アメリカでのトレーニング 第一回「ライバルを訪ねて」

 東京パラリンピックでの金メダル獲得のために、練習拠点をアメリカに移しておよそ2年が経った。まずは、その敬意から振り返ってみたい。

 2018年2月、新たなトレーニング環境を視察するために、アメリカ東海岸のボルチモアを訪問した。視察とはいうけれど、自分の中では98%ぐらいはボルチモアで練習をすることは決めていた。とはいえ、私は企業からの支援をいただきながら水
泳をしている、身分は会社員。だから、練習環境を海外に移すとなると、そこそこ明確な理由が必要になる。ここでいう明確な理由とは、「ここで練習すれば速く泳げるようになる」。
 トレーニングにおいて、「これをやればぜったいに強くなる」何てものは存在しない、と思う。それでも、みんなから暖かく送り出してもらうために、練習環境、住居
、治安などの観点から、調査をして報告しなければいけなかった。

 この調査を成功させるために登場してもらったのが、強力な助っ人新川諒さん。帰国子女でネイティブの英語力を持ち、アメリカの大学でスポーツマネジメントを学び、日本人メジャーリーガーの通訳などの職を経て、現在はNBAのワシントンウィザー
ズで仕事をしているという、これでもかというぐらい羨ましいキャリアを歩み、今なお進化を続けている。
 よく、「木村、単身米国で武者修行」とかって書かれることが多いけど、そんなかっこいいものではない。始まりは思いっきりいろんな方の助けを借りている。自分の名誉のために書いておくけど、今はちゃんと一人で生活している。
 ところで、ネイティブの英語は本当に手ごわい。こっちに気を使って話してくれているときを除けば、単語は繋がって話されるし、動詞の多くは熟語が使われる。get とかtake とかmakeが聞き取れたところで、何の役にも経たないぞ。新川さんとアメリカに初めて行ったとき、こっちが「○○と伝えてください」とお願いしているにもかかわらず、いざ英語として新川さんが話し始めると、何を言っているのかわからなかった。それ、俺が頼んだ話してくれてます?

 ボルチモアは、ロンドン・リオデジャネイロパラリンピックで複数の金メダルを獲得した、Brad Snyder選手の紹介だった。視察の何ヶ月か前に、海外でのトレーニングを漠然と考えていたときに、たまたま彼とフェイスブックで連絡を取ることができた。そこで、「しばらく水泳の練習からは離れるんだけど、コーチを紹介できるよ」といってもらえた。SNSがいろいろと問題を起こしている昨今だけど、うまく使えばすばらしいチャンスにめぐり合える、こともある。そのときにやり取りしたメッセージは、つたなすぎて振り返りたくもない。

  現地ではSnyder選手本人が、プール、ジム、そしてそれぞれのコーチを紹介してくれることとなった。待ち合わせはアンダーアーマー本社、早速スケールの大きさを感じる。

トレーナーの名前はTony。たぶん、われわれがイメージする、これぞアメリカ人!みたいな人。底抜けに明るく、いつも前向き。ただし、何を言っているかはぜんぜんわからない。若者、とりわけスポーツの世界では、英語のスラングがよく使われる。仮に聞き取れても辞書には乗っていない。

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 プールはLoyola大学という大学のプール。ここのヘッドコーチBrianが、Snyder選手を含め、これまで数多くのパラリンピック金メダリストを育てている。こちらは非常に穏やかな話し方をするおじさんだった。すごく気を使って話をしてくれていることだけは理解できた。

 滞在中はSnyder選手の自宅に泊めてもらった。リオのパラリンピックが終わったあと、彼はボルチモアから車で1時間ほどの、アナポリスという町で自宅を購入したらしい。アナポリスは米国海軍の養成学校のある町、ここの卒業生でもあるSnyder選手は、現在は母校で教鞭をとっている。
「授業では侍の精神とかも教えているんだ。宮本武蔵の五輪書はとてもいい本だね」と話してくれた。すまない、日本にはもう侍はほとんどいないんだ、たまにそれっぽいメンタルの人はいるけれど。あと、五輪書も読んだことがないんだ、勉強しておきます。

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 ちょうどアメリカンフットボールの全米決定戦、スーパーボウルがあったので、彼の友人宅でのスーパーボウルパーティーとやらにも参加させてもらった。ちなみにルールはいまだによくわかっていない。そのほかにも、いろいろなカフェやレストランに連れて行ってもらい、視察というかもはやボルチモア旅行みたいになっていた。
 滞在中はトレーニングのことだけでなく、アメリカという国のこと、パラリンピッ
クのこと、選手としてのキャリアのこと、戦争のことと、幅広く話を聞かせてくれた。そして、いざここで練習をすることになったら、最善のサポートをすることを約束してくれた。 彼の言葉はどれもいちいちかっこいい。最後に、今回のパラリンピックの延期が決まったときに、彼からもらったメッセージを紹介させてもらいたい。
I'm sorry you will have to wait one more year to win gold! But I'm sure you will next year. Let me know what your training plans are. I want to support you!
(金メダル獲得を1年待たないといけないことを残念に思う。でも、来年君は達成できると確信しているよ。トレーニングの予定を教えてくれ。これからもサポートしていくよ)
 次回からは、実際にボルチモアに引っ越してからの話をすこしずつ書いていこうと思う。


#パラリンピック #水泳 #アメリカ #トレーニング #留学

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