アメリカでのトレーニング第19回 「アメリカの盲学校を訪問したときの話その3」

 今回もまた、アメリカの盲学校を訪問したときの話、第3話です。
 火曜日。いよいよ水泳のセッションが始まった。何とか活躍したいところだ。
 水泳のセッションは先生が二人。盲学校の体育の先生と、水泳の専門家として呼ばれているCasy。Casyはオハイオの大学に通う学生で、現役ばりばりのスイマー。女子だけど100mバタフライの自己ベストは58.9秒。日本の大学生の大会なら3位か4位に入れるレベルだが、アメリカでは全国大会の舞台にもたてないらしい。みんな怪物か。
 こどもたちを泳げる子と、泳げない子に分け、泳げる子をCasyが、泳げない子を盲学校の先生が指導していた。まず俺は、先生たちが何を教えようとしているのかを理解しなければいけない。ていうかそもそも、俺が教えられることなんてほとんどない。
 最初は泳げない子達のところに行ってみた。すると先生から、「ぜひ泳げる子達を指導してあげてくれ」といわれた。事実上の戦力外通告。
 そこで、今度は泳げる子達のところに行ってみると、Casyから、「泳げない子達を教えるのを手伝って」といわれた。こちらでも戦力外通告。つらい。
 この日、結局プールでは何もできなかった。
 その後、俺のグループのこどもたちは柔道、ゴールボールと楽しんでいった。どうやら三つのグループに分けられたこどもたちが、水泳と柔道とゴールボールをローテーションしていく仕組みのようだ。
「あなたのグループのこどもについていって、柔道とゴールボールをみてもいいし、ずっとプールに残って、他のこどもの指導に入ってもいいよ」といわれたが、たったいま戦力外を受けたばかりなので、今日は柔道とゴールボールをみにいくことにした。
 合間にスナックタイムがあった。お菓子が配られ、みな仲良し者同士集まっていた。
 中学生ぐらいの男子のグループに入れてもらおうとからんだら、どうにか受け入れてもらえた。学校の話とか週末の話とか、他愛も無いはなしだけど、すこしだけこどもとの距離が知人だ気がした。
 ちなみにこの学校の先生たちは、基本的にずっとふざけてはしゃいでいるので、喋っているのを聞いてるだけでは、大人化こどもか分からない。頼むから先生はもっとおちついてくれ。

 キャンプファイヤーが終わり、帰り際にCasyに、「俺は実際水泳の授業でできることはあるか?」と聞いてみた。すると、「指導に入りたい?」と逆に聞かれた。何ができるかを聞いたら、何がしたいかを聞き返された。できるかどうかより、やるかどうか。人生とはそういうものかと変なタイミングで納得した。

 翌日。水泳のセッションが始まったときに、Casyに、「今日は全部のグループの水泳の指導に入りたい」と打診してみた。昨日戦力外通告を受けているくせに、われながら勇者だ。しかし、勇気をかってくれるのがこの国のいいところ。Casyがもう一人の先生にも話をつけてくれた。
 セッションが始まった。なぜか今日は先生の指示が聞き取れる。調子がいい。こどもの身体を補助してあげながら、バタ足の指導をした。「パラリンピック選手に教えてもらえるなんていいな」と先生はいっていたが、実は俺のキックは、選手と思えないぐらい最弱だ。
 セッションの後半はフリータイムで、こどもたちも先生も、それぞれ思い思いに水遊びをしていた。こどもたちの方から、「Coach Keiichi!」と呼び止めてもらえることも何度かあって、ここでも彼らとの距離が縮まってきた。

 最終日は遠足。バスに乗って、「トランポリンをやりにいくぞ」といわれた。
ほんとにもう、見事なトランポリン。床も壁も天井も、ぜーんぶトランポリン。どれだけ走り回ってぶつかっても、ばいーんって跳ね返ってくる。視覚障害のこどもたちが暴れまわるには最適の場所だ。
 ひとしきりこどもを遊ばせて、昼食を食べている間に、大人だけでドッジボールが始まった。全員参加、だれ一人こどもをみていない。仕事中でも隙を見て遊ぶのが彼らの得意技。

 学校に戻ってきて、この日もしっかりキャンプファイヤーまで終わり、こどもたちを送り届けて、またしても大人だけの時間。今夜はビープベースボール。
 健常者であっても目隠しをしてプレイするこの競技において、俺は無敵。1番打者として大活躍しておいた。
 マイケルという20台前半と思われる先生は、おそらく期間中、最もふざけまくってはしゃいでいたお調子者。彼も盲学校の関係者ではなく、外部の人間だが、あっという間にこどもとうちとけていた。片っ端からいろんな人の白杖を借りて目隠しをして歩いてみて、あーやこうやと批評していた。おまえに杖の何が分かるんだ。
そして、最後の大人だけのビープベースボールでも、得点と失点を一人でくりひろげていた。同点で迎えた最終回、見事にマイケルのさよなら打によって試合は終わった。もってる人って、やっぱりいる。

 英語はぜんぜんできないし、立ち居地も微妙で、最初はマジで泣きそうなことが多かったけど、最後にはスタッフとの距離もこどもとの距離も近づいて、最終日はほんとうに楽しかった。そして、すごく鍛えられた。
 初めて日本人の力も、語学学校の力も、コーチの力も、McKenzieの力も借りずに、一人で乗り切った。
 帰宅は11時半で、明日も4時半に起きて練習だけど、すごく幸せだった。

#パラリンピック #水泳 #アメリカ #トレーニング #留学

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