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人は潜在的に互いを賢くしあう能力を持っている

「人は潜在的に互いを賢くしあう能力を持っている」
これは、私が大学院で学んでいたときの恩師である三宅なほみ先生から教えていただいた言葉です。
先生との出会いは、コンサルタントとしての仕事を開始することになったきっかけのひとつです。コンサルタントとして仕事を始めて15年ほどになりますが、この言葉に私自身も強い信念を持っています。

「潜在的に持っている私たちの賢さを企業活動の中で顕在化すること」が私のコンサルタントとしての根源的なテーマです。働く人が、お客様やその仲間と関わり合う中で知恵を生んでいく会社作りをお手伝いしたいと日々思っています。


■人が知恵を生み出すということ
私たちは、経験から様々なことを学びます。そのためか、研修よりも実務の場を通じて、経験を積んでいくことが大切という考えの方が多いと思います。実際のところ、中小企業の多くは、OJTによる人材育成が中心です。しかしながら、ちゃんとした計画や仕組みがないまま、現場任せにしていることを「ウチの教育はOJTです」と呼んでいるケースも多々あります。

大切なのは、経験そのものではありません。経験からいかに知恵を生み出していくかです。
経験を知恵に変えるのに必要なのは、①「やったことを振り返る」②「振返って得たことを試す」の繰り返しです。

まずは、自ら主体的に「お客様や仲間に喜んでもらうにはどうしたらよいか」について、良かった点、悪かった点を振返ります。そして、振返って得たことを次の機会で試します。次に生かそうとしないのなら、振返ってもまったく意味がありません。行動しない限り経験が得られないからです。この繰り返しが習慣になっている人は、経験から学ぶ、学び上手な人です。高い成果を上げている人は、このルーチンができています。

ある優秀な営業パーソンAさんの話です。以下は、彼女の高業績の理由をインタビューから探るという仕事をしたときに聞いたお話です。
彼女は、製薬メーカーのMRです。MRの仕事の本質は、薬を売ることではなく、ドクターや看護師のお役に立つことです。お客様であるドクターたちの困りごとを知ろうとする姿勢がMRには必要です。例えば、副作用の問題。薬は飲み合わせによって副作用が起こるケースがあります。「この薬の後にこの薬はだめです、こういうエビデンスがあります」ということを伝えるのもMRの役目です。そのために、他社の製品の情報も含め、多くの知識をインプットしておく必要があります。
とはいえ、このインプットした知識をお客様に話すだけでは、お客様の役に立つ知恵にはなりません。
お客様が望んでいるのは副作用を起こさないことです。これが起きないようにするのが本来の目的だと思います。Aさんが扱っているのは、点滴で投与する糖尿病の薬でした。実際に処方をするのは、ドクターではなく、点滴を換える看護師です。となると、副作用のことをドクターに伝えただけではあまり意味がありません。そこで、看護師さんたちの勉強会に出させてもらったり、処方する際に順番を間違わないようにチェックリストのひな型を提供したりするのです。Aさんは、「本当にお客様のお役に立とうと思えば、私たちにできることはたくさんある。例えば、看護師さんに話を聴いて病院内の仕事を改善することも私たちにできることです」と言っていました。

そんなAさんも最初のうちは、とにかくドクターを訪問して、顔覚えてもらって…と言う活動をしていました。なかなか、成果には結びつかず、お役に立っている実感を得ることができませんでした。Aさんの突破口になったのは、お客様を訪問するたびに書いていたお礼のメールでした。メールでは、お礼だけではなく、お客様から聞いたことを整理し、関連する情報についてお伝えするようにしていました。「先生のところで今日伺った看護師の点滴の問題ですが、他の施設様では看護師の勉強会を行って…」といった情報です。これは、お客様に少しでもお役に立たればという気持ちから行っていたことです。Aさんは、そうした自分のメールを読み返しているうちに「ドクター以外からも話を聴け」という先輩MRの助言を思い出しました。これは、ドクターに会ってもらえない時にすることだと思っていたのですが、現場で本当に困るのは看護師ではないか、と思い至ります。その後、Aさんは「ドクター以外の人からも話を聴く」ということを目標にして病院を訪問します。すると、病院内で起こる問題が分かると同時に、看護師をはじめとしたスタッフが事故を起こさないように工夫していることも分かってきました。そのようにして得た情報をほかの病院で話します。すると、それが解決策になったり、あるいは、「ウチではこういうことをしている」という情報をまた得られたりといったことが起こるようになりました。

