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渋谷のバーに立つ文筆家、林伸次がnoteフォロワー5万7千人を集めるまで

――個人が文章などを投稿できるプラットフォーム「note」で5万7千人ものフォロワーを抱え、毎日記事を投稿するバーテンダー、林伸次さん。読者を増やし、メディア「cakes」でのコラム連載や書籍の発刊へ至った過程をみていこう。

渋谷駅ハチ公口を出て、スクランブル交差点を斜めに渡る。北西の方向へ約10分歩くと、東急ハンズやNHK放送センターがあるエリア「オクシブ」に到達する。この地域にTwitterで1万人以上、noteではなんと5万7千人ものフォロワーを誇る、文筆家がいる。ワインバー「bar bossa」のマスター、林伸次さんだ。

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最新の書籍を抱える林さん。

取材のため、昼間に開店前のbar bossaを訪れた。林さんに出迎えられ、足を踏み入れた店内は、カウンターの向こうにある大きな窓から太陽に照らされて明るい。以前、客としてbar bossaを訪問したことがあるが、夜であったため店内は暗く、テーブルの上にあるキャンドルの明かりが輝いていた。

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昼間のbar bossa店内。

林さんの出で立ちも、接客中に目にしていた、白シャツに黒いベスト、ネクタイを身につけた姿とは異なっている。黒いTシャツを着た林さんからはラフな印象を受ける。目の前にいるのは、きっとバーテンダーではなく、文筆家としての林さんなのだろう。

現在林さんは、note株式会社のWebメディア「cakes」にて週1回コラムを執筆し、LEONで美人インタビューを連載している。さらに、noteでは30~40分ほどで2千字程度の文章を書き上げ、月額300円にて購読できる記事として毎日発信している。加えて、飲食店経営や恋愛などに関する書籍も出版しており、2020年11月に発売した「大人の条件 さまよえるオトナたちへ」が9冊目となる。

※「大人の条件 さまよえるオトナたちへ」の詳細はこちらから

読者を増やして、メディアでのコラムの連載、書籍の発刊に至った過程や、文書に関する見解などを林さんに伺った。

小人たちへのラブレターを書きたい

林さんは「書きたいとはずっと思っていました。」と語る。

初めて小説を書いたのは20歳頃とのことだ。「ジャンルは何ですか?」と尋ねると、照れくさそうに笑いながら私小説のようなものを書いたという。芥川賞を狙っている純文学を彷彿とさせるテイストだった。1万字程度執筆したが、完成には至らなかったとのことである。

「小人たちへのラブレターを書きたいんです。彼らの世界が好きでたまらないんです。」
最近ファンタジー小説を書き終えた林さんの言葉だ。特に印象に残っているファンタジー小説として、小人が登場するコロボックル物語シリーズを挙げる。
「こないだ読み返したらすごくいいなと感じました。こんなファンタジーを書きたいなと思ったんです。」
笑顔で言葉を続ける。
「ファンタジーの世界が好きで、その世界を書くことを自分もやってみたいと思ったんです。たとえば、 BL漫画を書く人から、『男性と男性が愛し合っているのが好きで、その様子を書いているだけでたまらなく楽しい。』ということを聞きます。僕もその感覚で、ファンタジーの世界を書くのが好きで書いています。」

「今後はどんな文章を書きたいですか?」と尋ねてみた。やはり今後の執筆活動の一つに小説を挙げる。
「もう少し勉強して映画化されるような小説を書きたいですね。代表作と言われるようなものを書き上げたいです。」

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腰かける林さん。

本はいくら買ってもよかった
図書館に通い、小説を読んだ少年時代

林さんにとって昔から本は身近な存在だった。林さんの母親が絵本の会社で働いており、家のルールで本(漫画以外)はいくらでも買うことが許されていた。
また、小学校高学年まで図書館にいることが多かった。徳島県藍住町の共働きの家庭で育った林さんは、学校の授業が終わると徳島県立図書館に行き、本を読むことが日常的だった。図書館の館長が林さんの両親の友人であり、図書館で預かってもらっているような感覚だった。
そのため、本を自由に買えるだけでなく、図書館でも読むことができ、活字を読むのに恵まれた環境であった。
ジャンルとしては、ミステリーやSFが好きだった。家の本棚には、アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンの小説がズラリと並んだ。人気のある星新一の小説も読んでいた。

