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ウクライナ戦争の動機を考えるー座談会「帝国と国民国家のはざまで」を読んでみた

前回までのあらすじ
戦争に巻き込まれるのはまっぴらごめんということで、ウクライナ戦争を題材にして回避策を見つけることができないかと考えたのでした。まずロシア軍事・安全保障の研究者、小泉悠の著作を二つほど読みましたが、回避策を考えるにも、そもそも2022年2月に開戦しなければならなかったロシアの動機がわからないということでした。小泉は「自分の代でルーシ民族の再統一を成し遂げるのだ」といった民族主義的野望のようなものが動機なのではないかと考えるのですが、しかし2022年2月に開戦しなければならなかった理由については説明できないと言っています。

ということで、ロシア開戦の動機、特に2022年2月に開戦しなければならなかった動機を探すことにしました。なかなか困難な旅になりそうですが、いつか答えにたどり着けるといいな。

はじめに
ではどこから手をつけるか。方針が立つまでは、できるだけお金をかけずに情報を集めたい。そこでまずは蔵書をあたることにしました。持ってましたよ、雑誌ゲンロン。ゲンロンはロシア現代思想の特集を4回組んでいます。まずは開戦後すぐ(2022年4月)に行われた座談会(『ゲンロン13』に収録)の記録を読んでみます。参加者は乗松享平、平松潤奈、松下隆志(いずれもロシア文学・思想研究者)、上田洋子(ロシア文学者、『ゲンロン』を出版している会社の代表)、東浩紀(批評家、『ゲンロン』編集長)。

予言の書

なんと既にロシアの現在の状況(2022年4月時点)を予言していた小説があるらしい。ソローキンの『親衛隊士の日』。ということは、ウクライナ戦争は、ある種、論理的に出てくる現象なのかもしれません。速攻ポチり。

プーチンの支持率向上作戦

反プーチン勢力の中心はリベラルですが、2011年に起きた反政府デモのときにはナショナリズム的ロシア民族主義勢力も、反プーチン勢力になっていた。リベラル民主主義に近づくナショナルデモクラシー(略称はナツデム)と呼ばれる勢力ができたとのこと。その勢力の象徴が活動家のナヴァリヌイ。プーチンはこのナツデムのうちナツ(ナショナル)勢力を取り込み、ナヴァリヌイをデム(デモクラシー)=純粋リベラルにしようとした。ロシアではリベラルは人気がないから勢力を弱めることができる。
どうやらナショナリズムに向かわねばならない事情はあったようです。

またロシアのナショナリズムには、もともとプーチンの立場である多民族性重視の帝国的ナショナリズムとロシア民族主義の二種類がある。でもプーチンはこの二つの違いを曖昧にしていったようです。ロシア民族主義を帝国的に拡張した。要するに自身に対する支持数を増やそうとしたのですね。クリミア併合とドンバスの分離は、帝国的ナショナリズムからもロシア民族主義からも支持されます。したがってプーチンは支持者からウクライナへ強硬策を行うようプレッシャーを受けることになります。これがウクライナ侵攻の動機になっているかもしれないとのこと。つまりは自身の身を守る(支持率を上げる)ためにウクライナ侵攻したのかもしれない。

これならわかる気がします。支持率が下がると内政安定のためのコストが増えると思うのですが、その対策(ウクライナ戦争開戦)をしたら首がまわらなくなった。というかロシアのような国では転覆すると死(文字どおりの意味で)だと思うので、ウクライナに侵攻せざるを得なかったのかも。侵攻直前のロシア国内の状況が気になります。

統一ロシア

議論はナショナリズムの強化が開戦にまで発展したのかどうかについての検討に進んでいきます。ロシア与党の名称は統一ロシア。プーチンはソ連崩壊による共和国離散とチェチェン独立戦争などのような分離主義を回避して国家を再統合したいと考えていたようです。いっぽうロシア以外の旧ソ連構成国の多くはロシアに取り込まれることに反対したようです。DV親と逃亡する子どもの関係みたい。

