歪んだそれに名前はない 12|連載小説
少し震える手。阿呆らしい…。
ただ、母親が遺した手紙だ。
けれど中々封を切れずにいた。この中身に、母親の告白が書いてある、そう直感したから。
何を恐れてる?過去を知る事か?
知ったところで何も変わりはしない、そうだろ?
ライティングデスクの椅子に腰掛け、俺は手紙を取り出した。
『翼へ
これを読んでいると言う事は、私はもうこの世 に居ないのね。
翼、私は最低な母親でした。ごめんなさい。
貴方に、最後まで償いきれない罪を犯した。
翼、貴方に許しを乞う訳ではありません。きっと、私は地獄行きでしょう。
私が生きてきた中で、一番酷い行いをした事に変わりはないのだから。
翼、もう少しだけ私の話に付き合って貰えるかな?
母さんは、十代の時に大好きだった人と付き合っている時、知らない男性にレイプされた過去があります。
彼が家の近くまで送ってくれて、私は彼の背中を見送っていたの。
門扉を開こうと手を掛けた時、後ろから刃物を首筋に当てられ、言う事を聞けと脅され、そのまま強引に近くの竹林で乱暴されました。
その一回の乱暴で私は妊娠したの。両親に中々言えずに日々は過ぎて行った。
ただ、母親は私の身体の変化に気付いていたみたいで、何回か遠回しに聞かれたわ。その度に私は逃げた。
彼も私の身体の変化に気付き、話を聞いたわ。
私は恥を捨て、彼に全てを話した。当時彼は、私より2歳上で18歳になったばかりだった。
彼は初めは絶望して、しばらく沈黙した。
当たり前よね。 私達、まだ関係を持っていなかったの。
私は初めてを、見知らぬ男に奪われたの。
彼はしばらくの沈黙の後に、結婚しようと言って来たわ。
私は信じられなかった。自分の子でもないし、まだ十代。
無理よ、と泣きながら言う私を彼は励まし、これから君の両親に頭を下げに行く、そう言ったわ。
私は悩み迷い、けれど彼への想いを捨てきれずに、結局両親に彼を紹介と同時に、彼から私のお腹に宿っているのは僕の子です、と嘘をついた。
母さんの家は昔で言う貴族の出でね。格式も高くて。
当然彼は、私の父親に殴られたわ。
私は見ていられなくて、彼に覆いかぶさった。
父はそんな私を見て、どけと言って突き飛ばした。 床にお腹が当たったわ。 痛かった。その後に、脚に何かが伝って行くのを感じた。
生暖かい、真っ赤な血だった。
病院に運ばれて、妊娠6ヶ月だった事が分かったわ。
流産したの。 性別は男の子だった。
私は一晩中、ベッドで目を開けてた。
両親は忘れろ、彼とも別れろの一点張りだった。
父からは謝罪もなかったわ。
次の日、早朝に私は病院を抜け出して彼の家に行った。 彼も眠れない夜を過ごしていた。
私達は、最低限のお金だけ持って電車に乗ったの。
行けるとこまで、そう目的地も決めずに。
随分長く乗って、終点に着いた頃には夕方近くになっていたわ。
見知らぬ土地の、広い海に出た。
どちらからともなく、海が一望出来る崖に登った。 私はまだ身体が辛かったけど、今彼が隣にいる事、それだけで十分だった。
彼は私と別れたくない、一生一緒にいたい、そう言ったの。
私は分かっていた。家に帰っても、私は今度こそ自由がない生活になる事。
死のうと決めたの、二人で。二人でずっと一緒にいるにはそれしかないと。
夜になるのを待って、二人でずっと海を眺めていたわ。
その時が来たわ。最後に抱き合いながら、一緒に海へ飛び込むはずが、私は足を滑らせてしまった。
彼は必死に私の手を握って引き上げようとした。
私は恐怖と混乱で彼の手に縋った。
彼は一生懸命に私を引き上げてくれた。
その時、彼は私にこう言ったの。
君は生きるんだ。僕の事は忘れて生きろ。
そう言った次の瞬間に、彼は私の手を振りほどいて、崖から一人で海へ飛び込み自殺した。
私の手には、いつまでも彼のあの時の温もりと、私から離れて行った最後の笑顔だけが残ったの…』
[ᴛᴏ ʙᴇ ᴄᴏɴᴛɪɴᴜᴇᴅ]
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