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現在の徳島県立図書館。1990年に移転。

中学時代では部活でバスケットボールに打ち込み、本をほとんど読まなかったが、高校生以降は再び小説を読むようになった。高校3年生の時に「ノルウェイの森」が発売されたことはよく覚えているとのことだ。恋愛の解説本を読むようになったのは、恋愛関連のコラムを書くようになってからである。 

お客さんが林さんを書く世界に連れてきた

また、音楽に対する思い入れも深い。バンドブームの波が押し寄せた高校時代にバンドを始め、上京後に早稲田大学のバンドサークルで活動した。さらに、音楽評論を書いて音楽雑誌「rockin’on」の記事投稿に応募していた。けれども大勢の応募者のなかから林さんの投稿が掲載原稿として選ばれることはなかった。

林さんが書いた記事が初めて人前に出たのは、bar bossaの営業を始めて2~3年経った30歳頃のことだ。
bar bossaに通うお客さんがフリーペーパーを発行する際に、林さんに執筆を依頼したのだ。チャンスをものにするため林さんは目立とうと考えた。従来と異なるパターンで音楽の批評を書き、その記事は評判となった。その後、新たな書き手を求める音楽雑誌関係者から仕事が舞い込んできたのだ。

「音楽について書き、人々に読まれる」ということを成し遂げた。お客さんが林さんを書く世界に連れてきたのだ。

恋愛とお金について書くことが林さんと読者に合っていた

林さんがWeb上で継続的に文章を発信するようになったきっかけは、不況でbar bossaの売上が減少したことだった。
まず2008年のリーマンショックにより、お客さんの飲み代が会社の経費で落ちることが少なくなったため、売上が激減した。さらに、2011年の東日本大震災が不景気に拍車をかけた。

その時、お客さんが林さんにbar bossaのFacebookによる発信を薦めた。林さんは「何かしたほうがお客さんが来るのでは。」と考え、藁にもすがる思いでFacebookでの投稿を始めた。ちょうどそのころFacebookでお店のページが作れるようになったのだ。

当初、Facebookでの投稿内容は、主に音楽やワインに関することだった。音楽ライターの経験と、ワインバーとしての強みを活かしたのだ。けれどもFacebookは好調とは言い難かった。
「投稿に『いいね』が全然つきませんでした。フォロワーが減ったり、シェアが下がったりすることもありました。」

そこからどのようにして読者を集めたのだろうか?
「どうしようかなと思って恋愛関連の話を書いたんです。あと、『こういう風にすれば儲かる』というようなお金の話も書きました。そうしたら、それらの記事のビュー数が多かったんです。こういうジャンルの記事を書いたほうがいいんだなあと思いました。」

読者を集める鍵は恋愛とお金にあったのだ。

「note株式会社の社長、加藤貞顕さんがおっしゃるように、人はお金儲けとセックスに関することしか、お金を出して買わないんです。」
多くの読者を集めるのは、大勢にとって身近で関心のあるテーマの記事だ。まずお金や性・恋愛、次にダイエット、健康、家族、人間関係などを人気のジャンルとして挙げる。

一方、音楽をテーマに記事を書いて稼ぐことは難しいという。
「音楽について書く仕事のギャラは高くないんです。書きたいという人がいっぱいいますから。さらに、CDも売れなくなっている上、音楽雑誌の廃刊も相次いでいます。」

当初、林さんは音楽のコラムや小説を書きたかったが、読者のニーズに合わせて恋愛やお金儲けのことを書くようになった。しかし、そこに違和感を覚えることはほとんどなかったようだ。なぜなら「いいね」を稼げるようになり、その魅力に憑りつかれたからだ。
恋愛やお金に関する記事を書き出すと、当初書いていた小説や音楽コラムなどと比べて桁違いに「いいね」やシェアが伸びた。以前は友人が数十程度反応という形だったが、恋愛のことを書くと数え切れないほどエンゲージメントが伸びた。PV数は何万~何十万にも至る場合もあるとのことだ。
また、飲食店も読者ウケが良いと続ける。
「たとえば CDを買う機会は、多くの人にとって1年に1回あるかないかだと思うんです。けれども、都市で暮らすほとんどの人が1ヶ月に数回くらいのペースで飲食店は絶対使うんですよ。」

