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物思いにふける大切さ

物思いにふけるって時間が減ってきた世の中だと思う。

隙間時間がどんどんコンテンツによって埋められているなって自覚することが最近多い。少し時間があったらスマホの画面に向かう。手が空いてないと音楽を聴いたりしてる。お風呂でも防水だからスマホに触れる。トイレでも。常時オンライン。どこでも持ち運べるから持っていく。
好きな子とラインしてて返しに困る。少し考えたけど、ネットで対応策を調べる。僕らは世界の大体のことを知る辞典を片手に持っているが故、答えを調べるクセがついている。天気も調べれば分かる。

思考する時間は意識的に取らないと奪われていく。答えを調べられるから失敗することがとても悪いことに思えてくる。自分で考えて失敗する答えは生産性が低いし非効率だと思う人が増えてきている。

そんなん調べたら分かることやん。

その言葉自体が思考することを遠い宇宙に放り投げている。僕の思考はある程度世間一般という奴にネット接続されていて、世間一般という奴と同じ考え方をする思考になっている。みんな同じ意見になりそうだ。プロパガンダのようなことが本格的に起こったら、普通に洗脳されそうな世の中だなと思う。それは調べてきた上澄み液の情報をすくい取って、それが本当の意味での正解かどうかなんて調べずに、さもそれが自分の真理であり自分の主張のように発言するからであり、そこに意志は存在しない。

僕らは量産型思考になるのだろうか。分かり易い二項対立のどちらかだけに立ち、意見の主張をするのだろうか。
何のバックグラウンドも知らないままに、好きか嫌いか、賛成するか反対するか、あいつが好きか嫌いか、そんなAかBかみたいな世界に生きるのだろうか。
最近、こういうところが賛成できて、こういうところが反対です。って意見が出しにくい世の中になったと思う。SNS上で二項対立の話題がほとんどだからだろう。100パーセント悪い状況なんて少ないと思うのだが、どちらかの立ち位置に立って石を投げ合うことが多い。量産型思考。

物思いにふけりたい。

石を投げ合った帰りに、あいつにも家族がいるよな。とかあいつにも守りたいものがあるよな。とか。その意見もあながち間違ってねぇよな。とか。
反芻する時間があると思う。それ。それが大切なんだろうな。

瞬間的に自分の感情を世界に発信してるし、加熱した二項対立には立ち位置決めて参加するしかないと思うんだろうけど、

参加せずに、物思いに耽って、空をみて、なんか幸せって何だろうなって考えて、自分なりの答えを出さないと世間一般って奴と同じ意見になって、そんで失敗したら世間一般って奴をボロカスに非難するんだろう。

外部との接続を遮断した時間を持つことが今後重要になってきて、幸福度が高い人ほどその時間を意識的にとるだろうと思う。
少しでも良いから、みんな非効率な時間を過ごして欲しい。

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浜松に住んでるひと。好きなモノ・コト。想ったこと。徒然と。
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