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“たたかう本屋” No.2 いろは書店(石川県珠洲市)[その2]~ 能登半島地震からの再生

2024年1月1日、能登半島を襲ったマグニチュード7.6の地震。

「いろは書店」は1階が完全に潰れてしまった。

家族全員がご無事とわかったが、その後、なかなか情報が入らず、やきもきしていた。

6日(土)、店主・八木久さんの息子・敦成(あつなり)さんがラジオに出演。現状と地震発生当時の様子を語った。

命が助かったのは、まさに奇跡だったことが明らかになった。

「地域の文化を守るためには、書店がないと駄目だ」 ━━ 去年の10月、そう語ってくれた2代目店主の八木久さん。

店主の八木久さんと妻の留美子さん。

幸い、家族全員がご無事だったことは、地震の翌日に発信された「いろは書店」のX(旧Twitter)で知った。

その後、これといった情報がなく、案じていたところ、

久さんの息子・淳成(あつなり)さんが、ラジオに生出演していたことがわかった。

6日の土曜日、ニッポン放送で流れた『サンドウィッチマン ザ・ラジオショー サタデー』という番組。

そのことを知ったときには、すでに放送は終わっていたが、[radiko (ラジコ)]で聴くことができた。​

珠洲の「いろは書店」の前にいる淳成さんと、
東京のスタジオのサンドウィッチマンが、
電話(?)で話す、というスタイル。​

被災地の状況がよくわかった。

​▽ 家族は避難所で暮らしている

▽ トイレは、仮設トイレ。皆、綺麗に使おうと気をつけている

▽ 食事は、皆で工夫。飲食店が食材を提供したり、お互いに分け合ったり…

▽ 金沢に近い地区から電気は徐々に復旧している。「いろは書店」のある飯田町はまだだが、間もなくか?  
  ※6日時点の情報だから、もう復旧しているかもしれない


地震発生当時の話も生々しかった。

▽ 淳成さんは2階にいて、他の家族は1階にいた

▽ 1階の奥に物置があって、父の久さんが懐中電灯を取りに行った

▽ 「そっちに行っちゃ駄目だ」と、家族みんなが追いかけ、物置へ

▽ そのとき、家が崩れ落ち、1階部分がぺしゃんこに

▽ ただ物置だけが崩れなかった

もし、久さんが懐中電灯を取りに物置に行かなければ、1階の家族みんなが下敷きになっていたかもしれないのだ・・・。

書店の入り口側から撮った写真。見えないが、画面の奥に物置があると思われる。 この写真は去年、つまり2023年5月5日、震度6強の地震が珠洲市を襲った翌日に、店の公式SNSにUPされた写真。このときは、大きな被害にならなかったのだが…

淳成さんの話は、当然ながらシリアスなものが多かったが、随所に笑いもあった。

​例えば、

​淳成さんが、避難所では町内会の尊敬する先輩方と一緒で、

​「何かと支えられています」

​と話すと、サンドの伊達さんが

​「尊敬する先輩方も、ずっと一緒にいると、しんどいですね」

​すると、淳成さん、

​「あのう…普段から一緒にいて、だいぶ、しんどいんですよ」


これには、皆、爆笑。

​​

他にも、思わず笑ってしまう箇所があった。

​radiko (ラジコ) は、放送から7日間(13日の土曜日までか?)は聴くことが出来るということなので、詳しくは、ぜひ、そちらでお聞きください。

​これほどの惨事にあっても、ユーモアを失わない淳成さん。

さすがは久さんの息子さんだ。

​​

それと、サンドの伊達さんがスゴいんだ。

「尊敬する先輩方も、ずっと一緒にいると、しんどいですね」

もそうだし、

「あの…ちょっと、頑張って面白くするの、やめてもらえます?」

とかツッコんでて、

字面だけ見ると失礼な物言いだけど、音で聴くと決してそんなことはない、

ツッコミに愛が溢れている!!​

富澤さんも、言葉少ないけど、寄り添っている感じが伝わる。

​「トイレとか、どうされてます?」

​と、訊いたのは富澤さんだ。

​東日本大震災のとき、気仙沼で、自身が被災しているお二人だけに、被災者の置かれた状況がよくわかるのだろう

最後に、八木淳成さんの言葉を紹介する。

「被災して、今でも大変な人たち、いっぱいいます。

​僕たちだって、本当に踏ん張らなきゃいけなくて、気を緩めるわけにはいかない。

​だけど、目はちゃんとしっかり前を向かなきゃなって思ってます」

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