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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年8月の記事一覧

電脳病毒 #46_237

 台子《テーブル》に成員《メンバー》が囲む。劉は台子《テーブル》の端に腰を下ろす。 「各自、捜査報告を」李が一声放つ。  時を経て、半数の報告が終わる。劉の番だ。劉は立ち上がり説明する。 「電子街で電脳病毒の軟件包装《ソフトウエアパッケージ》を入手、その編碼を破訳中です」 「何を判明させる?」 「病毒開発の成員《メンバー》を辿り、その出所を特定する」  徐の組織全容は、未だ判明していない。犯行声明文にあった成員《メンバー》は、徐を除き全てが仮名だ。 「破訳で出所を特定できるの

電脳病毒 #46_236

十 恐怖分子  劉は、当局の特別委員会へ向かう。委員会、それは電脳病毒対策に集められた。専門委員で構成され、捜査権も与えられている。委員は情報工学分野の学者、研究者、分析家《アナリスト》。それに加え、軍、警察、公安を中心に三十名で構成。委員会議長は軍情報機関から任命され、解放軍の李が務めている。  台子《テーブル》の中央、李が不機嫌そうに座っている。髭面の李は、墨鏡《サングラス》を掛け軍服の一番釦を外している。解放軍の警備条例が施行されたのに関わらず。煙草を消すと、李の指輪が

電脳病毒 #45_235

 徐の通った専門学校にも、電脳学科が新設されたことも切っ掛けだ。残り少ない古典劇の継承者として、委員会は徐の復学に難色を示す。だが、徐の卒業時点で故郷へ戻ることを条件に復学が許された。だが、徐は復学して以来、故郷へ戻ることはない。  専門学校を終え、徐は電脳電影学院の入試を受け合格する。表向きには古典劇の映像化技術を学びたいという理由。だが、徐の真意は別にある。入学が決まり、特因生《苦学生》でしかない徐は人才市場《人材斡旋所》を回り軟件開発商《ソフトウエア開発会社》の招聘《人

電脳病毒 #44_234

 そこに映し出されているのは海外放送。芝麻大街《セサミストリート》という番組だ。この国では、海外放送の受信はもちろん禁じられている。どの電気店の軒先にも大耳朶《パラボラアンテナ》が設置されている。隣国の放送を受信することは、公然の行為として黙認されている。  徐は彩電の値札に目を留める。庶民の平均年収を大きく超える額だ。一般人の手が届く値段ではない。  徐は別の電気店に入る。徐が今まで見たことのない機械が並んでいる。断続的に変化する幾何学模様を映す彩電。徐は不思議そうに眺める

電脳病毒 #43_233

 失望感を招く要因は事足りる。灰色消費《公費の私用》、乱収費《公的機関による強制徴収》など官僚の腐敗。経済発展と貧富の格差の助長。中央での学生の蜂起、そして流血の結末。国境に近い特別自治区への干渉、労働改造所の囚人達の扱い・・・。人民の知らないところで、この国の歯車は狂い始めている。  徐の古典劇の腕前は、それなりの域に達していく。やがて、中央政府から招聘を受けることになる。  徐は長距離列車に揺られ、海側に位置する大都市へ。旧植民地の名残を残す西欧風の建物が海岸通に立ち並ぶ

電脳病毒 #42_232

「長いことないのかね?私・・・」 「わからない。俺には・・・」 「私が死んだら、家を守っておくれよ」 「そんなこと・・・」徐は呟く。  徐の家系は、代々伝わる古典劇を守っている。徐には、古典劇を継承する責務がある。  数ヶ月後、徐の母親が亡くなる。徐は学校を中退。故郷へ戻り、古典劇の修得に日々を費やす。伝承者としての徐の立場を、地区委員会は認める。  子供の頃から見よう見まねで覚えて来た技。体系に基づく学習が必要だ。徐は二十歳を待たず、家伝書を開く。それは古典劇の手法を網羅し

