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“たたかう本屋” No.1 寿郎社・土肥寿郎さん(北海道札幌市)


はじめに

 出版不況が叫ばれて久しい。日本のどこかで毎日のように出版社や書店がつぶれている。その中にあって懸命に戦っている出版社や書店がある。  
 このインタビューシリーズでは、そうした出版社・書店を、”たたかう本屋”と名づけ、日ごろ、何を感じているのか、話を聞いてみることにした。

 第1回のゲストは、寿郎社の社長・土肥寿郎(どいじゅろう)さん。北海道の出版業界を代表する人物(と、僕は思っている)で、いちばん会いたかった人。札幌在勤中(2006-2009)に、たまたま、ある方に紹介いただき、そのスケールの大きさに強い印象を覚えた。
 寿郎社を立ち上げるまでの壮絶な経緯については、すでに公開されているインタビュー記事(https://sincerite.co.jp/yomimono/461/ )があるので、それを読んでいただくとして、今回(2023年8月)のインタビューでは、出版を取り巻く厳しい現状を中心に伺った。それは結果的に、出版ジャーナリズムを担う者としての寿郎さんの矜持を、改めて強烈に印象づけられることとなった。

 インタビューには、寿郎さんと並んで、本の企画・編集を行っている下郷沙季さんにも同席いただいた。下郷さんの加入が、寿郎社のラインナップをより豊かに、より深くしていることにも感銘を覚えた。詳しくは後ほど。

土肥寿郎さん。
東京の出版社「晩聲社」などを経て
2000年、札幌で「寿郎社」を設立。
これまでに、およそ160点を出版  

思うような出版は全然、出来ていない

 ━━ まずお聞きしたいのは、今やっていらっしゃることへの自己評価。つまり、どのぐらい出来ているか、あるいは、出来ていないか。抽象的な質問で恐縮ですが…。
 土肥寿郎さん)抽象的に答えれば、思うような出版は全然、出来ていない。
 ━━ ああ、そうですか。
 土肥)それは自分自身に対する思いで、客観的にはちょっと別かもしれませんけど、抽象的に言えば「まだまだ」という感じです。
 例えば「どの本が、寿郎社として会心の作ですか?」と、たまに聞かれるんですけど、無いんですよ、それが。
 ━━ 無い?
 土肥)いつも新刊が出来るたびに「これは会心の作だ!」と思うんですけど、その瞬間に誤植が見つかったり、「やっぱりこうすればよかったな」とか「ここで諦めないで頑張って、もっとちゃんと編集すればよかったな」という思いが湧いてきちゃうんです。
 それがまた、次の本づくりの原動力になるのかもしれませんけど。 

毎回、「これが生涯最後の本になるかも」…

 さらに言えば、私、いろいろ持病があるんです。
 だから、最近、「今回作る本が、生涯最後の本になるかな」と思いながら作るようになっているんですよ。
 そういう意味でも、まだまだ満足はしない。それは「本の完成度」という意味で言っているんですけど、完成度とは別に、「世の中に資する」というか、「ジャーナリズムとして、出版ジャーナリズムをもうちょっとやりたい」というのはずっと思っていて、それが出来ていないことにも不満があります。

マスメディアの機能不全

 なんでそう思うかというと、マスメディアの機能不全を日々、感じているからです。テレビも新聞もボロボロですよね。伝えるべきことを伝えていない。あるいは、伝え方が非常に政府寄りであったりするわけで、その害悪の方が大きいんじゃないかって、マスコミに対して思うわけですよ。
 私は、寿郎社を起こす前、晩聲社という小さい出版社でやってきて、その社長の影響もあるんですけど、「ジャーナリズムの一角に、”出版ジャーナリズム”というものが確かにある。大手メディアに出来ないことを、小さな出版社ならやることができる」と、私は思っているんですね。
 出版ジャーナリズムという、小さいんだけど、小さいが故に、大手のマスコミでは出来ないこと…、例えば天皇制批判をしようと思ったら出来る。
 今、NHKや朝日新聞はそれは出来ないでしょう。それをやろうとすればどこかで必ずストップがかかるはずです。ストップがかかる理由は、つきつめていけば、マスコミの上層部にいる誰かの保身でしょう。

