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【1000字小説】ヨーグルト

カーテンがひかれたくらいリビングに、朝が来たことをいつでも光る液晶画面で知った少年が、やってきました。

もう、学校には間に合いません。

少年はそのことを、いつものように、なにも気にしませんでした。そしてだれにも咎められている気も、しませんでした。たったひとりの母親はもう仕事に出ていて、教師のことは、ばかだと思っていました。

少年はひとつあくびをしました。

少年の朝のあくびは音と気体の規則どおりに拡散したままに、リビングのしろい壁にぼんやりと当たって、もう返ってはきませんでした。

少年の朝は、ひとりでした。

少年はおなかが空いたので、朝食を取ることにしました。うす切りのパンをビニールから取り出してトースターで焼いて、ビニールは、もとの通りに輪ゴムで留めました。
そして焼きあがったパンと一緒に牛乳をコップに半分ほど入れて、おぼんに乗せ、食卓へ持っていきました。

パンをすこしかじると、やっぱり今日も少年はさびしく思いました。さびしい気持ちには、淡白な味と見ための牛乳が、よく合いました。

すると、少年はいつもの食卓の上に、一枚のメモが乗っていることに気がつきました。それを見ると、
『今日から、ヨーグルトを朝食に摂ることにしました。冷蔵庫に入っているパック容器の中にヨーグルトを作ったので、半分食べて、牛乳を足して冷蔵庫に入れなおしてください。母より』
と書いてありました。
少年は母の筆跡にすこし安心感をおぼえました。

少年は言われた通りに冷蔵庫を開け、上の段のほうにあったパック容器を取ると蓋を開けました。
パック容器には、すこし酸っぱい匂いとともに、白いヨーグルトが半分くらいまで詰まっていました。
そして、容器の内側の側面にはヨーグルトがすこし垂れるようにして付いていて、今朝に母親がこれを食べたばかりなのだということがわかりました。

少年は、同じ家で母親が朝を過ごしたことを感じて、すこしうれしく思いました。

少年はブルーの深皿にヨーグルトを移したあと、牛乳をパック容器に満たし、また蓋をして、冷蔵庫にしまいなおしました。少年は、なんだか母親と交換日記をしているように感じました。

そして、木さじと一緒にブルーの深皿を食卓に持っていき、ヨーグルトを、すくって、口に運びました。

そのヨーグルトは、すこし強すぎるような酸味と一緒に、母のやさしさと、そして、やっぱりさびしさの味も、するのでした。

読んでくださる方がまいにち増えていて、作者として、とてもしあわせです。 サポートされたお金は、書籍代に充てたいと思います。