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「ふくみみ」

久々に顔を合わせた友人の耳には、重たそうなピアスが煌めいていた。

「実優ちゃんのピアス可愛いね」
「ほんと? 有難う! 智也に買ってもらったんだよ」

アイスコーヒーにミルクを滴らし、ストローをくるくる回せば氷がからころと響く。長い睫毛の彼女は結婚間近の幸せ真っ只中。

「そんな重たそうなピアスでさぁ、よく耳がちぎれないよね……」
「ちぎれた人なんか聞いたことないでしょ」

大きな笑い声を立てた彼女は、悪戯っぽい顔で私に囁く。

「舐めてくるの」
「えっ?」
「智也、私の耳が好きなの」

突然の告白。動揺して真っ赤になる私をからかうように、実優ちゃんはぐいっと顔を近づけて右耳を私の方へ向けた。

「耳朶が腫れちゃってるから、こんなピアスにも耐えられるの」
「……そんなことあるの?」
「さあねー? でも、こんな福耳じゃなかったでしょ?」
「どうだったかなぁ……そんな風に見たことなかったから」

学生時代から早十年、すっかり大人っぽくなった彼女が眩しくて思わず目を細めた。あんなに煩わしかった膝下のスカートを今は意識的に選んでいるなんて、あの頃の私たちが聞いたら何と言うのだろう。「おばさんってやだね!」とでも盛り上がりそうだ。

「ちょっと、何? 嫌そうな顔したりニヤついたり!」
「あっ、ごめん、大人になったなって思っただけだよ」
「お母さん?(笑)」

「お待たせしました。苺のタルトとモンブランです」
「わあ! 美味しそう!」

運ばれてきたスイーツに目を輝かせる実優ちゃんは、放課後にアイスを選んでいたセーラー服の頃と変わりなく、不思議な気持ちになる。こんなに重たそうなピアスをぶら下げていても、居心地が良かった空気感はあの頃と同じく軽やかなまま。

「どうしたの? 早く食べようよ」
「あっ、うん」
「この苺くらい真っ赤になってるよ〜」
「やめてよー!」

慌ててモンブランを頬張るけれど、向かいの実優ちゃんを何度も盗み見てしまう。切り分けるのにやや苦戦して首を振る度、耳元で遊ぶピアス。どんどん目が離せなくなる。まるで催眠術にでもかかるかのように。

嗚呼、きっと私は明日から、他人の耳ばかり気にする人間になるだろう。そして凡ゆる福耳を、含みを持って見てしまうのだ。悪戯っ子な彼女の所為で。


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