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新しい人生は「無駄」からしか生まれないと気づいた

わたしは基本的に、忘れっぽい。
そんなわたしが今でも覚えている、ある会話がある。

それはたしか、2019年の末。Twitter(当時)での発信が盛んな編集者さんやライターさんなどが集まった飲み会でのこと。その二次会で、とある同世代の編集者さんと、わたしは同じ席に着いた。その編集者さんのことはTwitterでは知っていたけど、話すのははじめてだった。

その人は、ずっと「献血」の話をしてくれた。献血がどれほど気持ち良いか。最近の献血ステーションがいかに充実しているか。ディティールまでは覚えていないが、献血について熱く語る姿を見て「この人、タダモノじゃないな」と感じたのをよく覚えている。忘れっぽいわたしがお酒まで飲んでいたのに、今でもよく覚えている。きっとその飲み会では、ためになる編集論や面白い仕事エピソードなどたくさん聞いたはずなのに、覚えているのはこの会話だけだ。

ちなみにその編集者さんは、今では同僚として働いていて、今年、日本でいちばん売れたビジネス書をつくった。やはりタダモノではなかった。

この献血の話を今でも覚えているのは、それが(良い意味で)「無駄な話」だったからだと思う。仕事にも関係ないし、当の本人にしても、別にやらなくていいことだろう(もちろん、献血は社会にとって無駄なんかじゃない。「やらなくても自身の生活に支障はない」という意味で、ここでは無駄と言っている)。「必要」だらけの日々で出会った「無駄」だからこそ、強く記憶に残ったのだろう。

「自分は、”無駄な話”ができるだろうか?」

その飲み会のあと、わたしは自問自答した。仕事に関すること、仕事に必要なこと、そんなことばかりして過ごしていないだろうかと。元来、わたしはあまり趣味のない人間で、そんな自分のことを「つまらない人間」だと思って生きてきた。その原因は「無駄のなさ」にあったのではと、思い至った。

今の時代、「無駄」をするのってとても難しい。テレビをつければすぐに無限のコンテンツにアクセスできるし、家にいながらなんでも買えるし、わからないことはネットが即座に教えてくれる。それに、日々忙しいから、無駄をする余裕なんてない。でも、そんな「必要だけの人生」、自分を薄っぺらくしていたのかもしれない。

今朝読み終えた『続ける思考』という本にも、こう書いてあった。

「すぐに手に入ってしまう、すぐに結果がわかる、すぐに答えが出てしまう。そんな時代だから、”好き”から遠のいてしまう」

また、著者の井上新八さんは、こんな体験も書いていた。文章そのままの引用ではないが、概要はこうだ。 

「毎日食べている納豆の記録をはじめたら、納豆を観察する目が変わり、発見があり、知識が増え、より好きになった。いまでは納豆について何時間も語れるようになった。趣味を獲得したのだ」

納豆の記録は、おそらく「無駄なこと」だろう。でもそれによって、「好き」になれて、「趣味」ができた。「好きなことが趣味になる」と思っていたわたしにとって、この内容は大きな気づきを与えてくれた。無駄に思えることも、やってみると好きになるのだ。

そもそも読書だって、昔は好きではなかった。学生時代の自分なら、きっと「無駄なこと」と思っていただろう。でも高校の課題図書として指定されたから、出版業界に入ったから、そんな理由で読み始めるうちに好きになり、仕事にしたいと思うようになり、人生が変わった。先述した本も、それを読んだから、こんな文章を書いた。そのために過去を振り返り、思考し、気づいたことを言葉にまとめた。これらが無駄だったかというと、そうではないはずだ。「日記」という習慣をはじめようとも思えたし、いまは「なにか無駄なことを記録してみよう」という気持ちにもなっている。無駄から、新しい世界や人生と出会えたのだ。

この社会でいちばんの「無駄」と出会える場所は、「書店」だと思っている。(もちろん、すべての本は誰かのために作られてはいるけど、)そこには無数の「自分には関係のない本」が並んでいる。「自分が知りたいことだけ知りたい」という人には、ネットという便利なツールがある現代ではもしかしたら無縁な場所かもしれない。でもいまの時代、「無駄」に出会える場所は貴重だ。その無駄との出会いから新たな世界を知り、好きが生まれ、趣味が生まれ、人生が変わるかもしれない。

いまは書店のない街が増えている。でも、無駄の存在しない「誰もが必要な機能」しか存在しない街って、つまらないのではないかと思う。仕事の話しかできない、わたしのように。

来年の1月、わたしが住む街からも書店が消える。「無駄」に出会えなくなることが、怖い。でも納豆の記録をはじめるように、「無駄」はいつでも自分の行動によって生み出せるはずだ。2024年は、なにか無駄なことをはじめてみようと思う。

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