見出し画像

企業に提案し承認された実際の企画書ぜんぶ見せます2!ソシャゲの作り方&クロニクル

「企業に提案し承認された実際の企画書ぜんぶ見せます!ゲーム企画書の作り方解説」が沢山の方に見ていただけたので、第2弾として今度は、ソーシャルゲームの企画書をお見せします!

前回お見せしたのは、ソフトバンク社KDDI社といった、通信キャリア公式サイト向けの企画書。その特徴は、企画のみならず仕様面も詳しく掲載されていることでした。

一方、今回のソーシャルゲーム企画書は、GREE社に提出したもの。リリース時のタイトルは『フルメタル・ジャッジメント』ですが、企画時点の名前は『クロイクサ(仮)』

もちろん実際に承認され、GREEプラットフォームで提供されました。その特徴は、ビジネス面が手厚いこと。

2つの企画書を見比べていただくことで、これまで企画制作に携わったことがないという人でも、「一言で企画書って言ってもいろいろ幅があるんだな」ということが分かっていただけるかと思います。

と同時に、ゲームでのビジネス面の考え方について参考にしていただける部分があるかもしれません。2011年という10年前の時点のものではありますが、収益化という意味での、基本的な考え方は変わっていないように思います。

バブルが膨らみはじけた!ソーシャルゲーム全盛期

スマートフォン全盛となった今でもソーシャルゲームという言葉は残っていますが、フィーチャーフォン…ガラケー時代のソーシャルゲームについては、記憶から消えかかっている人も少なくないのではないでしょうか。

しかし、今回の企画書について触れる上では、背景として当時の状況を知る必要があります。企画書は必ずしもゲームとしての内容がよいから通るものではなく、その時点での業界の状況、提案先企業の戦略などに左右されるからです。

2011年という年は、日本人にとっては東日本大震災の印象が強い年です。ぼくもそうです。そんな当時のゲーム業界がどんな状況だったかというと、家庭用ゲーム機の勢いが落ち込み、ガラケー向けのソーシャルゲームが非常に勢いを持っていた…という状況でした。

東日本大震災当時、テレビCMが一切に公共広告機構(AC)のものになったのを覚えている方は多いでしょう。「ぽぽぽぽーん」というフレーズが脳裏に残って離れないという人もいるのでは? ではその後、テレビCMがどのような状況になったかというと、Mobage、GreeによるソーシャルゲームのCMのヘビーローテーション状態になりました。

そう、当時はMobage、Greeという2大ガラケー向けゲームSNSが凄まじい勢いを持っていたのです。その後を、mixiハンゲームなどが追っているという形。

iPhone3Gが既に発売されていたため、スマートフォンゲームそのものはリリースされていましたが、現在ほどの勢いはありません。スマートフォンゲームとして爆発的な売り上げを上げることになった「パズル&ドラゴンズ」もまだ発売されていない(2012年2月リリース)ですしね。

…まあこういう状況なので、ソーシャルゲームをリリースするとすれば、MobageかGree、もしくはちょっとだけ内容を変えて両者にリリースする…みたいな感じだったわけです。

で、ソーシャルゲームをリリースする際ですが、基本的に企画書を提案する必要はありませんでした。手続きとしては、現在のAppleやGoogle Playに近く、デベロッパー登録をして開発し、審査に通過すればリリースできるという形。企画書を作ってOKが出ないと審査してもらえない…なんてことはありません

では何故今回の企画書があるのか?というと、当時Greeはコンサルティング的なことを行いだしていたんですね。

Mobage/Gree 2強時代になってソーシャルゲームバブルが膨らみ、多くの企業がソーシャルゲーム開発に乗り出しました。それまで家庭用ゲームを開発していたデベロッパーはもちろん、もっぱらWEBサイトを運営していたIT企業、さらには広告代理店に至るまで…まさに猫も杓子もといった状況。

で、全部が全部成功するかというと、そうではありません。まあもちろん、通常のゲーム企画でも全部が全部成功するわけじゃないんですが、ソーシャルゲームには特殊な点がありました。それは、ガチャなどのアイテム課金要素

ソーシャルゲームやガチャに対して「金儲け優先のシステム」というイメージを持っている人は少なくないでしょう。「コンプリートガチャ」など、一部のシステムについては法規制の対象として議論()にもなるくらいでしたし、ソーシャルゲームやガチャによって圧倒的な売り上げが上がったという話も話題になりましたから。