出版ジャーナリズムは「ジャーナリズムの原石」

 でも、出版ジャーナリズムは、出版社の社長さえ覚悟を持てば、いろいろ出来る。大手メディアが避けて通るような企画も、本にして流通させることが出来る。小出版社が出す本なんて誰も止められませんから。版元や書店に圧力をかけることは出来るかもしれないけど、出版業界全体に圧力をかけることは出来ない。
 そういう意味では、出版ジャーナリズムというのは「ジャーナリズムの原石」なんですね。それをもっとやりたい、本当は。
 ただ、その前にまずやることがある。それは会社としての体力をつけるということ。つまりある程度、お金を稼いでおかないとつぶれちゃいますから。それで日々、忙殺されているというか、なかなかそこまで行き着かない、という感じですよね。

SNSは出版ジャーナリズムの脅威になるか?

 ━━ 寿郎さんにお会いするのは十数年ぶりなんですが、そのころと大きく状況が変わっているのが、SNSの普及ですよね。その影響力がどれほどのものかは別にして、個人が世界に、情報なり自分の意見なりを発信できるようになった中で、出版ジャーナリズムの役割なり、位置づけなりは変わってきたのか、それとも変わっていない?

 土肥)変わっていないと思います。むしろ出版ジャーナリズムの果たすべき役割は大きくなっているようにさえ思います。
 SNSは確かに個人が世界に向けて発信できるけれども、やっぱりそれは玉石混交というか、良い情報だけでなく、間違った情報や恣意的な情報も大量に流れるわけですから、相殺されちゃって、結局、何を信じていいか分からない。メディア・リテラシーが求められる時代になってきているけれども、さまざまな情報の裏をどうやって取るかというと、なかなか難しいと思うんですよね。
 そうした中で、私が紙媒体を信じているのは、それなりにコストをかけて、どのような人が発信している情報なのかが、新聞や本という形で、担保されているからです。
 出版社の場合は、やってきた年数と出してきた本の軌跡が分かるので、そこでやっぱり信頼してもらうというんですかね、そういうのはあると思います。だから、出版はまだまだ大丈夫ではないかと思っています。
 私は、SNSを宣伝や告知に使っていますが、ウチはSNSがあろうとなかろうと、それほど関係ないかもしれない(笑)。
 そりゃ大手の出版社だったら電子書籍の影響とか、かなりあると思いますが…。特に漫画とか雑誌は全然売れなくなりましたから。

出版は、毎回、万馬券を買うようなもの

 寿郎社は毎回、一発勝負の単行本でやっている。博打打ってるようなものですから、単行本って。毎回、万馬券を買って外れているというか(笑)。
 きちんとした単行本を作るのって、一冊だいたい150万円ぐらいかかるんですよ。印刷とか校正とかデザインとか…。ものによっては300万とか500万かかる。その製作費は前払い。出すたびに借金しているようなものです。
 

「たたかう本屋」としての同志

 ━━ たった一人で本を出版する、いわゆる「ひとり出版社」とか、小さくても志のある出版社は、決して多くはないかもしれませんが全国にあると思います。その中で、寿郎さんがお互いに刺激を与えあう、同志のような人というのはいますか?

 土肥)同じころに始めて、やがて潰れて、自己破産したり行方不明になった人ならいますが…(笑)。

 ほぼ同時期に始めた出版社で、つきあいがあるのは、例えば「フリースタイル」(東京:代表・吉田保さん)、「荒蝦夷」(仙台:代表・土方正志さん)ですかね。特に土方さんは北海道出身で似たような経歴なので、何かと相談しあうことが多いです。 

自費出版も、立派な寿郎社の本!

 ━━ 先ほど、「ある程度、お金を稼いでおかないとつぶれちゃう」という話がありましたが、寿郎社が出す本は本当にやりたいものだけですか? それともお金を得るために、いわば”小遣い稼ぎ”としてやっているものもあるんでしょうか? あくまでも、そういうものはやらないスタンス?