この統一ロシアの思想的根拠となっているのがイリインとドゥーギン。前者はプーチンの演説や論文によく引用されているらしい。どんな考え方かというと旧ロシア帝国を復活させようというものです。ウクライナはこれに含まれます。

民衆の一体性は善であり、愛が具現化されたものであって、それを破壊しようとするのは悪にほかなりません。だから、そのような悪には力によって抵抗すべきだということになるのです。

『ゲンロン13』193P

この考え方は一般の国民国家論となんらかわりないのですが、問題は統一しようとしているロシアの範囲が巨大すぎる(旧ロシア帝国)ことなのだそうです。ちなみに中国でも同様の現象が起きているとのこと。清は民族ごとにバラバラの秩序をもつ帝国でしたが、漢民族が国民国家として引き継ごうとし、現在は共産主義が引き継いでいる。

過去被害によるアイデンティティ

いまはまさしく「トラウマの露出」の時代です。かつて、セクシュアリティやトラウマは、それを隠すことによって社会性が得られるものだった。いまではむしろ露出することで社会性が獲得されるようになってきている。プーチン政権が行なっているような暴力の露出による秩序の維持もまた、そういった現代的なトラウマの露出による社会性の獲得に重ねて理解できるかもしれない。

『ゲンロン13』194P

おそらく、MeToo運動などを念頭においたコメントだと思います。ウクライナだけでなくプーチンも過去の被害(冷戦の敗戦)を訴えていると。私の身のまわりでも、ある時期から貧乏自慢とか悲惨自慢がありました。これが国家規模で起きている。しかも世界中で。

個人主義によって、「大きな物語」とも言えるようなそれまでの統合原理が失われ、個人のアトム化が進んでいく。アトム化した個人は、大きなイデオロギーが存在しないので、情動に浸されやすくなってしまったというわけです。

『ゲンロン13』195P

ポストモダン状況という条件によって社会性とか倫理が壊れはじめていると。ならば個人主義をやめて、大きな物語をつくりなおすと打開できるのでしょうか。東浩紀は『観光客の哲学』で血縁だけに拠らない家族(市民と個人のあいだ、つまり大きな物語と小さな物語の中間)を再導入しようとしていましたが、今さら大きな物語をつくるのも現実的ではないと思うので、このような対策しかないのかもしれません。

実は、WBC以降の大谷翔平の世界からの評価をみていると、大きな物語、つくれるんじゃね、とか思っていたりします。彼、野球という争いのあるゲームをしながら、全力で「争うな」と言っている気がするんですよね。そしてそれを世界中が受け入れはじめている。日本の初代大統領は大谷が良いのではないか。

ロシアからすれば、なぜアメリカの加害は正当化され、自分たちは正当化されないのかと思っているでしょう。だから自分が受けたと考えている被害を訴えます。いっぽうウクライナも同様です。自分たちの被害状況をSNSなどで共有して支援を得ようとしている。

仲間に入れてもらえないロシア

実はプーチン、大統領就任時はNATOに入りたいと提案していたらしい。しかしヨーロッパ人からのロシア嫌悪によって包摂されなかったようなのです。
また18世紀のロシアの貴族はフランス語をしゃべっていて、どうもヨーロッパに憧れていたみたい。今もプーチンは欧米に別荘をもっているのだとか。
ロシアはNATO、EUに入れてもらえないのに、ウクライナはNATOに入ることができそうな状況である。ロシアはこの事態を許せないからウクライナがNATOに入らないよう画策しているらしい。
子どもかっ!
私は戦争反対です。でもロシアの恨みもわかる気がします。

ウクライナ戦争は「記憶の戦争」であると議論は進みます。

要約すると、ソ連時代にソ連の構成国や衛星国になっていた国々が、かつてソ連から受けた被害をソ連崩壊後に訴え、それに対してロシアはソ連の歴史的継承国として反撃するという構図です。

