みんなで火を囲み、マシュマロを焼いて、一人一言ずつ話をする。内容は、「今日1日で、感謝したい人や出来事」。特にありませんも許される。

 すべてのアクティビティが終わって帰るときに、何人かの生徒が日本語に興味をもってくれて話ができた。ようやく自分が参加して人の役に立った気がしてきた。

 盲学校というところは、その名の通り、眼が見えない、見えにくいこどもの通う学校のこと。すべての情報はジェスチャーを使わず、言葉で伝えられる。生徒と同じく、眼が見えない俺からすると、すごくフェアなフィールドだが、逆にいうと喋れないなんてのは論外。「聞いてませんでした」は許されない。これほど鍛えられる場所があるだろうか。

 まだイベント初日。まだまだ手探りで、みんなとの距離もつめられていない。でも、めっちゃ疲れた。明日も4時半に起きて練習から始まる。

#パラリンピック #水泳 #アメリカ #トレーニング #留学

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