児童心理学から見る『SPY×FAMILY』のアーニャ

『SPY×FAMILY』は遠藤達哉による漫画、及びそれを原作としたアニメです。
劇中には凄腕スパイのロイドさん、殺し屋のヨルさん、超能力者のアーニャ、予知能力ができる犬のボンドが出てきます。
それぞれがお互いの正体を隠して偽装の家族を演じるというホームコメディです。

アーニャは孤児でしたが、任務のためにロイドさんに拾われ、ロイドさんの実子のように振る舞います。
6歳と偽っていますが、実際のところは4、5歳程度だと思われます。
アーニャのような年齢の子どもをフロイトによればエディプス期と言います。この時期の子どもは幼稚園や保育園での生活が始まり生活の場がぐっと広がる時期です。
母親と自分という二者を中心とした関係から、三者の関係に広がるのです。
そして子どもの心の中がより複雑に成長していきます。三者関係の中で嫉妬心や疎外感を経験し、より複雑な人間関係に対処していく方法を学んでいきます。
この時期の子どもにとって大事なことは自分の万能感への諦めを経験することです。
自分にはできないことがあることを知り、「今はできないけれどスキルや知識を身につけること(大人になること)でできるようになる」という希望を持てることが重要です。
アーニャは当初超能力を使ってその場しのぎなことばかり思いつきますが、ロイドさんやヨルさんのケアのおかげで徐々に努力すればできるようになるということを学んでいきます。
アーニャはロイドさんの任務のため自分より年上でなおかつ経済的には雲泥の差のお金持ちの子たちが通うイーデン校に行きます。
そこでアーニャはいじめを受けて呪術廻戦の黒閃並のパンチをいじめの主犯格であるダミアンに食らわすのですが、これはアーニャの年齢を考えると正常な反応といえます。
この年代から徐々に子どもたちは自分の同級生をライバル視し競争を始めるのです。
むしろ劣悪な孤児院にいたアーニャが正常な発達を遂げていることが素晴らしいのです。
その後、アーニャにとってはとても重要なことが起きます。
アーニャはその後も殴り飛ばせばいいという場面に出くわしますが、アーニャの友達であるベッキーがそれに気づき止めます。ベッキーの叱り方も適切です。
ベッキーは「先生に怒られるわよ」とか「ばれるわよ」という注意の仕方をしません。
きちんと殴ることはいけないとアーニャに教えるのです。
「先生に怒られる」という注意の仕方は一見効果的ですが、あくまで外発的動機づけにしかならず、悪い場合は自分の評価を下げたくないという目標(遂行目標)を抱いてしまいます。
遂行目標を抱いた場合どこかの段階で無気力になることがあります。
そうなると非社会的行動や反社会的行動に結びつく可能性もあります。
ずっと孤児で育ってきたアーニャにとってこのような対応ができるベッキーという存在は貴重だと言えるでしょう。
アーニャの学校の先生もいい先生です。
ヘンリー・ヘンダーソン先生は厳しくもあり、優しい面もあります。
これは単にアメとムチを使い分けているわけでありません。
先生は子どもたちが変われる存在だと希望を持ち続け、そのために良い関わりをしたいと思い、粘り強く働きかけようとしてくれます。
このような態度を示すことをピグマリオン効果と言います。
先生のこの態度はアーニャにだけ向けられるものではありません。
他の子どもたちにも向けられています。
ダミアンは父に評価されたいために勉強や学校での活動を頑張っている子です。
このような目標は遂行目標であり、自分の力の強さを誇示するために目標を持つことを自我関与の状態といいます。
ヘンリー先生はダミアンやダミアンと仲の良い子どもたちを学外活動に連れ出し、普通ではできない経験をさせます。
こうしてダミアンをストレスから開放し、学ぶことの楽しさを体験させているのです。

アーニャの周りにはロイドさんやヨルさん以外の大人もいます。
ロイドさんの友人もじゃもじゃです。
もじゃもじゃは実はロイドさんの仕事仲間で、裏の人間なのですが、ロイドさんとヨルさんがデートに出かける際などはアーニャの子守を任されます。
一見ロイドさんは子育てを他人に任せて自分は遊びに行っているように見えるかもしれません。
しかしそうではありません。
自分の父親も時には他人の手助けが必要であることを知るいいきっかけになります。
アーニャはロイドさんのこのような行動を見て、他人に助けを求めるということを学ぶのです。
そして父と母にも家庭を離れてイチャイチャする時間が必要であることを学びます。
さらにロイドさんともじゃもじゃの関係性を観察することで友情のモデルを学ぶこともできます。
もじゃもじゃはロイドさんに家庭のことについて意見をすることがあります。
単にアーニャの遊び相手という以上のことをもじゃもじゃは担っているのです。

ヨルさんの弟ユーリもアーニャにとっては欠かせない存在です。
ユーリはアーニャに勉強を教えます。
それだけでなく勉強をする意味も教えてくれます。
これによりアーニャは勉強をすることで自分も誰かを救えるかもしれないとか成りたい自分になれることを学びます。

勉強を一生懸命やったアーニャは実力で赤点を逃れます(30点台をとる)。
これに対してロイドさんはアーニャの努力を認め、ヨルさんは褒めます。
アーニャはまるで満点を取ったかのように誇らしげです。
アーニャのこの表情は発達を考えれば間違っていません。
4歳くらいの子どもは10問問題をやらせて3問できたらまるで全問正解したかのような気分になるのです。
これは4歳くらいの子どもは自分がどれだけできているのかという客観的な認知(メタ認知)が十分ではないからです。
ロイドさんは誇らしげなアーニャを見て呆れますが、むしろアーニャの年齢を考えると正常に発達しているといえ、劣悪な孤児院で育ってきたことを考えると誇るべきことと言えるでしょう。
アーニャはこの他にもロイドさんの上司であるハンドラーにも会います。
ハンドラーにボンドを連れて行かないでとお願いをします。
ハンドラーはアーニャの気持ちを汲み、任務に支障もないのでボンドをアーニャに渡すことにします。
ハンドラーにはかつてアーニャと同い年くらいの娘がいたことがわかっています。
アーニャはハンドラーとの交流を通して自分の気持ちを伝えれば自分の願いが叶うことを学びます。
もちろん世の中そんなことばかりではありませんが、そういう体験を積んでいくことはとても大切なのです。

アーニャは様々な人と関わりながら次第に自分が努力すれば世界平和が訪れることを認識し、自分なりに努力をします。
これはアーニャの向社会的行動が養われていると言えます。

このように『SPY×FAMILY』を観察すると、子育ての大切なことが見えてくるのです。

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