ハーバード大学と京都大学で宇宙物理学を学んだデレクさんは、高校時代どんな勉強をしていたか。考えさせられる話。
四年前の出来事ですが、
明日の保護者ガイダンスを前に再投稿します。
今日は、スクールに、ハーバード大学で宇宙物理学を専攻し、京都大学での研究に携わっていたデレクさんが、昨年からちょうど一年後、再び、子どもたちに会いに来てくれました。
ちいさな子どもたちの質問にも、一つひとつ、言葉を選び真剣に答えてくださり、
ひとり一人にとって、何かしら感じるものがあったのではないかと思いました。
たくさん、印象に残る言葉がありましたが、
これからの時代を考えた教育を考えるものとしては、
『議論をしながら、自らの考えを深めていく』ことのベースになる学習の決定的な差をあらためて思いました。
高校での授業は、基本的に全ての教科で、ディスカッションを中心に組まれており、
ディスカッションをするために、事前に読み込まなけれはならない資料を読む時間、
また、授業で行った議論をもとに、
毎回、レポート用紙一枚ぐらいはまとめを書き、
三週間に一度ほど、一学期間に4.5回は、レポート用紙5枚分ほどの小論文を提出しなければならなかった。
何かを暗記し、それを問われるような試験は、ほぼない、
ということ。
論理的に、クリティカルに文を書き上げることを、中学ぐらいから、かなり、本格的に、
高校あたりでは、かなり、徹底的に行われている。
アメリカのイノベーションの源泉は、やはり、クリティカルシンキングであり、あらゆるテーマについて、みなで議論しながら、自ら考えるちからだ、
との言葉が、重く響きました。
日本だと、いわゆる理系に分類される、宇宙物理学専攻の彼が、
高校時代、文学を読み込み、その作品の隠されたテーマ、例えば、生と死、などについて、
テーマについて考える前に、自分たちのもつ死生観について、また、それらを考える際に妨げになっている先入観は何か、
について、多くの時間をさいたことも話してくださいました。
高校時代の学びの質や姿勢の違いに、これから、出来ること、すべきこと、いろいろ考えました。
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