アメリカでのトレーニング第29回(最終回) 「コロナに振り切られてトレーニングが終わってしまったときの話」

 2020年3月。いよいよアメリカでも感染者が出てきた。もはや、世界で安全な場所はなさそうだ。

 3月11日、多くの大学が休校を決めた。俺が住んでいる大学も、練習している大学も。コーチが緊急ミーティングに呼ばれて、どうにかプールだけは利用を継続できることとなった。しかし、俺の住んでいる寮の食堂はあと3日で終了、そこから3週間は営業を停止することとなった。
 もちろん語学学校も休校。翌週からオンラインで授業を行うこととなった。
 アメリカは多くの学校が休校になった瞬間、大至急オンラインに切り替えた。そういう仕組みがしっかりしていることとか、スピード感はさすがだと思うが、語学学校もオンラインって。もう、アメリカにいる必要ないじゃないか。

 3月12日、とりあえず朝、練習に行く。大学が休みになったため、もはや学生は泳ぎに来ない。パラの4人だけ。雰囲気もかなりどんよりしている。みな、どうしていいかわからない。
 ここ数週間の中では、割と調子良く泳げた方だと思う。身体がよく動いていた。しかし、ここまでくるとさすがにオリパラもあるのか分からない。完全に暗闇に向かって泳いで
いる感じだ、いろんな意味で。
 一瞬でも未来のことを考えると、不安が全身を駆け巡ってメンタルを持っていかれる。だから、無理に無理をして自分を追い込み、体のきつさで雑念を押しやる。で、部屋に帰って一人になると、やっぱりしんどくなる。いっそ日本に帰ろうか。

 先週まで必死にがんばって、アメリカに残って練習するんだって強い気持ちをもっていたのに、ずいぶんと寂しい人生になってしまったものだ。なんとなく、ただただ時間が過ぎるのを待っているだけみたいな間隔。

 食堂最後の夕食はタコスだった。残り物を消費しにかかってきているのはばればれだぞ。でも、およそ2年ここに住んで、タコスみたいなメキシコ料理が一番好きだった。アメリカに住んでてメキシカンってのも変な話だが、ほんとうに好きになった。
今でもあの味は懐かしいし、コロナが収まったら日本でもメキシコ料理とか食べに行きたい。辛いものが苦手な俺だけど、メキシカンはほんとにうまい。

 最終日がタコスって最高だ。死ぬほどお変わりをして、部屋にも持って帰った。が、ドアの前で豪快に皿をひっくり返して廊下にぶちまけた。最悪だ。でも、今の俺は床に落ちたメキシカンでも食べたい。

 3月13日、この日はプールが使えないらしく、よそのプールに行くことになった
。meadowbrook というところらしく、たぶんmcKenzieがよく話をしている、彼女が自主練をしているところだ。マイケルフェルプスの育ったとこだか経営してると子だかそんな感じのことをコーチがいっていた。
 寮からは車で10分ぐらいだろうか。長水路にもなるところらしい。プールサイドはめちゃめちゃ汚かった。なんというか、市民プールって感じだ。
 大学のプールとこことをうまく使いながら、どうにか練習を継続していくことになりそうだ。
 正直心のどこかでもう、オリンピックないと思っているので、若干投げやりな気持ちになっている。
 夕方昼寝をしていたら両親から電話がかかってくる夢をみた。かなりきつい剣幕で帰ってくるように言われて、それに対してこっちもきつく返している夢。ずるいよな、そういうのは。

3月16日、市民プールも閉鎖を決定、街のレストラン、ジム、あらゆるものが閉鎖。もう、いろいろ限界だ。コーチはがんばって大学のプールだけは使い続けられるように奔走してくれているが、ここまで追い込まれたら心が持たない。帰ろう。日本へ帰ろう。戦略的撤退だ。明後日の飛行機の手配をした。

 それにしても、だめになるときってこんなに速いのか。一気に崩壊していく生活に気持ちがおいつかない。日本に帰るのはいいとして、次はいつ戻ってこられるんだ。俺は、みんなと感動的なさよならをしたかった。で、金メダルもってまた会いにくる、そんな将来しか描いてなかったぞ。それが、だれにも会えず、大急ぎで荷物をまとめている。2年の荷物はさすがに多くて、全部を持って帰るのは不可能だ。

 3月17日、最後の練習をLoyola大学で行うことができた。なんやかんや日本に帰るということで、ちょっと先が見えて楽になったのかもしれない。すごく調子がよかった。ガラにも無く、「トレーニングできるってしあわせだな」と真剣に思った。

アメリカ滞在記はこれで終わりです。こんな形で終わると思ってなかったから、すごく不本意です。でも、この2年は楽しかったし、自分の成長を強く感じることができました。このトレーニングを実現させてくださったすべての方に感謝の気持ちを伝えたいです。
 これだけ充実した日々をすごしたんだから、それだけでも水泳やっててよかったって思うんです。なんなら、延期になったオリパラが、最悪開催できなくてもいい、とまではいえないけど、それぐらい濃くて、財産になりました。

 このnoteは、滞在中の日記をまとめなおしたものです。29階ってちょっと半端でしたけど、みなさん読んでくださってありがとうございました。

 自粛でやることなくて始めたんですけど、書き物って楽しいなと思いました。また何かネタ見つけたら書いていきたいと思いますので、よかったらまた読んでやってください。


#パラリンピック #水泳 #アメリカ #トレーニング #留学

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