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bar bossa店内。

レッドオーシャンのなか切り口で差別化し、書き手の個性を発揮せよ

ここで、林さんに「『どうしたらモテるか』というような恋愛関連の記事は世の中に溢れているため、レッドオーシャンではないでしょうか。他の多くの文章と差別化するにはどうすればいいんでしょうか?」と質問してみた。
林さんは「新しい切り口があれば良いんです。」と答える。
例えばダイエットでは、バナナや糖質制限など、ダイエットの方法を変えればよい。
恋愛ならば、LGBTQやフェミニズムなどの視点から書けば、新しい記事になりやすくなる。

また、書き手自身の立場・個性を活かすことも重要と強調する。
恋愛のことを書く男性や、お金儲けについて書く飲食店の経営者は比較的少ないため、林さんは書き手として目立つ立ち位置にいるのだ。

そんな林さんの一番の個性は何なのか?
「僕の一番の個性は渋谷のバーで23年もずっと立って恋愛模様を見てきたことです。 普通のおじさんが『恋愛ってこうだよ』って語っても説得力はありませんから。」
日本の誰もが耳にしたことがある都市「渋谷」のバーで、カップルの言動を目の当たりにしてきたため、恋愛の現場を語れるのだ。

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カウンターを背に立つ林さん。

cakes連載・書籍発刊へ
お店で培った人脈がチャンスをもたらす

2013年7月に林さんはcakesでコラム「ワイングラスの向こう側」の連載を開始した。連載のきっかけは、cakesを運営する会社の社長、加藤さんとのつながりだ。ワイン好きな加藤さんは10年以上前からbar bossaに足繁くお客として通っていた。もっとも、店内で顔を合わせていたものの、当時雑談をするほどの仲ではなかった。けれども、以前からTwitterとFacebookで二人は相互フォローしており、「いいね」し合っていた。加藤さんは林さんのFacebookの投稿に「おもしろいですね」とコメントすることもあり、cakesで書くことを依頼したのだ。
「書くにあたって、編集者の方とリアルな繋がりがあったのがよかったと思います。依頼する方にとって、僕はどこの馬の骨とも分からない者ではないんです。『もともと知っているあの人が書いているんだ』と分かるのがよかったんです。」

rockin’onに応募した投稿は採用されなかったが、知人から依頼を受けてcakesやフリーペーパーなどでの執筆に至った林さんはこう語る。
「正規の方法で応募するよりも、『メディアの方と実際に知り合って、それから掲載する』という手法のほうがうまくいくんだなと感じました。編集者が、何も知らない人を、突然書き手として採用するのは、書き手によほどすごい才能がない限り難しいんじゃないかと思います。」
ちなみに今ではrockin’onの編集者もbar bossaを訪れることがあるから、不思議な感じがするとのことだ。

また、2013年11月に初の本格的な紙の書籍「バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?」の発刊に至った。出版社DU BOOKSに勤める編集者、筒井奈々さんがbar bossaのカウンター席に腰かけ、林さんに「Facebookのあの文章を本にしませんか?」と声をかけたのだ。

紙の本は、Web上の記事よりも多くの人々に届く。高年齢でデジタルネイティブでない人々、本を買わず図書館に通う人々にも、読まれる機会が生まれるのだ。

noteの初日登録でフォロワー数増加

2014年4月6日に加藤さんがbar bossaを訪れた。そこで林さんに「内容はまだ言えないけど、明日からすごいサービスが始まるんだよ。」と伝えた。
翌日、個人向けのメディアプラットフォーム「note」が発表され、林さんはリリース初日にnoteアカウントを登録した。
「とにかく何かサービスが始まった時に最初に登録するってすごく良いんです。」
林さんは先行者利益の凄まじさを語る。
cakesのユーザーがnoteに流入して、林さんのnoteアカウントをフォローし、フォロワー数は少しずつ増えていった。

また、noteアカウントに公式マークがついたこともフォロワー数増加の追い風となった。初めてnoteに登録した人にお勧めのアカウントとして表示され、フォローされるようになったのだ。

林さんのnoteがcakesで紹介されたり、cakesの記事が Yahoo!ニュースやNewsPicksなどのメディアに取り上げられたりすることで、今ではフォロワー数は5万7千人に至っている。

