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「人は話し方が9割」読了。そして、誰とも話さなくなる。

やはりこの本と早く離れたいのか、危機的状況が読書スピードを早くする気がしてなりません。
あやふやな箇所が多々ありながらも、読了。
しかしながら、この本にも腑に落ちない箇所がいっぱい、いや腑に落ちない箇所しかない様な気がしてなりません。

私が直感的に感じたのは「証拠より論」「精神論、宗教みたいなスピリチュアル」「独りよがり」。そう思えてなりません。

まずベースを全て飛ばして書かれていること。
「全ては心のあり方によって決まる」と書かれていますがその「心」はどこから作られていくのか書かれていませんでした。
確かにこの本は話し方のあり方を記している本ですが、「心」のあり方を述べている以上「心」の作り方を書くべきだと思いました。
また、「心」そのものについても「自己肯定感」としか書かれていない、その「自己肯定感」の作り方も書かれていないため、私の場合最初からこの本に拒否されているようなものでした。


この本は話し方が変われば自分の回りは桃源郷のような場所になるようなことを書かれていますが、幻想だと思いました。妄想のお話なのだと思いました。
話がよくなってもお金が増えません。私みたいな人は固定給です。
仕事もうまくいきません。営業や噺家でもない人にとっては結果や数、過程で全てが決まります。そして形として称賛されるのは派遣元です。
話がうまい先輩がいますが結局裏で陰口叩かれるのが関の山です。
妻からの余計ともとれる一言は、余計な一言でしかありません。この本みたいになにも変わらないのです。
ストレートに言わないと相手は図に乗るだけです。それが親族ならなおさらです。言葉の変化球なんか投げていると打ち返されるどころかピッチャー強襲されて負傷退場させられます。
この世に永松さんが記している桃源郷なんか私は知りません。

結論としてこの本が言いたい極論
「誰とも話すな。コミュニケーションをとるな。その結果嫌いな人はいなくなる。人から嫌われなくなる。そして自分が幸せになることができる。」


この本に「全肯定」って言葉があります。とても素敵な言葉です。
私はまわりの人を、まわりの発言を「全肯定」しようと努めています。
しかし、少し疲れました。
1つは本と向き合っている内に本が敵に見えること。
そしてもう1つは私が私を「全否定」しているとこです。
そして、「全肯定」と「全否定」しているからこそ私が私でありみんなとのコミュニケーションが成り立っている。
そして私もまわりのみんなも笑顔になっている。
これが現状です。

これが私の現状です。

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