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これからの時代の生き方・働き方

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教員を退職して、地方移住して、我が子の不登校に向き合って、起業して、教育の活動をして、実際にこれまでの生き方・働き方をアップデートする行動をしながら見えてきたものを書いています。
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#自己理解

もっと自分を発揮していこう!

あなたはあなたのままでいい わたしはわたしのままでいい 私の根底には、これがあります。 いわゆる  「自己肯定感」 能力の有無は関係ない 短所があっても、どんな自分でも 無条件に自分の存在を肯定できている状態 これは人生を豊かに生きていくために とても大事なものです。 大人にも、こどもにも。 ありのままの自分でいられないつらさを 味わったからこそ ありのままの自分でいてもいいという これ以上ない幸せを知っています。 だけど 私にとって、これは ゴールではあり

「生き生き」の取り戻し方

うちには 11歳になる ミックス犬がいます。 ダックスとマルチーズのミックスで マルックス。 名前は、タビスケ。 (この名前に、いつも二度見ならぬ、  二度聞きされます。笑  珍しいんですかね?) 毎朝散歩に行きます。 夏真っ盛りの暑い日は 5時台にいっていたけど 秋に差し掛かった今 (といっても残暑きびしい) 息子に「いってらっしゃい」したあと 7時40分くらいにいくと ちょうどいい感じ。 今日も歩いていたんだけど ほんとに生き生きしていて。 私にとって 「生

無理をするな、素直であれ。

今朝、娘とみたEテレの 「にほんごであそぼ」 で取り上げられていた言葉。 ほんと、 この言葉に尽きる と思った。 教員時代は 「無理」していた。 それで持続不可能になった。 素直=ありのまま と解説していたけど ありのままでいられる場所がなかったなぁと思う。 子どもの前でも職員室でも いつもいつでも 「先生」という全身スーツを着て 息苦しかった。 素直になれていたらなぁぁ まあでも、 それがあったから そこから生き方を変えて 素直になろうとして 無理してる自

心にまっすぐ生きるための、私の整え方

自分の活動が 「痛み」からのものなのか 「願い」からのものなのか おそれからか 愛からか とも言うけれど それを立ち止まって考えてみる。 表裏一体のものなので 境界線が曖昧だったことに 気づけた。 痛みが元になってると 違和感あるし 気づかないでズルズルやってると 苦しくもなるほど。 こうして立ち止まるって 本当に大事。 「願い」が明確に言語化できると ぜんぜん違うし さらに それを誰にでもわかるように 伝えられるようになると ものすごく軽くなる。 そこん

ライフワークとは

教員を辞めてから知った言葉。 働き方にもステージがあって ライスワーク ライクワーク ライフワーク というのがある。 ライスワーク 食うために働く。つまり生活のための仕事。中身の充実は関係ない。 ライクワーク 一方で、好きな仕事をするのがライクワーク。子どもが好きだから保育士や学校の先生。動物が好きだからペットショップ。 そして ライフワーク 仕事もプライベートも分けず、自分の使命と思える仕事。天職。 私は完全に「ライスワーク」だった。 食うために働く、とい

自分だからこその価値とは

私は、 「自分だからこそ」とか 「自分の価値」 という言葉をよく使うのですが すごく大事にしています。 それは 「自分には価値がない」 「自分には個性や専門性がない」 そこへのコンプレックスが 強かったからだと思います。 私は元教員なんですが 周りの先生たち、 個性的で「自分」を持っている人が多かった。 先生という仕事への情熱も。 一方で、私は 想いは半端だし これが強みです、と胸張って言えるものもないし 専門教科も上手く磨けてない そんな状態でも いっち

人生の迷子をちゃんと乗り切ろう

働き方に思い悩み 子育てに行き詰まり 夫婦関係もなんか悪循環 いろんなことがきっかけで 「人生の迷子」になる瞬間がある。 迷って迷って 結局何も変わってないと ほんと嫌になるし ちょーカッコ悪い自分に感じる。 でも思うんです。 人生の迷子 それは 「ここからは、ちゃんと生きよう」 ってことなんだと。 自分をごまかしたくない 嘘つきたくない 正直でいたい だからこの大きな命題に 迷うんだと思う。 そんな自分には誇りを持ってほしいし その素敵さを失わないでほし