『ゲンロン13』213P

このコメントに対して質問が出ます。

なんでそこでロシアもまたソ連と共産主義の被害者だったという論理が作られなかったのでしょう。

『ゲンロン13』214P

その回答はつぎのとおり。
ソ連から独立した国々は加害責任を外部であるロシアに押し付けることができた。ロシア人もソ連体制から被害を受けましたが、加害責任を問う対象が自身の外部におらず、加害者の立場を押し付けられてしまったらしい。加害者でもあり、被害者でもあるという認識は、日本の敗戦の状況と似ています。

ところで座談会ではプロパガンダについて興味深い指摘がなされました。

「ウクライナ人の虐殺はウクライナ人によるものだ」と主張するロシア市民はおそらく、政府のプロパガンダを完全に信じているわけではないはずです。…彼らは、たんに洗脳され、プロパガンダを信じこまされているのではなく、敗北しているという現実が受け入れがたいので、プーチンとともに、現実を否認できる理由を積極的に必死に探しているのです。プロパガンダはたんに受動的に受け入れられるものではなく、人々の欲望に合致することではじめて効果を発揮します。

『ゲンロン13』216P 太字は筆者

市民が指導者にいっぽう的に騙されているわけではなく、市民の欲望にしたがって指導者は行動しているだけだと。うすうすそんな気がしていましたよ。人のせいにしている場合ではなさそうです。肝に銘じたいと思います。

ロシアはたたきのめされるべきか

座談会の終盤で平松潤奈が提案します。

ここまでロシア人の発言が現実から乖離してしまったからには、やはり彼らの表向きの大国幻想を解除する必要があるのではないかと思います。多くの知識人がもはやロシア連邦自体、つまり「一体のロシア」を解体してしまうしかないと主張するのもわかります。

『ゲンロン13』218P

これについて東はロシアの特殊性を説明します。
ドイツや日本は敗戦によって戦勝国の空気を読むようになったのでヨーロッパに受け入れられた。しかしロシアの場合、冷戦で敗北したけれど、第二次世界大戦では戦勝国だった。敗戦したのに戦勝気分でいるというイタイ人みたいになっていると。
東はその上で、敗戦国には敗戦国なりのイタさがあると言います。日本がまさにそうであると。戦勝国の空気だけ読んでいる国や人(ようするに主体性がない)だからこそ、今の私たちの問題が生じてしまっていると。

平松は東に反論します。座談会、盛り上がっております。

去勢されることは悪いことなのでしょうか。現にわたしたち日本人は、去勢されることによって戦後比較的高い水準の生活を送り、平和に暮らすことができています。

『ゲンロン13』219P

そして東の反論です。

プーチンは支持しませんが、他方で去勢されてロシア性を失うのがいいとも思えない。そもそも、敗戦国として完膚なきまでにやっつけたからといって情念が消えるわけでもない。それは50年後や100年後に変なかたちで噴き出してくる可能性もある。いまの日本がまさにそうです。

『ゲンロン13』219-220P

かつて小川哲は『地図と拳』で、争いは団子だけでなく花によっても起きるというのようなことをいっていました。団子とは合理性、効率、コストのことで、花はプライドのようなものだと思います。
平松は前者の観点で提案し、東は後者の観点の導入を提案する。
私は、東に賛成です。私たちはプライドといっしょに主体性を失っていると思います。だから軍事基地の場所すら自分たちだけで決めることができない。傷ついている人たちがいることを知っているのに。
だから、ロシアには日本とは違う道を見つけてほしい。(大谷翔平もそのように考えるような気がする。)

開戦の動機はかなりわかってきました。しかし開戦時期が2022年2月になった理由については謎のままです。プーチンは支持率を回復させるためにロシア民族主義を帝国的に拡張しましたが、その勢力(ウクライナ侵攻賛成派)を抑えられなくなった状況とかがあれば納得できます。今後、この点を調べたいと思います。

また新たな課題も生まれました。ロシアには日本のように徹底的に敗北させられるのとは違う道があるのか。これについても考えていきたいと思います。

ー参考ー
ウクライナ戦争に関する過去記事です。
よろしければ覗いていってくださいね。

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