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Iの悲劇 | 米澤 穂信

※ネタバレなし

 人口減少によって死に至る山あいの集落。一時は誰も住まなくなった集落に移住者を呼び込み、地域の再生をしようとする自治体のプロジェクト。そこで奮闘する「甦り課」の公務員たちの話。と言っても、「甦り課」は、やる気のなさそうな課長と、やる気のなさそうな新人と、生真面目な若者、たった3人の部署で、それだけで前途多難な雰囲気が溢れ出している。

 ここで語られるのは単なる彼らの奮闘劇ではない。運よく見つかった移住者たちは、来る人来る人次々にトラブルを起こし、それを解決する中で、やがてひとつの疑問が浮かび上がってくる。異色の地方創生ミステリとも言うべき、ユニークな作品。

 物語全編に散りばめられた、どこかコミカルな雰囲気。その中にあって巧妙に配置された「日常の謎」。これらが、登場人物のキャラクタと絡み合って、個性的で楽しげな物語を作り出している。移住者たちのおかしな行動を見ているだけで、ついつい先を読みたくなる。

 しかし、一連の連作短編は、やがてひとつの大きな謎にたどり着く。この辺りのリードが実にうまくて、納得の読後感を生み出してくれる。

 派手な感じはないけれど、刑事も探偵も登場しないけれど、それでも成立する良質のミステリ。その大げさじゃないところが却って好感触だ。「甦り課」なんて名称も、昨今の地方自治体にはありそうなリアルとコメディを同時に抱えていて、非常に寂しい感じを漂わせつつ、苦笑せずにはいられない、くすっと可笑しいミステリなのだ。


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