Aさんのターニングポイントはドクター以外のお客様に気づいたことでした。そして、面白いのは、先輩MRから言われても大して重要なこととは思っていなかったところです。
Aさんの事例から私が着目したのは、「考えを書き出す」という彼女の習慣です。書き出すことによって、それまでは目を向けられなかったことに気づきます。こうした気づきがあると、人は、行動したくなります。そして、それがうまく行けば、「ああ、やはりこれが大切なのだ」と腹落ちするのです。


■人が互いを賢くしあう能力を顕在化するには
Aさんの話からは、やはり経験が大事、ということが言えます。とはいえ、経験をすれば良いのではなく、自分の行動を客観視して、気づきを得るような振返りが大切です。そして、経営者の皆さんや私たちコンサルタントに求められるのは、意図してこの環境を企業活動の中に作れるかどうかです。

私は、企業の中でこのような環境を作るために、2つの場を意識しています。

二つの場

一つは、お客様から学ぶ場です。(図右)
私たちは、日々の仕事の中で試行錯誤したり、自問自答したりしながら仕事をします。その際に大切なのは、お客様に喜ばれるアウトプットを出していることです。それが働く私たちの存在意義ともいえます。そのアウトプットの質を高めるためには、仕事を振返って反省し、次に目指す目標を立て実践を重ねていくことが必要です。

これを一人の力でできる人は多くありません。私たちは、意識・無意識を問わず誰かと話すことで体験を振返り、教訓を見出しています。誰かと話すには、考えをまとめる必要があります。さらには、話してみたら、あるいは書いてみたら、自分でも気づいていなかったことが見つかるということが起こります。先のAさんも、お客様へのメールを読み返すことで気づきを得ています。そう考えると、お客様との間でのやりとりを振返り、振返ったことを試すだけでも学ぶことができます。ただ、これだけだと自分の視点だけでの考察になり、ある程度のレベルで止まってしまいます。お客様から得たことを、もっと他の誰かの視点も利用して考察していくことが必要になります。

■仲間との振返りの対話の場が、お客様から得た経験を知恵に変えていく
そこで、図の左側の円のような働く仲間と学び合う場が必要となってきます。

Aさんと同じ製薬メーカーの他の営業チームの調査をしたときのことでした。好業績をあげていて、かつ、従業員満足度の調査でも上司に対する信頼度が高いチームを対象にインタビュー調査をしました。
このチームでは、お客様先に訪問する前に資料の準備をする時間が午前中にあります。その際に雑談レベルでこれから行くお客様先のことについて仲間と話します。前回伺った内容や今日どのようなことをお伝えするかを話すわけです。そうすると「その話をするんだったらこういう資料があるよ」とか「自分の担当先でも似たようなことがあった」などの情報が仲間から出てきます。

彼ら自身、こうした気軽な形での情報共有を効果的だと感じているようでした。そこで「なぜ、このような場を作っているのですか」と聞きました。すると「私たちは、お客様の課題解決をするために情報を提供したり、お客様と意見交換したりします。それは社内のメンバーとの間でも大切です。それに、そもそも社内でできないことがお客様先でできるわけがありません」という回答でした。この回答は、若手の営業パーソンから出てきました。管理職でもリーダーでもない彼の回答を聞きながら、それぞれが自律できている良いチームだと感じました。


■二つの場を行き来することでレベルが上がり続ける
このことをチームのマネージャーに伝えたところ、チームのリーダー役に「非公式な場で良いので、色々と話す機会を作ってほしい」とお願いしていたそうです。

このマネージャーは、2年ほど前に別の営業所から異動してこのチームのマネージャーになりました。もともとは、一担当者としてこの営業所にいたのですが、別の営業所に異動して、そこで5年過ごして、マネージャーとして戻ってきたのでした。自分が担当者として在籍していたころは、会社の中でも営業成績が上位にいるチームでしたが、5年たって戻ってくると、営業成績は下降し続けていました。何より着任当初気になったのは、チームの雰囲気です。職場の中で会話が少なく、それぞれが、いそいそと作業してはお客様先へ向かい、ろくに挨拶すら交し合えていない状況でした。