※コンプリートガチャ=特定の課金アイテムをガチャで複数獲得(コンプリート)すると、レアアイテムが手に入るという仕組みのガチャ。不当景品類及び不当表示防止法に抵触する。何が問題なのかというと、特定のアイテムをコンプリートする場合の実際の確率が、消費者側が想像するより、圧倒的に低いため。

ただ、ソーシャルゲームもガチャも、ただ作れば売り上げが上がるのかというとそんなことはありません。その背景には、リレーションシップマーケティング(One2Oneマーケティングともいう)行動経済学を組み合わせたロジックが存在しています。

なので、ゲームを開発できるからといってソーシャルゲームで売り上げを上げられるわけじゃないし、はたまたマーケティングを理解しているからといって魅力あるゲームを作れるわけじゃないのです。そこで、Gree的にはコンサルティングをやろう…ということになったんだろうと思います。…まあ、ぼくはGree社内にいたわけではないので、実際にGree社内でどんな思惑があったのかはわかりません。

ただ、ソーシャルゲームはシステム設計的に、Mobage/Gree それぞれのサーバーを経由する形でユーザーに提供してたんですよなぜかというと、ゲームをプレイするユーザーがMobage/Greeでの会員ユーザーなので、ゲーム提供側にもMobage/Gree会員としてのデータが必要だからです。図に書くとこんな感じ。

ソーシャルゲーム(Mobage/Gree)の仕様

こういう仕様なので、ソーシャルゲームを提供する企業のゲームがプレイされると、当然Mobage/Greeのサーバーにも負荷がかかります。なので、アクセスだけ発生して全然課金が発生しないソーシャルゲームが提供され続けると、Mobage/Greeの利益を圧迫しはじめるハズ。

だからコンサルティングする必要性があったんだろうなーと推測しています。

で。話が長くなりましたが、このコンサルティング、我々のようなゲーム提供企業側とってはメリットが多いです。というのも、Gree全体でどんなゲームにどれくらいユーザーがいるのか、そして平均どれくらいの課金率なのか、平均購入額はいくらなのかという、メチャクチャ重要なマーケティング情報を教えてもらえるので。

そこでぼくもこのコンサルティングを受けてみたところ、ゲットしたのが「ガンダムがヒットしたんだけど、他にロボットものがないので、ロボットものソーシャルゲームを作ったらイケそう」という情報。

で、もしロボットものを作るんだったら打ち合わせして細かい機能まで擦り合わせしましょう…ということで、企画書を作ることになったわけです。

つまり、今回の企画書はリリースのために承認を得るという性質のものではありません。リリースは別にやりたきゃ勝手にやればいい。けど、本当にその企画でウケるのか?本当にその企画で売れるのか?を擦り合わせするための企画書です。

それでは、今回も長かったですが、いよいよ企画書に入りましょう。

「クロイクサ(仮)」企画書

表紙ページ

今回の表紙には、「時限脱出ホラー・封印」と違って、対象ハードやら料金やらの細かい情報がありません。背景のところに書いた通り、今回の企画書は、あくまでどんな機能にするのか?という内容を議論するためのものだからです。

コンセプトページ

ターゲットユーザーについては事前の説明で共有されていたため、いきなりコンセプトのページを用意しています。ロボットをカスタマイズできることと、集団戦がコンセプト。

ロボットのカスタマイズについては、Gree社の担当者さんからの提案を踏まえています。ガンダムは今でこそ『ガンダムブレイカー』のようにパーツを組み替えてカスタマイズする作品がありますが、当時は機体を選ぶだけでした。なので、差別化を狙ってのことです。

一方、集団戦については当時、ギルドバトルのような集団戦がとりわけ人気を得ていたためです。

世界観ページ
ロボットカスタマイズページ

世界観とロボットについてビジュアル的に紹介したページ。ヘッド、ボディ、アーム、レッグという見た目を左右するユニットに、特殊ユニットというスキルだけ持ったユニットを加えた5つのユニットを選んでロボットをカスタマイズできます。

で。コンセプトのページは全然オールOKだったのですがこのページで指摘が入りました。いわく、「もっとロボットをイケメンにしてほしいんですが…」とのこと。

まあわかる。なんなら作っている最中から、いわゆるカッコいい系のロボットでないことは分かっていた。でもぼくはドラム缶的な無骨さを持ったロボットの方がカッコいいと思うんだもの。鉄と油の匂いが漂いそうなこの感じ、イイじゃないか!

