【長編小説】魔力(6)
こんにちは、keiです。
魔力6回目の投稿になります。
よろしくお願い致します。
魔力(6)
穏やかな弛んでいる空気の中でもこの人の周りだけは緩んではいなかった。簡単ではない事件だと本質を見抜いているように鋭い眼光を放っていた。
「もどりました」
竜さんは両手をポケットに入れたまま振り返った。
「三浦から報告を受けたが東商館高校では有力な情報は聞けなかったそうだな」
「ええ。事件当日の被害者に変わった点はなかったそうです。既に聞いているかもしれませんが、青木佳奈の担任だった栗原という教師と所属していたブラスバンドの顧問である、高平の話を聞いた限りでは、青木佳奈は自分から車に乗るような生徒ではなかったようです」
「そうか。こっちも手掛かりになりそうな情報は聞けなかった。目撃者すら見つからなかった」
「そうですか」
「三浦を先に帰したそうだな。何を見てきた?」
竜さんが地図に目を向けたので、こちらも視線を地図に向けた。ちょうど二人並ぶような格好でホワイトボードと向きあう形になった。
「事件当日に被害者が部活後の帰宅時に通ったと思われる道を歩いてみました」
村田という生徒と被害者が一緒に帰ったこと、下校途中で別れたことを説明した。
「友人の村田が言うには、このあたりまで一緒に帰ったそうです」
地図上の東商館高校から大通りまでの道を指差しながら説明した。
「ここで村田と別れた後、被害者は襲われたと思われます」
竜さんは無言のまま何も反応を示さなかったが、それがこちらの次の言葉を待っている状態だということは横に立っていてもわかった。
「実際に歩いてみた感想ですが、ここの通りは交通量も多く、人通りも多いです。しかも被害者の家まではこの道をとおって帰ることになります」
「つまり、これほど大きな通りで襲われたなら目撃者がいるはずだと言いたいんだな」
さすがに察しがいい。
「あともう一点あります。村田が言うには事件があった日、学校を出たのは午後六時四十分頃です。そしてこの通りまでは歩いて十分から十五分程で着きます。つまり通りに着くのはゆっくり歩いたとしても七時頃になります」
そこまで話したところでメモを開いた。メモの中には事件に関する情報がびっしりと書かれてある。
「鑑識の見方では殺されたのは午後七時半から八時の間です」
「殺されるまでの時間が短いな」
これまた先を読まれているような的確さだ。
「そうです」
「移動してすぐに犯行に及んだと考えたら何も不思議ではないぞ」
「しかし、死体には確かに暴行された痕跡がありました。首に絞められた跡も。何か急いで殺さなければいけない理由があったんじゃないでしょうか、車の中で犯行に及んで林の中に死体を捨てたとは考えにくいですし」
被害者の下校時間と犯人が被害者を車に乗せて犯行現場までの移動時間、そして殺すまでの時間が短すぎるのだ。疑問に思っていたことを口に出してみると、さらに謎が深まっていくようだった。
「考えすぎな気もするが、引っ掛かるな」
「村田と別れたあとの青木佳奈の目撃証言があれば、犯行の全貌が見えてくると思うのですが」
頷くことも相槌をうつこともなく竜さんはただ沈黙して地図を見つめていた。こういう時はなんらかの判断を下している時だ。
「おまえは明日この通りに聞き込みに行ってくれ。言うとおり目撃者がいる可能性は高い」
「わかりました」
「被害者が寄り道をした可能性も考えられるから広範囲に聞き込みをしてくれ」
頷いた後に改めて地図を見た。地図上で見る限り寄り道が出来そうな道は一つ二つどころではなかった。大通りから入れる脇道を見ながら頭の中ではこの通りを訪れた時の異様な光景が浮かんでいた。常軌を逸した事件というものは、事件そのものだけでなく関連するものまで異常にさせるようだ。
青木佳奈が寄り道をしていたとしたら、証言一つ取るのも容易ではない。それこそはずれ籤を引いてしまえば見つかるものも見つからない。竜さんは去り際に何かを思い出したように振り向いた。
「被害者と一緒に帰ったと言っていた村田のアリバイも押えとけよ。あと、うがちすぎにはなるな」