これは良くないと感じ、着任してからすぐに1ヶ月ほどかけて社員全員と面談をしました。そこで分かってきたのは、個々のポテンシャルは決して悪くないということです。中でも、チーム内で影響力を発揮できると思える社員が2人いるそうです。彼らは、お客様からも信頼されていて、営業成績も良い。なるほど話を聴くとお客様のことをよく考えて、話し合いながらお客様と問題を解決している様子が伝わってきます。でも、チームの方を見ていない。これはもったいないと感じ、本人たちにチーム作りを意識した対話の場を作ってほしいと伝えました。その際に伝えたのが「社内でできないことは、お客様先でもできない」という言葉でした。

営業成績の良いこのチームで起きていたのは、それぞれが持っている情報や知識の共有を受けて、良いと思ったことを実践しあうことです。また、それだけではなく、社内での対話のレベルが上がることで、お客様先でも対話のレベルが上がっていたのではないかと思います。それによって、お客様から聞ける情報のレベルが上がっていきます。単に薬の話だけでなく、病院経営のあり方や地域医療の中でその病院がどんな役割を果たすべきかという話題までつかむようになっていきます。その話を仲間と共有すると、「だったら、うちの会社として、地域でいま問題になっているがんの検診率の低さに手を打つこともできるのではないか」とそんなレベルにまで話が発展することがありました。

このようにして見てくると、自分の観点だけでなく、他の人の観点も取り入れながら振り返ることで、次元の高い考察が可能になっていくことが分かります。特に、お客さまから学んだことと、社内で仲間と学び合ったこととが、作用しあうような状況が生まれています。お客様から学ぶ組織には、このような二つの場による活動が埋め込まれているのです。
お客さまから学ぶというと「綺麗ごと」という反応は大変多いです。あるいは、「御用聞きになれということか」と言われたりもします。この綺麗ごとは、イノベーションを生むための考え方なのです。もはや昨日出来たことを確実に行うだけで、価値を生む時代ではなくなりました。変化に対応するためにも、私たちとは異なるお客様の視点から学び、仲間と学び合い、行動に移す継続的な学びのサイクルが必要なのです。そこで生まれるのは、自分だけでは持ちえなかった知恵と、互いから学び合う対話についての学びです。

■数字を追っても、根本的な課題解決にならない
とある製薬メーカーについて、事例を紹介してきていますが、この会社もすべてのチームがうまくいっているわけではありません。この会社に限らずよくあるのは、経営者や本部からとにかく数字だけが求められるということです。経営者にしてみれば、売上、利益を追うのは当然のことです。実際、成果が出ていないのであればやはり良い会社とは言えません。ただ、数字が先ではないのです。企業の存在目的はそこではありません。まして、社員にとっては、数字だけで働きがいを感じることは難しいのです。

この製薬メーカーでも、今一つ成績が伸びない組織は、ただただ数字目標(ノルマ)だけで動いている組織です。少し前ならば、それでも結果が出ていたのですが、今はそう簡単ではありません。ますます工夫が必要であり、これまでの成功体験を捨てて、仕事のやり方を変えていかなくてはなりません。

先に紹介した営業マネージャーが、成績の立て直しのために行ったのは、面談でした。このとき、話を聴きながら、私の頭に浮かんでいたのは「成功の循環サイクル」と呼ばれるものです。

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これは、MITの教授であるダニエル・キムが唱えた考え方です。組織の成果を高めるためには、まずは「関係の質」から高めていくことです。信頼関係がないと物事はうまく進みません。それを前提にやり取りをしているうちに思考の質が良くなり、多くのことに気づくようになります。気づきが得られると行動に移したくなります。自分で考えて行動することでその質が高まり、結果として成果が得られます。そしてそのことでさらに関係が深まっていくのが成功の好循環サイクルです。
ところがこのサイクルを「結果の質」から始めると悪循環に陥ります。着目すべきは、好循環も悪循環も同じ方向に回っているのに、始まる場所が変わるだけで、悪循環になるということです。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
結果だけに着目すると、良いか、悪いかの話になりがちです。本来、そこから何を学ぶかが大切なのですが、信頼関係が出来ていない状態では、悪いことから学ぶのではなく、悪かったことについて言い訳することが起こります。誰だって悪く思われたくないですし、不当に評価されたくありません。