で。ココ、悩みどころですよね。正直な話、インディーゲームだったら、ぼくの趣味全力全開のこのドラム缶デザインで行くべきだと思う。でも確実にユーザー数は減るでしょう。

ユーザー数が減るというのは、イコール質が低いというのではなく、テイストが普遍的でないということ。作品のテイストを受け入れる人の母数が多ければユーザー数は多くなるし、少なければ、当然ユーザー数は減ります

そしてこの時は、デザインを変更しました

というのも、既にこの企画の前に3作品、Gree向けにリリースしていたんですが、自分の趣味全開でやった結果、ユーザー数に恵まれなかったんですね。なので、今回は自分の趣味を押さえて作ってみるか…と思ったわけです。

メカデザイン修正案

…と、ここで一旦、本来の企画書から、メカデザイン案の企画書に話を映します。メカデザインに指摘が入ったので、デザインを練り直して再提案した際の企画書がコチラ。

メカデザイン案表紙
メカデザイン「迅狼」
メカデザイン「ペガサス」
メカデザイン「エクスキューショナー」
FLASH画面のイメージページ

イケメンという指摘を踏まえてデザインし直しました。もちろん、一人で作っているので最初のロボットをデザインしたのも、修正版のロボットをデザインしたのもぼくです。

ちなみに、モックと言うのはサンプル的な意味ととらえてもらえればOKです。

こちらの修正案は一発OKいただけました。まあぶっちゃけ、OKもらわなくともリリース自体はできるわけなんですが、「イイですね!こういうのがイイですよ!」と言ってもらえることで、安心して開発を進められるって言うのはありますよね。

再び「クロイクサ(仮)」企画書修正前

はい。メカデザインの修正案企画書に寄り道してしまいましたが、再び最初の企画書に戻りますね。最初の企画書なので、つまりメカデザイン修正前です。

ここからのページは、ゲーム内の機能と収益化のための企画が続くのですが、これらについては「よくできている」という評価をいただき、一発OKだったわけです。つまりこの企画書であった修正の指摘は、メカデザイン修正のみ

これについては、ゲーム制作会社でのプランナーを経験した後、広告会社でプランナーを行う…という経緯をぼくが辿っていることが大きいでしょう。先に触れた通り、ソーシャルゲームの企画はマーケティング的な観点が非常に大きく作用しています

局地戦争と全面戦争

集団バトルは、10名のユーザーが2陣営に分かれて戦う局地戦争と、全ユーザーを対象として2陣営の勝敗を決める全面戦争の二種類を用意。全面戦争だけだと、自分の能力が勝利に貢献していることが実感しづらいと思ったので、局地戦争を用意しました。

で。この集団バトルが、ゲーム的なおもしろさだけではなく、マーケティング的にどんな意味を持っているのか?がソーシャルゲーム企画ではポイントでした。

基本的にこうしたマルチプレイ的機能は、マーケティング的には離脱率に影響を与えます。

ゲームだけでなく学校でも会社でも同好会でもそうですが、人は孤立しているとやめやすく、人間関係が作られているとやめにくくなります。もちろん、人間関係がイヤでコミュニティを抜けるということもあるのですが、基本的には集団が形成されているほど辞めにくい。

人間関係が作られていると、困っている時に助けてもらえたり、逆に困っている人を助けてあげたり…といった状況が生まれるので、コミュニティから離れる理由が生まれにくい。また、習慣化しやすいことも挙げられます。

習慣化…というのは、実はソーシャルゲームが目指す最も重要な要素です。ここでは習慣を、モチベーションの有無にかかわらず実行できることと定義しましょう。

たとえば、歯みがきなどは、普段あまり意識せず行っています。歯みがきをする際、モチベーションをアップしないとできない…ということは少ないでしょう。…まあ、冬の寒い時にベッドに入ってから歯みがき忘れたことに気づくと、モチベーションが必要になるかもしれないけど。

また、ジョギングや筋トレなどが習慣化している人は、特に気合を入れずとも、その時間になると自然にジョギングや筋トレをしてしまうハズ。むしろ、サボることに気持ち悪さを感じるのではないでしょうか。