東商館高校で泣いて事件解決を懇願してきた村田の姿は演技しているようには見えなった。そのような器用なことができる生徒にも見えなかった。
だが、竜さんが注意したように村田が完全に犯行に関わっていないとは言い切れないのだ。一%の確率であっても完全なる証拠がでるまでは疑う、これが竜さんだ。
この日は書類の整理や過去に似たような事件がないか事例を探したりして、家に着く頃には深夜零時を過ぎていた。そのままここに泊まっても良かったのだが、最近はなるべく家に帰るようにしていた。
というのも福岡に来てから一戸建てを建てたからなのだが、未だにこれには賛成出来ていなかった。今さら反対しても遅いと奈緒子には散々言われたのだが、いずれ警視庁の管轄区のほうに復帰を果たし不当な異動を命じた奴らを見返すという復讐とも言える気持ちが未だに納得できていない要因であった。一戸建てが欲しいのであれば東京に戻ってからだと言ったのだが、奈緒子は聞く耳を持とうとはしなかった。彼女なりに理由が理由なだけに転勤になった時に夫はもうキャリア組として復帰することはないと考えたのかもしれなかったが、細かく聞いたことはない。
いざ戸建の計画が始まると嬉しそうにする奈緒子の様子を見ているとこれで良かったのかもしれないと思ってしまった。
それに新居の間取りやどこをどうするか決めていく話し合いをしている時にこれが意外に楽しく多少乗り気になってしまったことが振り返った時の反省点だった。
それからの着工までは恐ろしく早かった。奈緒子の迅速なまでの対応は今まで見たこともないぐらい抜かりがなく、付け入る隙がなかったのでほとんど奈緒子に任せた形になってしまっていた。
建ってみるとキッチンに奈緒子のこだわりが特に集中してふんだんに盛り込まれていた。奈緒子が言うには料理はストレス解消になるんだから使いやすくしなきゃね、どうせあなたは料理しないんだし、と言うのだが、その結果として手際よくできるからということでU字型になっている。
やっと建てた戸建ではあったが、実際は事件が起きる度に家に帰れない日が続くことも多く、家でくつろぐことができたのは数えるぐらいしかない。
しかし、福岡に来てからは妻のほうが地域に馴染むことができず精神的にまいってしまっていた。日に日に家から出る回数が減っていっていき、元々が近所付き合いが得意ではないほうだったことがさらに外に出ることを遠ざけた。
それまでは家事は抜かりなくやってくれていたし、晩ご飯を作って仕事から帰ってくるのを待ってくれていたりもしていたのだが、しだいに布団から出てくることが無くなり料理をする回数が減っていった。
夫婦喧嘩することなどこれまではほとんど無かったのだが、最近はお互い言い合うことが増えていた。奈緒子からはあなたがここに来る原因を作ったと責められることが増えて、これを言われると謝ることしかできなかった。幸せな光景を想像しながら建てた戸建であったが今はすっかり薄れてしまっていた。二人の間に子供がいないことも致命的だった。
妻の奈緒子との出会いは大学の頃になる。友達に誘われて行った飲み会に奈緒子も来ていた。正直その飲み会にはあまり乗り気ではなかった。飲み会と言っていたが合コンなのだ。
異性と話すのを得意としていないのを知っておきながら誘われた事で気持ちが乗らなかったのだ。それならば来なきゃいいじゃんと後から妻に言われた。そう言う奈緒子も後から聞くと、あの飲み会は乗り気ではなかったらしい。しかし、乗り気ではない者同士、話すようになるのは早かった。
周りの友達が必死に自分をアピールしている中、奈緒子とひっそりと飲み会の時間を過ごした。帰り道に奈緒子を家まで送っていく途中で告白した。その日に会ったばっかりで相手の事を何一つ知らない男に告白されたのに奈緒子は承諾した。
その後、大学を卒業したあとに奈緒子は三年間OLを勤めたが結婚を機に退職して専業主婦となった。
魔力(6)終
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