 土肥)「良い本であればやる」というスタンス、かつ、「寿郎社でしか出せない本を出す」というスタンスでもあります。
 今、どの出版社も「売れないけれど、これはいい本だから出す」という判断はあまりしなくなっていて、どうしても「ヒモ付きで売れる本」とか「他社で売れている本の二番煎じの本」になりがちですよね。

 さらには「自費出版」。
 もはや大手だろうとどこだろうと、自費出版の部門を設けてやっていますよね。ウチもやってます。
 でも、「自費出版」のような筆者に費用を負担してもらう企画でも、内容も体裁も、寿郎社にしか出せない本にまで高めて出すことを目指しています。
 だから、まったく見どころがない原稿は別だけど、文章が荒かったり、いろいろ物足りなくても見るべきところはあるというか、磨けば良くなるものは本当に磨くんです、一生懸命。
 ━━ 一緒に原稿見て、チェックして?
 
土肥)下手したら全部こっちで書き直しちゃうぐらいの勢いで(笑)。とにかく寿郎社の本として恥ずかしくないものを出す。それが他の出版社の自費出版の部門とは多分、非常に違っている点ではないかと思います。

寿郎社が制作費の一部を負担することも ━ 『安保法制違憲訴訟』の本

 ━━ そういう制作費を出してもらって作った本の中で、印象に残っている本はありますか?
 土肥)いっぱいあります。最近のもので言えば、『〈戦争法制〉を許さない北の声  ━ 安保法制違憲北海道訴訟の記録 』。

 安保法制違憲訴訟というのは、全国25か所で訴訟が提起されましたけど、そのうち北海道で行われた2017~2021年の訴訟の記録です。最高裁まで行かず、高裁で負けて終わるんですけど、「その記録を全部、本にしたい」ということで寿郎社に話が来た。制作費を出してもらって出版しました。

 ━━ これが自費出版なんですか?
 
土肥)高崎暢(とおる)さんという札幌弁護士会会長だった人を中心にした弁護団と、道内の原告418人が、「北海道訴訟の会」というものを作って裁判を戦ったんですが、その132人分の陳述書を中心に、ニュースレターや関連年表、裁判資料を、A5判794頁、税込4950円のゴッツい本にまとめました。
 実は、負担していただいた費用は、制作費としては少々足りなかった。でも足りない分は寿郎社が負担しました。「寿郎社も思いは同じ」ということもありまして。この裁判の記録は、過去のものじゃなくて、今の「反戦運動」にも役立つものだと信じているからです。

新聞の全国版に広告を打つ

 それで、朝日新聞の全国版にも広告を打ったんですよ。もちろん、寿郎社の負担で。

売れないことは覚悟しているが…

 でも、広告を出したからといって売れる本ではない。それは最初から分かっているんです、元は取れないことは…。でも、広告は世論づくりとしても機能するので打つ。 
 全国の読者からの反応としては「こんな本が北海道から出ているの知らなかった、目録を送ってくれ」とか…、2,3人から反応があっただけ(笑)。
 それから、一時的でも書店に置かれているということが大事なんですよ、世論づくりとして。本屋さんも「これは値段が高いし、あまり売れないな」と思いながらも置いてくれるところが結構ある。こういう本を意気に感じてくれる書店員は、全国に少数ですが、いるんですよ。

20年以上、続けられたのはなぜ? ~ 家も売ったりしながら

 ━━ 先ほど、自己破産したり行方不明になった人もいる、という話があったんですけど、寿郎社さんが、そういう中で20年以上やってこられたのは何故と思われますか?
 