こんな風に、モチベーションに関わらず行える行為というのは、継続しやすい。一方、実行するために高いモチベーションが必要な行為は、挫折しやすいという特徴があります。

たとえばジョギングの際、初日から「よーし!絶対に10キロ走ってやるぜー!」なんて気合を入れていると、挫折しやすい。人間、そんなに毎日ずっと高いモチベーションを保てないんです。

習慣化した行為は低いモチベーションで実行可能なのですが、習慣化するためには、モチベーションが低い行為を繰り返すことが重要。

なので、ソーシャルゲームはログインボーナスを用意したわけです。毎日毎日一定時間ゲームをプレイするというのは、たとえ遊びであったとしても、それなりのモチベーションが必要

けど、ログインしてアイテムをもらうだけだったら、そこまでのモチベーションはいりません。そして、ログインを繰り返すうちにゲーム機動が習慣化し…継続率アップにつながるわけですな。

で。人間関係はこの習慣化に影響を与えるわけです。学校は勉強をする場所、会社は仕事をする場所…それはそうなんですが、そこに人間関係があると、●●さんに借りた本を返さなきゃとか、今日は●●さんとランチ一緒にするんだった…みたいに、人間関係由来の目的が生まれ、コミュニティに関わる理由が増えます。この結果、習慣化が行われやすい。

なので、ゲーム内で離脱率を下げ(継続率を上げ)たかったら、フレンドやギルドなど、ゲーム内で人間関係を構築できるような仕組みを用意するのがポイント…というわけですね。

活性度と収益化のページ

ソーシャルゲーム企画の特徴は、ゲーム内の機能が楽しさだけでなく、マーケティング的な役割も担っていることにあります。特に、ソーシャルゲームが近いのは、リレーションシップマーケティング(One2Oneマーケティング)です。ではその、リレーションシップマーケティング(One2Oneマーケティング)とはそもそもどんなものなのか?

リレーションシップマーケティング(One2Oneマーケティング)とは

リレーションシップマーケティングとは、顧客と1対1の人間関係を築いていくことを重視したマーケティング手法で、One2Oneマーケティングとも言われています…が、この説明だと具体的な内容がサッパリわからないですよね。

まず、マーケティングというのは平たく言えば、消費者の好みに応じたモノ/サービスを売りましょうよってな話です。

だから具体的には、まず消費者の好みを調査して→調査に基づいて商品やサービスを企画・開発・販売して→消費者の反応に基づき改善していく…というビジネスのやり方のこと。アンケートなどのいわゆるマーケティング調査はこの流れの一部のことですし、広告を打ったりイベントを行ったりというのもこの流れの一部のこと。

なので、「消費者のことは知らない!自分は自分の好きなモノを作る!」というやり方はマーケティングとはいえません(いえないというだけで、ダメという話ではないです。それはそれでやり方のひとつ)。

このマーケティングという大きなくくりの中にある手法のひとつが、リレーションシップマーケティングで、次のような形になっています。

リレーションシップマーケティングの構造図1

リレーションシップマーケティングでは、お客さんのステータスを数段階に分類します。この図では最もシンプルに、潜在客見込み客初回購入客顧客という4段階に分けました。

潜在客というのは、その商品の存在を知らないけど、商品ジャンル自体には興味を持っている人のこと。たとえば、この「クロイクサ(仮)」であれば、ロボットジャンルの作品は好きだけど、「クロイクサ(仮)」のことはまだ知らない…という人が潜在客。多くの場合、ターゲットユーザーとイコールです。

見込み客というのは、その商品の存在を知ってくれたけど、まだ利用していないお客さんのこと。たとえば、「クロイクサ(仮)」のWEBサイトに訪問してくれて、ゲームの存在は知ってくれたけど、まだプレイはしていない…という人が見込み客です。

初回購入客というのは、商品をとりあえず1回、利用してくれたお客さんのことを指します。購入と書いているけど、必ずしもお金が発生する必要はなくて、ゲームのように基本料金無料という場合は、ダウンロードしてプレイ開始してくれれば初回購入客といえます。

