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あれから三年。

ちょうど三年前の、2021年8月20日の仕事中に右手の薬指の先端を機械で切断する怪我をしました。

あれから、早いもので三年の月日が流れました。

わたしは、その後入院し、二度の手術をしました。
おりしもコロナが猛威を振るっていたこともあり、もちろん面会も出来ず、病院内も自由に動き回ることが出来ないような状況でした。

私にとっては、それがとてもいい休息となり、自分自身を見つめ直す時間となりました。
自分でも気づかない間に、自分がいる環境が当たり前だと思い込み、自分を責め、自分自身に鞭打つことで、自分自身が疲れ果て、正常な判断が出来なくなっていることに、少しづつ気付くことが出来ました。

ここでは、会社やそれにかかわることは書きたくないので割愛しますが、入院中もいろいろ考えさせられることがありました。

自分な何のために生きているのか、他人が自分を大切に扱ってくれないのはまだしも、それを受け入れ自分自身までが自分を大切に扱っていないということに嫌というほど気付かされる時間でした。

今思えば、絶妙のタイミングで怪我をして、自分自身を取り巻く環境から一時的に避難することが出来たと思います。

そしてそこで、触れ合う医療関係の方々と言葉を交わす中で、自分を守ってあげられるのは自分自身だけだということを思い出すことが出来ました。

他人はどうあれ、自分が自分を守ってあげられていなかったのだと気づきました。
こんな簡単なことも、そのころの私にはわからなくなっていたのです。
そして周りの人の期待に応えようと、ひたすら自分自身に鞭を打ち続けていました。
当たり前のことですが、周りの人の期待は、どこまで行っても満たされることはなく、私は、どんどん疲弊する一方です。

私はその時、怪我をきっかけに、その負のループから離れる第一歩を踏み出すことになります。

人生というものは、何がきっかけでどのように動き出すのかわからないものだと思います。
自分自身の内側から聞こえる静かな声に耳を傾ける時間を持つことがますます難しい時代になっているような気がしますが、勇気をもって、周りを気にせずに立ち止まることは、決して逃げることではないし、そもそも逃げても全然大丈夫だと思います。


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