「生きづらさ」の正体

元々なんとなく生きづらかった。 演じちゃうっていうか 内側の自分と外側の自分が違う感じがするっていうか。 とは言え、 友達もいたし結婚もしたし 仕事もそれなりに順調だった。 でも、 仕事での役割が増えて 責任が増えて 大きめのプロジェクトを仕切るとか 講師を務めるとか そうなってきたときに つらくなってきて 漠然と「辞めたいなー」って思うようになり それでも責任果たさなきゃいけないから がんばり がんばることが重なって 「辞めたい」の本気度は上がってきた。 産

自分らしい働き方

「自分らしく働きたい」 子育てに仕事に 役割が増え、責任が増え、 そして時間は減っていく そんな時期が みんなあるのではないでしょうか。 そして 働き方について考え始めます。 私もそうでしたし 周りもそうです。 いっぱいいっぱいだったあの頃 当時3歳1歳の子どもを保育園に預けながら 小学校教員として勤務していました。 5年前、その頃「自分らしく働く」って言葉があったかな? というくらいですが、 今はみんなが目指していると言ってもいいほど 当たり前になっています

本当の自分を出せない

教員時代は 教員という肩書きがあって 仕事ぶりはまあ評価されていて 特別専門職のような役割も任じられていました。 なので、側から見たら、それなりに「できる人」 で通ってました。 そう思われてるから その評価を崩さないように 時間外にも仕事をがんばり 後輩にもアドバイスしたりして 「できる人」でい続けました。 居心地の悪さも自覚していたし 自信がない自分にも気づいていたけど でも、仕事ってそういうもんだと思っていたし そのやり方・生き方しか知らなかったんです。 「

ラジオで教育を語ってきました!

FM GUNMA子育て番組「かかあデンパ」 でぐんま教育キャラバンのお話をしてきました! ぐんま教育キャラバンて? 元教員でなぜこの活動を? 教育って?人を育むって? 今後思い描いていることは? 短い時間でしたが ガーっと話してきました!笑    改めて原点に立ち返ると 子育てを通して 「人が育つ」ということへの視野が広がって 100点をとれること 静かにいい姿勢で話を聞けること 運動会で揃った演技ができること それをゴールに指導している学校に そんな狭い教育を

「自己否定」を「自己認識」に

7月ももう半分に差し掛かろうとしていますが 2024年の後半が始まったということで、 前半の振り返りを。 私の今年の前半は、 楽しかったし苦しかった。 初めての大きなイベントを開催したのが 大きかったかな。 そこで自分の「できなさ」に向き合いました。 以前の私だったら できない自分のできない部分に目がいって 「自分はダメだー」「何もできないー」 と自己否定に走ってしまっていたと思う。 そのくらい揺さぶられた経験だったと思う。 けど「できなさ」が見えても 今回は

自分の軸を言語化する「問い」

こんな「問い」がありました。 この問いは、 自分の軸を言語化するのに オススメとのこと。 自分の軸について たくさん考えてきた私ですが 改めて考えてみると こんな言葉が出てきました。 私はこの世で一番不幸だと思うのは・・・ ちょうど横に愛犬がいました。 とても可愛がっているし とても幸せに見えます。 でも、 犬はもともと持っている性質として 獲物を「追いかけたい」 そのために「嗅ぎ回りたい」 というのがあります。 いつもいつもその環境をつくってあげられて

もやもやするなら、前に進まないなら「言葉にする」しかない

ちょっと前のこと ある人の言葉にイラ、もやっとしたことがありました。 そういう反応をしてしまう自分の側に 何かがあると知っているけれど どうしても相手を責めたくなる気持ちも 湧いてくる。 あの人はわかってない あの人は間違ってる 私は悪くない 私は間違ってない 私自身の心も思考も狭くなってる。 こりゃいかんと思って 違うことに集中しました。 30分後くらいかな。 完全に忘れてたけど ふと思い出して そして、ふと だれも悪くないし だれも間違ってない 私にも