文章は飛ばし読みできるし、これからも読まれるだろう

「動画や音声など、個人が発信できるコンテンツが飽和するなかで、文章の強みは何でしょうか?」と尋ねると、林さんは迷わず、「飛ばし読みできることが文章の一番の強みです。」という。
「例えばメールで『お世話になっております』という文を見ても、そのような常套句を読み込みません。読者は、初めの5行くらいを飛ばして、重要なところだけかいつまんで読めます。動画や音声だと、どこに重要なものがあるかわからないので、飛ばせないということが問題になるんです。」
そのため、文章を書く上で、重要なところが読者にすぐに分かるように示すことが肝要である。

また、出版不況ではあるものの、Webやネットを含めれば文章を読む機会は減っていない。
例えばcakesなどの文章コンテンツ、無料で読めるブログ、さらにLINEでやり取りするメッセージも文章に含まれる。
「土佐日記が文学であるように、日記やブログだって文学になるかもしれません。」
今後、出版社が減り、雑誌の発行部数が減少しても、文章を読む機会はあり続けるだろう。

そのような状況で、どんな書き手が人気を集めるのだろうか?
書き手の立場・個性を活かして読者から好かれ、恋愛やお金などの大勢の読者を獲得できるような内容を書くことが、王道の方法であると林さんはみている。

普通の人々はどのようにして読者を増やせばいいのか

林さんは、bar bossaで編集者と顔を合わせる機会が多くあり、そのつながりを活かして文章を発信し、読者を増やしていった。
一方で、私たちの多くには「書きませんか?」と編集者から依頼されるイベントはおそらく発生しないだろう。
そこで、Twitterでフォロワー1万人を誇り、SEとして働く傍らnoteを執筆するゆうさんにZoomでお話を伺ってみた。

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ゆうさんのアイコン。

リアルタイムなネタを書くべし

こんな表現をすると失礼かもしれないが、ゆうさんは”普通の”人だ。大学卒業後SEとして、会社では約5年間勤務し、2019年5月からフリーランスで働いている。目を見張るのは、フリーランス形態で働き始めてから、2021年1月6日までnoteで毎日記事を発信し、連続投稿500日以上を達成したことだ。
「自分には毎日投稿しか強みがないんです。文章の勉強をしているわけでもないですし。」と謙遜するゆうさん。毎日ゆうさんのnoteに「スキ」を押すフォロワーもいたとのことだ。毎日連続投稿を辞めた後も、ゆうさんは1週間に1~2回ほどのペースでnoteを更新している。

ゆうさんは読者を増やすために旬のネタを素早く投稿することを心がけている。
執筆している記事のジャンルにはプロ野球が含まれる。プロ野球では、選手がチームを移動する正式発表や、入団会見の日があらかじめ決まっている。そのため、それらのイベントに合わせたネタの記事を書いているとのことだ。
日本シリーズが終わってから1時間以内に投稿したところ、ビュー数が増えたという。試合を見ながら、タイムなどの合間に数分ずつ書きため、素早い投稿を実現している。

note投稿と並行して、Kindle ダイレクト・パブリッシングにより2冊の電子書籍を出版している。2020年8月に発売した初の書籍「『あすを楽しむ』ために『いまを生きる』」に、ゆうさんが大切にしている言葉や考え方を、会社員時代などの経験とともに綴っている。評価も高く、現在30件カスタマーレビューが集まっており、星4.7(最大5)となっている。

※「『あすを楽しむ』ために『いまを生きる』」の詳細はこちらから


つづいて、ただのジョンさんとともに12月に発刊した2冊目の書籍「推す! BABYMETAL on THE WAY」では、英語版も設けている。BABYMETALは海外で名が売れているアーティストであるため、ゆうさんは資格上英検4級の英語力にもかかわらず、Google翻訳などを駆使して英訳を成し遂げたのだ。こちらの書籍に関しても、現在集まっている12件カスタマーレビューをもとにした評価は星4.6となっており、更なる躍進が期待される。
ゆうさんの読者を広げようとする取り組みに感嘆するとともに、今後の執筆活動にも目が離せない。

※「推す! BABYMETAL on THE WAY」の詳細はこちらから



Twitterで1万人以上のフォロワーを抱え、noteで積極的に記事を投稿する林さんとゆうさん。文筆家として先人である彼らの背中を追い、私は今この文章を書いている。

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