読書感想文「甘夏とオリオン」増山 実 (著)

 関西の落語シーンを舞台にした作品である。読んでいて驚いた。江戸の風が吹いているのだ。主人公,最大のキーである師匠,兄弟子,関西落語会の諸先輩たち,これらの関係者の間,心のうちに江戸の人情,風情,粋といった江戸っ子を形作る了見を,登場人物それぞれが宿しているのだ。東西を問わず,落語においては,やはり江戸っ子の了見がベースとなるのか,と考えさせられてしまった。
 懐かしい演芸番組「花王名人劇場」で,桂米朝を見るのが好きだった。米朝には,関西落語を聞いているんだ,という特別な感情は起きなかった。すんなり見ることができた。この「甘夏とオレンジ」はそんなことを思い起こさせる。
 単に落語を通じた若者の成長譚には終わらせないぞ,という著者の強い意気込みがこの作品にはある。それが成功したか。結局,謎は解けなかったわけだから,続編も視野にあるのだとすれば,それを合わせて成否を語ってみたい。伏線をこれだけ広げたのだ,回収しないわけにはいかないだろう。


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