顧客というのは、その商品を継続的に利用してくれるお客さんのことです。ファンといってもいいでしょう。

これらのお客さんは、潜在客を上、顧客を下に配置すると、逆ピラミッド型の人数構成になっています。そして、リレーションシップマーケティングでは、お客さんは上から下に流れていくと捉えます。

上(潜在客)が最もボリュームが多く、下(顧客)が最もボリュームが少ない、逆ピラミッド型の人数構成。

この逆ピラミッド型の構造が、漏斗(英語で言うファネル)に似ていることから、セールスファネルと呼ばれています。

漏斗(ファネル)

潜在客の中から見込み客が生まれ、見込み客の中から初回購入客が生まれ、初回購入客の中から顧客が生まれる…。潜在客や見込み客の段階をすっ飛ばして、いきなり初回購入客や顧客が生まれることはないと考えます。お客さんの段階が徐々に変わっていくんです。

そして、お客さんの段階を変えるためにコミュニケーションを重ねることがリレーションシップマーケティングの本質。

リレーションシップマーケティングの構造図1

もう一度この図を持ち出しましたが、潜在客には無料で商品情報を与え、商品知識を増やしてもらいます。あくまで情報というのがポイント。商品知識を増やすことで、その商品の良さを知ってもらうわけですね。

十分商品の良さを知ったお客さんには、試供品的な商品=フロント商品を販売します。フロント商品は、たいてい物凄く安いか、無料かのどちらか

そして、試供品を使ってもらったお客さんには、まとめ買い的な商品パッケージを販売します。さらに、まとめ買いによって商品利用が習慣化したお客さんには、より高級な商品を売る…という流れ。

テレビでCMを行っている化粧品や健康食品などには、このリレーションシップマーケティングを採用しているものが多いです。

情報番組のような体裁で、健康についての情報を提供し、商品についても紹介。で、たいてい健康食品とかって、最初に注文するのは試供品的な安いパッケージですよね。「2箱無料!?」みたいな。あれがフロント商品です。

フロント商品を買ったお客さんには、チラシがダイレクトメールによって長期契約を促しているハズです。これが初回購入客へのまとめ買いの段階。

そして、まとめ買いを繰り返していると、よりハイグレードな商品のお誘いが届く…と、まあこんな流れなわけですね。

ここまで読んで、「それがソーシャルゲームと何の関係があるんだよ?」と思った人もいるかもしれませんが、このリレーションシップマーケティングをゲームの形に落とし込んだものが、ソーシャルゲームなワケです。

リレーションシップマーケティングとソーシャルゲーム

リレーションシップマーケティングでやっていることを大きくまとめると、「商品を知らない新規のお客さんを集める(集客)」「まずは一回利用してもらう(セールス)」「継続してもらう(リピーター化)」という3つの段階に分けることができます。

そして、ソーシャルゲーム内の機能もこの3つの段階に分けることができるのです。

活性度と集客のページ

まずは「商品を知らない新規のお客さんを集める(集客)」に関する機能

Greeやモバゲーは、アクティビティというSNS機能を持っていました。自分がゲーム内で達成した情報が、自分の友だちにも伝達されるという機能です。たとえば、「ガチャでSレアキャラをゲットしました!」みたいな情報が、友だちに伝達されるわけですね。

これ、別に友だちが同じゲームをプレイしている必要はありません。なので、ゲーム提供者側から見ると、アクティビティを用意しておけば、友だち経由で新規ユーザーに告知できるということ

新規のお客さんへの告知なので、これはプロモーション的な機能のように見えますが、実際にはゲーム機能の一部。なにせ、ガチャや戦闘など、ゲーム内の機能と連動していますから。このため、企画段階で仕様に入れておかないと開発できません。

ソーシャルゲーム内の機能がマーケテイング機能も担うといった代表例といえます。

次に、「継続してもらう(リピーター化)」機能

これは、先に書いた通り、ゲーム内でフレンドを登録したり、ギルドを作ったり、ログインボーナスをゲットしたり…といった機能が当てはまります。ゲームにアクセスしてもらうための様々なきっかけを作ることで、ゲームへのアクセスを習慣化してもらい、継続に繋げるわけですね。

収益化のページ

「まずは一回利用してもらう(セールス)」機能…これは要するに、課金してもらう機能です。

セールス…ものを売ろうとする場合、ついつい考えてしまいがちなのは、「良い商品を作ること」「価格を抑えること」。これは概ね間違いではないのですが、より具体的に考えると、次の3点になると思います。