私たちが仲間と仕事をするのは、互いを賢くしあう対話によって、自分だけでは変えられない行動を変えるためだと私は考えています。しかし一方で、互いに賢くしあうどころか、愚かにしあうことも起こってしまうのです。


■社員は好き好んで後ろ向きになるだろうか?
うまく行っている営業マネージャーは、業績を立て直すために関係性の構築から始めました。うまく行かない組織では、結果が出ないので、ひたすらに結果を求めて悪循環に陥ります。

経営者はどうでしょう? 経営計画や戦略はそこそこに、目標となる数字を示すだけになっているケースもよく見ます。結果が欲しいのですから当然といえば当然です。しかし、そこに落とし穴があるわけです。そのような会社で社員のインタビューをしていると、「いつも掛け声だけ」「やったって評価されない」「余計な仕事が増えるだけ」などの後ろ向きの声を聞きます。経営者に報告すると、激怒して、「誰が言ったんだ!」と問い詰めてくる方もいます。

ただ、こういう声の持ち主は最初から後ろ向きだとは限りません。経営者が後ろ向きにしてしまっていることもあるのです。そして、普段は後ろ向きの発言は控えて、粛々と仕事をしています。多少進め方がおかしいな、非効率だなと思っても、そのまま仕事をします。お客様の方など見ていません。経営者の顔色をうかがっています。
それでも結果オーライはあります。ただ、結果が出なくなったらどうでしょう? おかしいなと思っても誰も何も言わない、言えない状態です。これでは改善するはずもないのです。
「そもそもこのままでいいのか」と言えない関係性になっていたり、「そもそものうちの目指す理念」がなかったりすることがその原因となっています。


■ 立ち返ることのできる志を経営者は示せているか
皆さんは、よく引き合いに出される3人のレンガ職人の寓話をご存知でしょうか。

――――――――――――――――――――――――――――――――
旅人が、ある町外れを歩いていると、一人の男が難しい顔をしてレンガを積んでいました。旅人はその男のそばに立ち止まって尋ねます。
「ここでいったい何をしているのですか?」
「何って、レンガ積みに決まっているだろ。」
男は自らのひび割れて汚れた両手を差し出して見せました。

もう少し歩くと、一生懸命レンガを積んでいる別の男に出会いました。さきほどの男のようにつらそうには見えません。
 「ここでいったい何をしているのですか?」
 「俺はね、ここで大きな壁を作っているんだよ。」
 「大変ですね」
 「なんてことはないよ。この仕事のおかげで俺は家族を養っていけるんだ。」

また、もう少し歩くと、別の男が活き活きと楽しそうにレンガを積んでいました。
 「ここでいったい何をしているのですか?」
 「俺たちは、歴史に残る偉大な大聖堂を造っているんだ!」
 「大変ですね」
 「とんでもない。ここで多くの人が祝福を受け、悲しみを払うんだぜ!」
旅人は、その男にお礼の言葉を残して、また元気いっぱいに歩き続けました。
――――――――――――――――――――――――――――――――

ここで出てくる第3の男は、自分の仕事に意義を感じ、志を持って仕事をしています。だから、イキイキしているし、お役に立とうと懸命になって創意工夫をしています。そのような過程を通じて覚えた仕事は、その人を精神的にも技術的にも成長させます。

経営者のみなさんは、自身の会社の目的や向かうべきビジョンを示せているでしょうか。皆さんが示している、戦略や計画、数字には立ち返るべきそもそもの「志」があるでしょうか。
「志」というとかなり高尚なものをイメージしがちです。もちろん高尚であることに問題はありません。ただ、無理に背伸びをするものでもありません。それに、最初から大きな志を抱いている人はそうはいないと思います。小さな志を積み重ねる中で、自分が大切にしている大きな志に気づくことの方が多いと思います。ある一定の期間、自分の意識や時間を何かに費やしていれば、そこには小さいながらも志があるのです。 例えば、中学生の時に部活でサッカーに3年間取り組んだとします。そこで培われるのはサッカーの技術はもちろんですが、精神的な成長もあります。努力することであったり、チームメートと切磋琢磨することであったり、勝つための戦略作りに没頭することだったり…。時には挫折もあるでしょう。それでも、再び自分の時間、意識をそこに注ぎ込みます。そこにあるのは、「やっぱり、サッカーが好きなんだ」ということでもあれば、「やっぱり、仲間と戦うのが好きなんだ」という思いなのではないでしょうか。そのような個人史の中に自分の志があるのだと思います。