土肥)うーん、どうなんでしょう…。諦めなかった…、諦めが悪かったからじゃないですか。
 さんざん借金をして周りには迷惑をかけてきましたけれど、家を売ったりしながらなんとか返してきた。
 普通だったら、その前にやめると思うんですよね。
 まあ、今もまだ借金はありますけど…。

20年以上、続けられたのはなぜ? ~ 何かを信じる力

 あと、あえて言えば、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』ではないけれど、「何かを信じる力」が私にあったからだと思います。「何か」というのは、いろいろですが、例えば「自分」だったり「正義」だったり「本の力」ですね。「根拠のない自信」と言い換えてもいいかもしれません。

信頼は、出版した本からしか生まれない

 結局、出版社の信頼は、出した本を見てもらうしかないんですよ。それで認めてくれて応援してくれる人が現れる。新たな著者も含めて。金を貸してくれる人、本をたくさん買ってくれる人も…。いろいろな人が助けてくれますけれども、なぜそうしてくれるかといったら、やっぱり出してきた本を見てのことだと思うんですよ。つまり、変な本で稼ごうとしたり…まあ変な本もなくはないんだけど(笑)。でも、基本としては、世の中を少しでも良くしたいということでやってますから。それが伝われば、思わぬところから援軍が現れる ━━ と実感として思いますね。創業して10年過ぎたころから、それを感じ出しましたね。

すい臓を壊して断酒 二日酔いの毎日からの解放

 そんなふうにしてやってきましたが、失ったものは金ばかりでなく健康もですね。体はボロボロですわ。
 酒の飲み過ぎで、すい臓を壊して手術して、それから酒を飲んでいません。13年間、飲んでいないですね。それまでは、まあひどかったですよ。アル中ですよ。
 今はもう飲んでないです。飲んだら切りないから。

 ━━ 飲まなきゃ飲まないで、なんとかなるもんですか?
 
土肥)なんとかなる。それまでは夕方になったら飲み出すでしょう。で、飲み出すとトコトン飲むからね。午前0時過ぎても飲んでいる。で、次の日は午前中は必ず二日酔いなんですよ。それが当たり前の生活。で、大体、エンジンが掛かってくるのが午後から。「よしっ!」て、気力が充実してきた頃にまた飲み出すわけだ。そういう恐ろしいサイクルがあったんですけど。  
 飲まなくなりびっくりしたのが、朝起きても二日酔いでないという人生を初めて体験して、「なんか、すごくいいな」って(笑)。朝から仕事ができる、というのが驚きでしたね。「こんなに出来るんだ!」。
 ━━ 生産効率、ずいぶん上がった?
 
土肥)(笑)すごく上がったと思いますよ。
 ━━ 出版点数も?
 土肥)そうそう。
 ━━ 本当ですか!?
 土肥)いや、本当ですよ。

「ふたり出版社」になったこともあり、出版点数が増える!

 土肥)10年目ぐらいまでは、1年で多くて4、5冊出版していました。1人で編集できるのはそれくらいだった。
 でも、酒をやめてからは7、8冊。
 下郷が入って8年経って今、9年目か? 彼女も本を作っているんで、去年は9冊作ったかな。

2015年に下郷沙季さんが入社。
「ふたり出版社」となった。

 下郷沙季) 今年はさらに多いんですよね。
 土肥)8月までに7冊作っている。今年はあと4冊出したい。

 ━━ 少し話は変わりますが、寿郎社の出す本には、寿郎さんが「こういうものを作りたい」と思うものと、持ち込みと、両方あるわけですよね?
 
土肥)あります。自分でこういう本を作りたいと思って著者を探してやる場合もあるし、この人の原稿を本にしたいと、こちらからラブコールを送る場合もあるし、さっき言ったように持ち込みもあるし…。
 取っ掛かりは、どうだっていいんですよ。それでどういう本ができるか?  
 制作費を出してもらう本だって、さっきも言ったように、磨いて磨いて良い本に出来れば、それも寿郎社の代表作になり得ます。

アイヌ財団の助成で作った本

 土肥)あと「アイヌ文化振興・研究推進機構」【現・アイヌ民族文化財団】の出版助成を使って出した本もある。アイヌに関する本の助成金150万円というのを使って、5、6冊、出してますよ。例えば『アイヌ文化の実践』(上下巻)。