  1. 買う理由を創り出す

  2. 期間を限定する

  3. 価格を相対的に安くする

買う理由を創り出すとは

我々が消費者として何か商品を買う時、どの商品を買うか?という判断の前に、そもそも商品を買うべきかどうかの判断をしています。まず、買うモードになるというとわかりやすいかも。

たとえば、クリスマスだと、チキンを買うモードケーキを買うモードになって、その後に「チキンはケンタッキーで買おうか、コンビニにしようか…」だとか、「ケーキは不二家にしようか、コージーコーナーにしょうか…」だとか考えるわけですね。

中には、買うモードになったことに気づきにくい人もいるでしょう。たとえば、常時買うモードになっている…という人。そのジャンルの熱狂的なファンですね。たとえば、「毎週必ず金曜日の夜はラーメンを食べる」みたいなパターンがこれ。

で、買うモードになるかどうかというのは、ある程度我々の習慣に組み込まれています。たとえば、クリスマスにはチキンとケーキ、お正月にはおせち、バレンタインにはチョコレート…みたいに。

ただ、課金アイテムについてはこの習慣が作られていないことの方が多い。とりわけ2011年ごろはそうでした。今だと、「好きなゲームでイベントがあったら必ず課金する。イベントで好みのキャラが出るかどうかによって課金額が変わるけど、少なくとも1回は課金する」なんて人もいるかもしれませんが、当時はまだまだソーシャルゲームの黎明期ですから。

ではどうすればいいのかというと、課金アイテムの内容以前に、お客さんが買うモードになるような機能を考えなければなりません。

そんなことが可能なのかと思う人もいるかもしれませんが、たとえば11月11日、「ポッキーの日」。グリコが1999年からPRしているのですが、少なくとも当初は、ぼくの身の回りであまり浸透していませんでした。「別に、好きな時にポッキー食べるし」みたいな。けど2015年くらいから、ぼくの周囲の雰囲気がかなり変わってきたんですよね。「ポッキーの日だから、ポッキー食べなくちゃ!」みたいに。これがつまり、お客さんを買うモードにできた事例です。

では具体的にソーシャルゲームでどうやってお客さんを買うモードにするのか?「ポッキーの日」と近い事例は、イベントですよね。有名コンテンツとコラボしたり、レアキャラクターの出現確率がアップしたりといったイベント。

ぼくは専門学校でゲームの企画やプログラムの非常勤講師をしているのですが、2016年くらいから、あきらかに生徒たちの雰囲気が変わってきたのを覚えています。

2007年から2015年くらいまでは、「課金アイテムなんて、物理的な形がないものにお金使う?」という、「課金するか?しないか?」という話を生徒からもよく聞いたのですが、2016年くらいから、「リリース直後や、イベントは絶対課金する。…でも、それ以外のタイミングだと課金するかどうか悩む」…みたいな感じに変わってきたのです。

ソーシャルゲームがイベントというスタイルを定着させた結果でしょう。

イベント以外の例だと、アイテムロストが挙げられます。アイテムロストとは、ゲームオーバーになると、ステージ中獲得したアイテムを失ってしまうという仕様。ただし、コンティニューすることで、アイテムロストを防ぐことが可能。

この形を作ることで、スタミナ回復アイテムを買う理由が生まれます。スタミナ回復アイテムと言うのは、ゲーム内の行動回数を回復するアイテム。

最近のゲームではあまり見ませんが、黎明期のソーシャルゲームには行動力という概念があり、行動力がないとゲームをプレイすることができませんでした。行動力はゲームプレイによって減少、回復させるには、リアルタイムで一定時間経過するのを待つか、前述のスタミナ回復アイテムを使用する必要があります。

ただ、そのままだとこのスタミナ回復アイテムはほとんど売れません。別に時間が経つのを待てばいいわけですしね。なので、アイテムロストなど、ユーザーがスタミナを回復したいと思う理由を作るわけです。

単純に課金アイテムだけを用意するのではなく、ゲーム内の仕様として、「アイテムを買う必要がある」とユーザーが思う状況が生まれるようにしておくことがソーシャルゲームでは重要だったわけですね。