そうした志のある経営者の経営計画書を拝見すると、率直に素晴らしいと感じます。自分の持っている思いを社員に伝えようとする熱量が違うのです。そして、そういう経営者は、いろいろな方の意見に耳を傾け、対話し、素直に相手の意見を取り入れていく姿勢を持っています。


■ 「そもそも」に立ち返る場の作り方
それでも志や理念を浸透させていくのは簡単ではありません。
こちらから伝えるだけでなく、社員の皆さん自身に、何が大切なのか、このままで良いのかを問う機会を作ることが大切です。これは、一人でやるのはなかなか難しいと思います。ここでも、誰かに話す、誰かの経験を聴くといった対話の場が大切です。

経営理念の浸透に関わらせていただく中で心がけているのは、経営者、幹部も含む社員の間に健全な葛藤を起こすことです。つまり、予定調和しない、シャンシャンで終わらせない、ということです。経営者が経営計画発表会で、構想や夢、覚悟を話すのは社員に大きなインパクトがあります。しかし、一方で、セレモニーで終わってしまうことも多いのではないでしょうか。

セレモニーになってしまうのには大きく二つの原因があります。
一つは、実行に移すための仕組みができていないことです。経営計画の中身も大切なのですが、それ以上に大切なのは運用です。経営計画なら、その実行をどの会議体でいつチェックしていくか、各施策の責任者は誰なのか、いつまでをリミットとして撤退を判断するかなどが決まっている必要があります。つまり、時間軸にそって、ある種自動的にPDCAを回せる仕組みになっていることが大切です。

もう一つは、腹落ちです。実行を伴うかどうかは、その計画に納得できているかどうかです。腹落ちしていないと何が起きるかというと、「社長がいつも口うるさくいっているだろ」という発言が幹部から出てきます。こうなった瞬間に会社の中しか見ていない状況があらわになります。つまり、お客様ではなく、社長の方を見ている会社なわけです。そうではなくて、「うちがそもそも目指しているのは、経営理念にもある通りこういう行動だ」という発言がでてきて欲しいのです。
腹落ちをさせることは大変難しいのですが、長らくコンサルタントとして会議等のファシリテーターを務めてきて意識していることは「モヤモヤさせること」です。具体的には、以下の流れで参加者に向けて問いを発信しています。

あああ

もちろん状況によって前後するのですが、モヤモヤさせるポイントになるのは②と④です。ここに踏み込むことができるかどうかがファシリテーターの力量の差となって表れます。なぜなら、知覚や感情、価値や原理は、その人の内面に深く根差しているからです。それを表に出してしまったら、議論が紛糾するのではないか、誰かを怒らせることになるのではないか、おかしなことを言っていると否定されるのではないか…無意識にそんな心理が働いてしまうのです。しかし、葛藤を起こさないと本質に迫れません。腹落ちしないままシャンシャンとなってしまうのです。


■ 質問を起点とする会議 ~Action Learning セッション~
この半年で個人的に取り組んできたものにAction Learning セッションというものがあります。KCの経営コンサルタント養成講座の講義後に自主的な勉強会として、受講者の有志と取り組んできました。勉強会としてやっているのは、各自の職場での課題をセッション参加者に提示して、共に解決策を考えるための話し合いをするというものです。
このときに実践していたのがAction Learning セッション(質問会議)です。基本的な流れは、問題の定義、ゴールの設定、行動計画の立案となるのですが、ここに加えてセッションの振返りを必ず入れます。話し合った問題そのものだけではなく、話し合い方、質問の在り方、チームの雰囲気について振返り、活動をより良いものにしていくのです。
会議は、一人の問題提示者の問題提供から始まります。自分自身が抱えている問題を議題としてあげるのです。それに対して参加者は質問をします。というより、意見ではなく、質問だけすることになっています。この会議では、参加者は、質問に答える形でのみ意見を言うことになっているのです。逆に言うと、自分から発して良い発言は、質問だけということになります。