 土肥)この本なんかは、助成金がなければとても出せなかった。
 「ヤイユーカラの森」という、アイヌも和人も一緒に学ぶアイヌ文化を実践する会があって、そこの20年分の会報をまとめた本なんですよ。先住権の問題とか、今、話題になっていることを先見的に取り上げでいたので、今から思えば、かなり先鋭的な本になっていると思うんですが、当時は「会報を記録として残したい」という話だった。しかし「これはどう考えても売れない」と。今と比べると全然アイヌは注目されてない時代ですから。
 それでいろいろ相談して、どうも「アイヌ文化振興・研究推進機構」(現・アイヌ民族文化財団)という財団法人がアイヌに関する本の出版の助成をしているらしいということで、一生懸命、申請書を書いて、2年連続で助成を受けて、上下2巻で出した、そういうパターンもあります。

  あと、大学による助成というのもあって、大学の先生が大学に申請すれば、出版に関して助成金が出る。そういうものを使って本を出した人もいる。

企画会議は、やる必要がない

 ━━ どういうパターンであれ、当然ながら、寿郎さん、あるいは、寿郎社が良いと思わなきゃ作らない、ということでしょうけど、そもそも「企画会議」というのはあるんですか? 今は2人ですけど、1人の時は頭の中で会議していたんですか?
 
土肥)そうですよ、「ひとり企画会議」です(笑)。「タイトルはこうだ」、「いや、それは売れないだろう」、「じゃ、どうすりゃいいの?」「何をここにくっつけたら売れるんだ?」という「ひとり企画会議」をして…。
 「ふたり出版社」の今は、例えば下郷が「これを出したい」というものがあれば、電話が多いんですけど、2人でいろいろな角度から意見を出し合って、「じゃあ、やってみるか」と(笑)、それが企画会議です。

 ━━ じゃああんまり、「会議」、「会議」って感じでやらないで?
 
土肥)やる必要がない(笑)。普通の出版社だったら、企画書を作って、月1回、編集長以下ずらっと並んでやるんでしょうけど、2人しかいないから。
 それでなんていうかな、「寿郎社で出すべき本」、「出しちゃいけない本」というのは共通認識として既にあるので、後はじゃあ、どれだけ売れるか売れないか、売れなくても出さなくてはいけない本なのか、ということを確認するだけでいい。企画に対する基本的な認識のズレは、あんまりない。
 だから、やるときは「じゃあやろう」って、一瞬で決まります(笑)。

 ━━ 今までに、下郷さんが「出したい」と言って、寿郎さんが大反対したんだけど押し切った、とかそういうことは特に?
 
下郷)ないです。
 ━━ 大体、一致するものなんですか?
 
土肥)まあ、だいたい(笑)。

「売れる本」担当 「売れない本」担当

 土肥)でも最近、寿郎社の売れている本というのは大体、下郷の考えた企画なんですよ(笑)。
 下郷)「やらなきゃいけないもの」を土肥さんがやって、私が「やりたいもの」をやらせてもらうことが多いんで、結果的に…。
 土肥)下郷が「売れる本」担当で、私が「売れない本」担当(笑)。

寿郎社に入ったきっかけ

 ━━そもそも、下郷さんはどういうきっかけで、寿郎社に入ろうと思われたんですか?
 下郷)学生のとき、寿郎社から本を出された野村保子さんという方と知り合って。
 土肥)野村さんは『大間原発と日本の未来』という本を書いた、函館のフリーライターです。


 下郷)保子さんから「寿郎社が学生のアルバイトを探しているから、面接に行ってごらん」と言われて、「なるほど」って。出版で食べていこう、というつもりは全くなかったんですけど。
 ━━ それはいつ?
 土肥)2015年。
 ━━ 最初から、企画もやってもらおうということで?
 土肥)いやいや、最初は雑用です。掃除とか洗い物とか、おつかいとか原稿の入力とか。あとは本の発送とか…。

最初の本は「アカハラ」がテーマ

 ━━ それが、どうして本を作ることに?
 土肥)最初は何だっけ? 『アカデミック・ハラスメントの解決』かな、最初に作った本は?

