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DMと君と。♯5

何も考えぬまま駅へと向かってはいるが
僕は行き先を知らず足を進めてる。

「そのドイツのビールはどこにあるの?」
行方を知らない芸人は問うてみた。
「劇場近くで飲んだらお笑いファンとか
     知り合いの芸人に会う可能性あるでしょ?」
何とも配慮がある人だと関心する。

言われるがままについていく
残高369円のSuicaを改札機に当てて
ホームへ向かう。

ホームでは一定の距離を取って
まるで他人のようにスマホを触っている
おそらく配慮の上での行動だろう。

一つの会話のもないまま電車に乗り込み
5駅先の新宿3丁目駅に降りる。
「よし、こっから楽しみますか!」
人が変わったように話しかけてくる
ドイツ!ドイツ!と鼻歌まじりに先導してくる

徒歩5分もしない距離に
「ミリオンバル」という看板が見える
店の周りに樽が並べられており
いかにもビールこだわってますという雰囲気
店内は薄暗く世間でいうところの
しっかりとした大人たちが集う的な場所だ
芸人が飲みに行くとしたら
鳥○族や○軒目酒場など安く飲めるが
一番重要しされるが、まるで違う。
正直、テンションが上がる…

とりあえず地ビールとやらを注文した。
一杯880円、おつまみはチーズとウインナー
少し黒味がかったビールが運ばれ
一方的にグラスを当ててきた。

「じゃあ飲み友の誓いをしたところで自己紹介します
    アヤメンタル改めて向井彩奈です。」

いつ誓いをしたかも分からない
頼んでもないのに自己紹介、なんて勝手なんだ。
相方とのルール、ファンと食事に行かないを
いとも簡単破った自分にも情けなさを感じる。

しかしここまで行動的な人間に
少し興味が湧いているのも正直なところだ
いくつか質問を投げかけてみた。
「ほかの芸人と飯いったことあるの?」

「いや、普通ないでしょ!」

「いや、普通ないよな。」

普通という言葉を理解してないことは分かった
「普段、何の仕事してるの?」

「ひみつーー」

なんでだよ。
最後に聞いてみた。
「何で俺にDM送って、飯誘ったの?」

向井さんの動きが止まる。
首をかしげて考えている。

少なくなったビールを飲みほす
向井さんの口が小さく動く。

「あなたは将来売れるから今を見てみたいと思って」

……少し恐怖を感じた。
本来であれば喜ぶべき言葉なのかもしれない
だが、あまりに真っ直ぐな視線と重みのある声に
恐怖という言葉以外では表現が出来なかった。

言い切った後に彼女は笑った
とても甲高い声だ。
その時にふっと思い出した。
「その声、どこかで聞いたことあるなぁ」

彼女は言う
「今日、劇場で笑ったときじゃない?」

いや違う、向井は最近劇場に来始めた
もっと前から聞いていた笑い声だ。
だが思い出せない。でも聞いた声。

その後も一方的に会話を繰り広げられて
時間は過ぎていった、時間と同時に
アルコールと疲労のせいで前頭葉の動きは悪く
自分が何を言ってるのか分からなくなる。

その店を後に離れたときDMが届く
「じゃあ約束通りまた飲みに行こう!」
いつ約束したのか覚えてない。
だがこれだけ酔ってるんだ言ったのだろう。

家に帰り冷蔵庫にある安い発泡酒を口にした
吐き出しそうになるほどまずく
先程の店がいかに良質なビールを出してるのかが
改めて分かる瞬間であった。

布団に体を投げ出し
今日あったことを思い出していく
一つだけスッキリしないことが
あの笑い声であった
どこかで聞いたことがある。

思い出せない自分に少しの苛立ちを感じ
目を閉じた。明日はバイトだ。
ビール美味しかったなぁ。(つづく)

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