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『ヴィクトリア朝時代のインターネット』2世紀を隔てたテクノロジー激震の共鳴

トム・スタンデージ著、服部桂訳の『ヴィクトリア朝時代のインターネット』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫、5/15刊)は、すでに古典的名著だ。

原著はインターネットが一般に普及するきっかけとなったウィンドウズ95の発売から3年後、1998年9月に刊行され、翻訳はそれから13年後の東日本大震災の年、2011年12月末に刊行された。

今回の文庫化は、それからさらに13年。来年は、インターネットの普及から30年という節目を迎え、世界は生成AIのインパクトに包まれている。そんな中での、文庫による復刊だ。

●人類初の「世界規模のコミュニケーション・ネットワーク」

大陸や海を越えてケーブルが引かれることで世界規模のコミュニケーション・ネットワークができ、それがビジネスのやり方を革命的に変化させ、新しいかたちの犯罪を生み出し、利用者を情報の洪水で呑み込み、これを介した恋も芽生えた。

『ヴィクトリア朝時代のインターネット』

本書が描くのは、人類初の、リアルタイムの「世界規模のコミュニケーション・ネットワーク」電信(テレグラフ)の登場によって、時間と空間が消えた社会の激変だ。

19世紀の社会が電信によって受けたインパクトは、当時から見れば空想科学の未来、21世紀の私たちが目にしている新たなテクノロジーのインパクトと、細部に至るまで相似形であることがわかる。

●ウクライナ侵攻とクリミア戦争

2022年2月に起きたロシアによるウクライナ侵攻は、スマートフォンとソーシャルメディアを通じ、「戦争」がリアルタイムに手のひらの上で中継される体験だった。

その約170年前、同じウクライナの地で起きたクリミア戦争もまた、電信によって戦場と本国がリアルタイムでつながり、情報の洪水が押し寄せ、その惨状に社会が衝撃を受けた「メディア戦争」だった。

「新聞にとって電信の発明は恐ろしく価値のあるものだ。時間が経って状況が変わる前にニュースが伝わる。(中略)3000マイル離れた場所で戦争が行われているが、われわれは負傷兵が病院に運ばれる間にその詳細を伝えることができる」

『ヴィクトリア朝時代のインターネット』


本書は、当時のジャーナリストのそんな声を伝える。

電信がリアルタイムのニュースを可能にした一方、品質の悪さと高コストによって、それまでの叙事詩的なスタイルを一変させた。ニュース価値の高い結論から記述するという、現在まで続く「逆三角形型」のスタイルを形作った。

●恩恵と悪用と規制

秘密の暗号を誰かが作ると、他の誰かが破った。このネットワークがもたらす恩恵を手ばなしで擁護する人がいれば、それを否定する懐疑派もいた。政府や当局は、この新しいメディアを規制しようとして失敗した。ニュース報道から外交まで、あらゆるものにどう向き合うべきかを、一から考え直さなくてはならなくなった。一方で、その周辺では、独自の習慣や言葉を持ったテクノロジーのサブカルチャーが立ち上がってきた。

『ヴィクトリア朝時代のインターネット』

2024年は、世界50カ国で国政選挙が行われる「選挙の年」だ。そこに生成AIの爆発的な普及が重なり、偽情報・誤情報(フェイクニュース)の広がりへの懸念と、規制の取り組みが目の前で進行中だ。

破壊的なテクノロジーの登場に、誇大宣伝と懐疑論が渦巻き、まったく思いもよらなかった変化に社会を巻き込んでいく。

2世紀を隔てたテクノロジーの激震は、本書の中で、共鳴し合っている。

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