 土肥)アカデミック・ハラスメントが一般的にはあまり知られていなかった時期から、先進的な取り組みをしている人たちが広島大学にいて、その人たちを下郷が見つけてきた…。
 下郷)大学運営の界隈ではアカデミック・ハラスメントはすでに認識されていたのですが、対策としてはまだまだでした。そこで広島大学の北仲さんと横山さんに執筆をお願いしたんです。

 ━━ お二人は、大学の先生でいらっしゃる?
 下郷)そうです。当時、ハラスメント相談室は他の大学にもあるにはあったんですけど、ハラスメントの相談のために専任の大学教員ポストを置いたのは広島大学が初めてでした。
 土肥)北仲さんと横山さんのことを知ったきっかけは、アカハラのことを書いた論文をなにかで読んだことだったっけ? 
 下郷)いや、講演を聞きに行って知りました。札幌に北仲さんが講演に来たときに。正確に言うと、講演会を主催した研究者のグループから、自分がやっていた社会運動のグループに対して「協賛になってほしい」という話があって、で、見に行ったら面白かったので、「本に出来たらいいな」と…。
 土肥)私も、アカハラについてはまだ他に本がないから行けるんじゃないかと思って、「すぐに北仲さんと横山さんに会って来て」と言って、広島まで会いに行ったんだよね。
 下郷)でも、ちょっと出すのが早かった。
 土肥)確かに出すのが早かったのかもしれない。でも、少しずつ注目されてきてはいる。
 下郷)今これから、かもしれません。もっとアカハラが話題になっていくのは。
 土肥)ついでに言っておくと、装幀は水戸部(みとべ)功さんという東京の売れっ子の装幀家なんです。この人にも下郷が初めて頼んだ。装幀にも力を入れました(笑)。

北大ダークツーリズムの本がヒット

 ━━ 先ほど、もっぱら売れる本は下郷さんの方だ、というお話だったですけど、そういう意味でヒット作は、どの本になるんですか?
 土肥)『北海道大学もうひとつのキャンパスマップ ――隠された風景を見る、消された声を聞く』。

 土肥)これは売れた、と言っていいでしょう。
 下郷)そうですね。もう在庫がないんで重版します。
 土肥)これのきっかけは何だっけ?
 下郷)小田博志さんという人類学や平和研究をされている教員が北大にいて、もともと知り合いだったんですけど。北大が積極的に言いたがらないような、いわゆる”負の歴史”についての情報を書き込んだ一枚のマップを小田さんがネット上で公開しているのを知ったんです。
 土肥)もともと、北大の正規のキャンパスマップがあったんですね。観光客とか学生がそれを持ってキャンパスを探訪するという…。それに対して、”もうひとつの”マップ。

 ━━ キャンパスの?
 下郷)はい、キャンパスのマップです。ここにアイヌの方の遺骨があって、とか、「宮澤・レーン事件」で宮澤弘幸さんが取り押さえられた場所はここ、とか。それをもうちょっと膨らませたり、学生や教員と手分けしてそれぞれの地点ごとに文章を書いたりして、『北海道大学もうひとつのキャンパスマップ』という1冊の本にした。
 土肥)これは売れましたよ。本を手にキャンパスツアーもやってね。  
 下郷)NHK札幌放送局も取材に来ました(笑)。
 土肥)ローカルニュースになった。
 下郷)本当はこれを皮切りに、いろいろな大学の暗い歴史の掘り起こしの流れが出来たらいいと思うんですよね。なかなかそこまで出来ませんが…。
 ━━ 東大は、いっぱいありそうですよね。
 下郷)京大とかも。

今、もっとも大事にしていること

 ━━ 今日は、ありがとうございました。最後の質問です。今、いちばん大事にされていることは、どんなことでしょうか?
 土肥)さっきも言いましたけど、「次に出す本が、私の人生最後の本かもしれない」と思って、いろいろな制約がありますけど、その中で最大限努力して、良い本を作っていきたいです。長く読み継がれ、世の中に資する本を。
 ━━ 具体的に、これ、というテーマは?
 