なぜ、そのようなことをするのでしょうか?
経営計画のミーティングなどをファシリテートする際もそうなのですが、陥りがちなものに「How思考」というものがあります。How思考とは、問題の本質を見極めないまま、解決策に飛びつくというものです。これだと問題は片づくかもしれませんが、進歩がありません。結果として、似たような問題が繰り返されます。

仏典などに「群盲象を評す」という話が出てきます。数人の人が目隠しをして象に触ります。それぞれが、触った感触からどんな生き物か意見を言います。鼻に触れた人は、棒のような生き物だと言い、足に触れた人は臼のような生き物だと言い、尻尾に触れた人は縄のような生き物だと言います。皆、自分の意見こそが正しいと主張し、紛糾します。たしかにそれぞれが言っていることは的確なのです。しかし、それらは象の一部についての話であって、象全体のことではありません。

皆さまのミーティングでも、同じようなことが起きてないでしょうか。もしかすると、象に触ろうともせずに多くの人の意見に従うだけの人もいるかもしれません。なんだかよく分からないけど、ひとまず社長が言っているのだし、シャンシャン…というのがそれです。また、総論賛成、各論反対のようなことも起こります。それぞれの観点から意見を言うだけなので、象はいったい何者なのか、共通のビジョンがないことが問題なのです。

そこで、意見ではなく質問を起点にしようというわけです。普段の会議でも「問題はそこじゃないんだよなあ…」という意見が繰り返されていたら、質問をしてみてください。「なぜ、そのように考えたのですか」「他の方法だとどうなりますか」「それだけで十分でしょうか」などの質問です。質問されると相手はそれに答えようとするので、問題の捉え方を見直すことになります。質問した側も相手の返答から真意が見え、自分の捉え方が限定的であることに気づきます。また、周囲もそのやり取りを聞くことで、それぞれがどこから問題を見ているのかが見えてきます。
つまり、互いの質問によって、自分の観点からは見えていなかったことが分かってきます。セッションがうまく進むと、あたかも議論しているテーブルの真ん中で、問題としていることを全員で触れているような感覚になることがあります。

このようなやり取りをしていると、互いがどう感じているのか、どんな価値観でいるのかというところも見えてきます。特に問題を提供した人にとっては、自分が見ようとしてなかったことに気づかされます。とあるセッションでは、それこそ「理念が浸透しない」という問題を提供した問題提示者が、質問に答えているうちに、「理念につながるような部下の行動を見つけられていないこと」が自分の問題だと気づくことがありました。このことは、普段、無意識に避けていることだったようで、セッションの間、モヤモヤしている様子が伝わってきました。でも、そうしたプロセスを経て、本当の問題が見えてくると、人はそれを解決してみようと行動します。本人に感想を聞いてみると、「スッキリした。やるべきことも分かった」という言葉が出てきました。つまり、腹落ちができたということだと思います。


■最後に ~私自身に起こっていること~
この文集を書くにあたって、自分自身の仕事について振返りました。
ちょうどKCに来て1年になります。考え方は、入社当初とは少しずつ変わってきていると感じています。私は組織開発や人材育成がキャリアの軸にあるのですが、その軸は変わりません。
本稿で示した
・何かを書き出したり、誰かと話したりすることで自分の考えを捉えなおし、気づきを得ること
・誰かとの対話を通じて、その人の見方をうまく取り入れて学ぶこと
・モヤモヤする対話ができる環境を作って、本当に腹落ちすること
これらは、私自身がお客様との経験を振返り、仲間との対話を繰り返して見出してきたことです。

一方、特にこれまで以上に強く意識しているのは、会社や経営者のあり方です。
・社会の視点から会社の存在意義を捉える
・経営者は、社会から人材をはじめとした資源を預かっている
・経営者は、正しい考えで経営し、社会に成果を還元する
などの考えです。これは、この1年間、お客様や仲間との対話を通じて得られた考えです。

振返ると、組織の問題を考える際に「企業の存在意義」と「企業活動を通じて働く人の賢さを顕在化すること」の二つを明確に結び付けることができずにいたように思います。これは、文集を書きながら、時に仲間と対話を繰り返して見えてきたことです。そして、何度かそうした対話を繰り返しているうちに、お客様から学ぶ組織のあり様を自分なりに描くことができたら、コンサルタントとしてさらに前進できるのではないかと思うようになりました。

ここで書いたことが、少しでも皆様の参考になれば幸いです。
最後までお読みいただき、有難うございました。


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