期間を限定するとは

学生の課題に関する心理学の実験で、こんなものがあります。

  1. 課題の提出期限を教師側が設定する。

  2. 課題の提出期限は学生側が自由に設定できる。ただし、設定した期限を事前に教師側へ伝えなければならない。

  3. 課題の提出期限は学生側が自由に設定できる。設定した教師に伝える必要はない。

1~3のうち、学生の課題提出率が最も高くなる期限設定はどれか…という実験。

これ、ぼく個人的には2番が最も高くなるだろうと考えていました。だってさー、課題を終えるのにどれだけかかるかなんていう見積もりは、学生側じゃないとわからないじゃないですか。仮に、課題に5日間かかるとして、5日連続で時間を融通できるとは限らないですよね。バイトの都合や家庭の事情によって、とびとびでしか時間を工面できない場合だってあります。…そう考えると、教師側が勝手に、5日間で提出…と決めたところで、提出できない学生は出てくるよなーと思ったわけです。

しかし、実験の結果は「1 課題の提出期限を教師側が設定する。」が最も高くなるとのこと。実際、ぼくが専門学校で講師として設定する課題も、提出期限を生徒が決められるというスタイルのものより、こちらで一方的に期限を決めた方が提出率が高くなります

つまり、期限というのは物凄く人間の心に影響を与えます。

なので、商品販売に関しても、時間制限要素を用意することで、売り上げがアップします。いわゆる期間限定というヤツ

期間が限定されることで、「いつか買えばいいや」ではなく、「今買わなきゃ」という人を増やすことができるわけです。

まあ、ゲーマーだとSteamのセールが思い当たりますよね…。「うお!あのゲームが超安くなってるじゃん…。セール期間限定だから、まあ今買っておくか!」みたいな。

価格を相対的に安くする

これまた心理学…行動経済学の話ですが、そもそも我々は、ものの価格を相対的にしか判断できないそうです。このことを示すものとしてアンカリングというものがあります。

アンカリングは、これから商品を買おうというお客さんに、ある数値を見せるという実験に基づく心理学的効果。見せた数値の桁が大きければ大きいほど、その後のショッピングで使う金額が大きくなってしまう…という効果です。

まあ要するに、商品の価格を見た際、事前に見た数値と比べて数値が小さいと、「安い」と錯覚してしまうわけですな。逆に、事前に見た数値が商品価格より小さな数値だと、「安い」とは感じない。

なので、お客さんに商品を提示する時には、いくつかの価格パターンを用意するというのがイイわけです。たとえば、課金アイテムのジェムは1個だと300円だけど、10個まとめ買いだと2800円になるとかって形で。

他のゲームの商品価格と比べて安い/高いではなく、自分のゲームが扱う課金アイテムのラインナップ中に、安い/高いを用意する。これが、価格を相対的に安くするという手法です。

セールスメカニズムを踏まえて企画書を作成する

ここまで書いてきたとおり、単純に課金アイテムを用意すればよい…という話ではなく、ソーシャルゲームにおいては課金アイテムの後ろに、セールスのメカニズムが存在しています。

なので、企画書もこの、セールスのメカニズムを踏まえた内容にしました。企画書の内容を見ていただくと、ゲーム内でアイテムがどんな効果を持っているかという説明だけではなく、お客さんがなぜ、そのアイテムを欲しがるのかという点が説明されています。また、という単語が赤い色で強調されているのは2.期間を限定するという点を踏まえてのことです。

ミッションの説明ページ。

こちらは、ゲームのメイン部分ともいえる、ミッションを説明したページです。

2010年時点のソーシャルゲームと言えば、ボタンを押すと、達成度的なパラメータがアップし、達成度が一定値に達成するとクリア…という内容のものがほとんどでした。

コレ、現在となっては「は?それのどこがゲームなの?」と思う人がいるかもしれないので詳しく書きます。

  1. 「ミッション実行」などと書かれたボタンを押す

  2. 達成度がアップする

  3. 達成度が一定値に達するとミッションクリア

…すなわち、アップする達成度が10だとして、一定値というのが100だとすると、単純に10回ボタンを押せばクリア…というわけですね。

「は?それのどこがゲームなの?」と言われると何とも答えに困りますが、それが2010年代のソーシャルゲーム。カジュアルにパラメータのアップを楽しむという意味では、現在の放置系RPGの母といっていいでしょう。