土肥)今、いっぱい動いています。でも、次は何になるかな…。
 ━━ 言えないことは、「言えない」で構いません。
 
土肥)出てからのお楽しみ、ということで。

アイヌと原発の本は、常に出したい

 土肥)最後にもう一言。アイヌ関係と原発に関する本については、売れようと売れまいと、常に出していきたいと思っています。今、そこまで企画がないんで、年に一冊とはいきませんけども
 アイヌと原発に関しては、まだまだ足りないと思ってんですよ、世に出てくる本の数が。いずれも未開拓の切り口がまだまだあるはずなんです。さっきも言ったように、それを出版ジャーナリズムとして、やり続けないといけない。

 土肥)原発に関していえば、3.11が起こった時の報道のひどさは未だに忘れられなくて、「もうこれじゃダメだ」と、あの時から寿郎社は、”反原発出版社”として生きようと思った。変な出版社だとしても、それを今後も続けていきたいです。

 “侵略者”の末裔としての“落とし前をつける”

 土肥)アイヌに関しては『ゴールデンカムイ』という漫画の影響で、ここ4,5年はものすごいアイヌ関係の本が増えたし、いずれも売れ行きはよいようですが、それまで、5、6年前までは全く売れない状況でしたから。


 『アイヌ文化の実践』を出した10年ぐらい前は、本当に売れなかったですよ。今、売れてますよね、ちょっとずつ。でもまあ、売れようと売れまいと、アイヌ関係はまだまだいろいろな切り口とか、言われていないことがたくさんあるから、とにかく出す。北海道の出版社である限り、そこを無視していては駄目だろう、と思うんですね。つまり、”侵略者”の末裔としての”落とし前をつける”というか、そんなふうな意識が私にはあります。

『ゴールデンカムイ』のヒットはどう思う?

【連載完結記念『ゴールデンカムイ展』(函館会場)】より

 ━━ 寿郎さんは『ゴールデンカムイ』のヒットについて、どう思われてるんですか?
 土肥)よかったと思いますよ。そりゃ言おうと思えば、いろいろ突っ込みどころはあるんでしょうけど、アイヌに対する関心は飛躍的に高まったから。「アイヌ文化振興法」なんていい加減な法律を作るより、よっぽどいいと思いますよ。そこを入り口にしてアイヌ文化のことを考える、という意味で。
 下郷)本当に入り口なんでしょうけど。
 土肥)そこから、寿郎社のアイヌ関係の本を読んでもらって、アイヌの現代史などについてもっと知ってもらいたいと思います。表層的なところだけじゃなく。

 土肥)例えば、最新のアイヌの本『海のアイヌの丸木舟』は、ぜひ多くの『ゴールデンカムイ』ファンに読んでもらいたい。遺骨問題から何から、戦後のアイヌを巡る問題のすべてが、これを読めば分かりますから。

 下郷)『ゴールデンカムイ』のファン2人から「アイヌって、本当にいるの?」って聞かれたことあります。
 ━━ 北海道の人ですか?
 下郷)2人とも北海道じゃない。読んで大ファンでもそのレベルか、と思って…。やっぱり、入り口に過ぎない…。
 ━━ アイヌの存在自体がフィクションだと思っている?
 下郷)昔いて今はいない、と思っている。 
 ━━ ああ、そういう意味ですか。
 土肥)そういう言説がネット上では流布していて、「アイヌはもういない」とか政治家だって言ってるんですから。だから「そうじゃないよ」ということから知っていかないといけないわけですね。そういうことも含めて、アイヌの現状がよくわかる本ですから。

出版文化の可能性を考えたい

 ━━ 分かりました。下郷さんが今、一番力を入れていらっしゃることは?

    「出版文化の可能性」。下郷さんが中心メンバーの一人となって手掛けている公開講座。オンラインでの受講も可能。10月以降も月1回程度のペースで継続の予定。

 下郷)コロナ禍以前は、札幌の出版社、道内の出版社の繋がりが今よりもはっきりとあって、定期的に顔を合わせたりイベントをやったりしていたんですけど、それが途絶えてしまった。コロナ禍の直前には、すごく大きなイベントを用意して、5000人ぐらい見込んで会場も借りて、万全だったんですけど…。

 とりあえず、この「出版文化の可能性」をやって、横のつながりを取り戻しつつ、今後の方策を考えたい。
 これは参加者に向けて「一緒に考えてみましょう」という態になってますけど、私自身もちょっと考えたいと思っています。

 ━━ なるほど。今日は、お二人ともお忙しい中、ありがとうございました。


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