ただもちろん、単純にボタンを押すと達成値がアップする…という以外に、様々なイベントが用意されています。

概ね、他プレイヤーとの協力を促すものですね。ゲームプレイに自然と人間関係が関わるようになっているわけです。

アリーナの説明ページ

最後が、他ユーザーとの対戦要素である、アリーナ。ソーシャルゲームの対戦のポイントは、コンプリートアイテムの奪い合いでした。

コンプリートアイテムとは、先に出たコンプリートガチャとは違います。まあ、特定のアイテムを一定数集めるとレアアイテムが手に入る…という点では同じなのですが、お金が一切絡みません

本作ではレアメタルを6種類集めると、プレミアムなレアアイテムが手に入ります。レアメタルは普通にゲームを進めるだけでランダム獲得できるので、運が良ければ普通にプレイしているだけでコンプリートできます

しかし、ランダム獲得なので、なかなか狙っているレアメタルが手に入らない。そこで、レアメタルを狙って他プレイヤーとの対戦。自分の欲しいレアメタルを保有しているプレイヤーに対して対戦を申し込めるので、効率的にレアメタルを集められるというわけです。

一方、対戦を申し込めるということは、対戦を申し込まれるということでもあります。そして、申し込まれた対戦に負けると、レアメタルは奪われてしまいます

コレ、元は(確か)Mobageの「怪盗ロワイヤル」がはじめたシステムだと思うのですが、当時のソーシャルゲームには必須といっていい機能。ほとんどのゲームが実装していました。

現代のソーシャルゲームとの違い

――というのが、「フルメタル・ジャッジメント」の企画書でした。結果としては、そこそこ利益になってくれたタイトルです。

ちなみに、ガラケーで見た際の画面はこんな感じでした!

「フルメタルジャケット」スクリーンショット

今回のこの記事を見て、ソーシャルゲームの企画って、「売ろう売ろうとする意欲が強すぎてエグイ」と感じた人もいるのでは?

実際、ガラケーからスマートフォンに時代が移り、年を重ねるにつれ、リレーションシップマーケティングの要素や行動経済学ベースの仕様は、薄くなってきたように思います。

ぼくは、これには3つくらい理由があると思っています。

ひとつは、ほとんど同じようなソーシャルゲームが短期間に乱立したため、プレイヤーに飽きられてしまったこと。

ふたつめは、スマートフォンのスペックが年々向上したことで、スマホでも家庭用機と同レベルのゲームがプレイできるようになり、エンターテインメントに対するプレイヤーの目が肥えていったこと。

そして最後に、極端に売ることへ特化したシステムは、楽しくない

もちろん、エンターテインメントビジネスなので、売ることは重要。だけど、やっぱり、基本は「楽しんだことに対してお金を払う」でしょう。

書いていてハイパー奇麗事めいているなーと自分でも思うのですが、でも「売ることしか考えていない」モノって、おもしろみはないですよね。エグみを感じるのも当然だと思います。

そういう意味で、ガラケーソーシャルゲームからのゲームの歴史は、エンターテインメントと性とマーケティングのバランスを探る歴史だったのではないかと考えている次第です。

参考事例のひとつとしてお役立てください

ソーシャルゲームに組み込まれたマーケティング技術についてやや批判的なことも書いてしまいましたが、じゃあこれらの技術が役に立たないのか?遺物か?というと、そうではありません

現在のゲームでも基本的には心理学に基づいたマーケティング技術が使われています。ただ、あまりエグくなりすぎないよう、濃度を調整しているだけに過ぎません。

なので、自分のゲームをどう売っていくかということを考える上では、「フルメタル・ジャッジメント」の解説が参考になるのではないかと思います。

現在制作中の「ドリフター・ビザール」もよろしくね!

ちなみに現在は、「ドリフター・ビザール」というインディーゲームを制作中。クトゥルフ神話と、学園モノを融合させたホラーRPG。もちろん、ソーシャルゲームではありません

クトゥルフ神話×学園モノ。
怪異に巻き込まれた学園から脱出を目指す。

進捗について毎週noteで更新しているので、こちらもよかったら見てください!


この記事が参加している募集

いただいたサポートは、ゲームの制作資金やプロモーション資金として使わせていただきます。 資金を応援いただくことで製作時間をかけられるようになり、より練り込んだおもしろいゲームを提供できるようになります!