電脳病毒 #41_231

「おまえ、帰ってきたのか?」母は目を朧気に開ける。 「あんな所で働いてくれていたのか?俺のために」  母は黙ったままだ。 「もう、働かないでくれ。あんな所、病人を作り出すだけだ」 「何を言ってるの?」 「あそこは汚染されてる。だから、皆・・・」徐は周りの床に目をやる。 「汚染?」 「あの填埋場のことを政府は隠してきた。最近、海外から査察が入った。労働改造所の元囚人が海外報道に伝えたんだ。その調査で判明した。填埋場は、溶けだした鉛で汚染されている」 「鉛?」 「鉛中毒に掛かって

電脳病毒 #40_230

 それは、慢性呼吸器疾患による死亡率の高まりにも表れている。 九 帰省  休日、久しぶりに徐は故郷へ戻る。家に向かう公共汽車《バス》。汚れた車窓越しに、塵埃の山が目に入る。填埋場の周りには軍隊の輸送トラックが数台。軍人が警護を固めている。作業は行われていない。査察団が撤収すれば、作業は再開される。  家に戻る。年老いた母の姿はない。隣家に様子を尋ねる。中毒が原因で、母は入院したという。徐は病院へ駆けつける。徐へ仕送りを続けるため、填埋場で働き続けたのだ。  大部屋の小さな床

電脳病毒 #39_229

 人は、単位で一生を終える。単位で生まれ育ち学業を修め、就職、結婚を経て老後から死へ。単位と単位をつなぐものが媒介《メディア》だ。媒介《メディア》は政府や行政批判は制限され、党の広報誌でしかない。党の意向にそぐわない記事は一切掲載されない。これは日常茶飯事だ。だが、庶民は気づいてはいない。  ある晩、徐の故郷の名が放送から報じられる。徐は注意深く聴く。あの填埋場が海外の環境調査機関の査察が入ったと。働かされていた労改の囚人が、填埋場の内情を海外報道機関に知らせたことが発端だ。

電脳病毒 #38_228

 徐は、工業技術系の専門学校へ進学する。地域における住民委員会の意向を受けたものだ。この土地の工業化促進を促すため人材育成を目的とした。徐は暫く故郷を離れることになる。  故郷から遠く離れた工業港湾都市。そこで徐は初めて英語に触れる。工業技術を習得するための海外製工作機械の便覧《マニュアル》は英語のままだ。この国の言語に翻訳された便覧《マニュアル》はない。この国の外国語講師の発音は本国的《ネイティブ》にはほど遠い。あの短波広播《ラジオ》を教師代わりに、徐は英語を身につけていく

電脳病毒 #37_227

 家に戻り自室へ。徐は広播《ラジオ》を取り出す。電池の蓋を開ける。溶けだした溶液に浸かった古い乾電池。それを取り出し、入れ替える。電門《スイッチ》を入れ標度盤《ダイヤル》を回す。微かな雑音に混じり言葉が流れ出す。徐の聞いたことのない言葉。徐は、標度盤《ダイヤル》をゆっくり回し続ける。ようやく、聴きなじんだ声が。この国の海外向短波放送だ。   以来、広播《ラジオ》を聴くことが徐の日課に。やがて、聴くうちにこの国の放送に興味がもてなくなっていく。この国は、報紙《新聞》も広播《ラジ

電脳病毒 #36_226

 廃棄電脳《コンピューター》の残骸が散らばる小山。そこを徐は徘徊する。塑料《プラスチック》の鋭い破片が、薄い布靴の底を刺していく。その破片を靴底から抜き、徐は遠くへ投げ飛ばす。ふと足下を見る。口が開いた肩掛け鞄。屈んで鞄を残骸から掘り出す。徐は中身をあらためる。その中には、英語のメモ数枚、壊れた関数電卓、小型の短波広播《ラジオ》が隠れている。広播《ラジオ》を取り出し、徐は電門《スイッチ》を入れる。音は流れてこない。  小山の向こう、赤帯の入った軍帽が動く。素早く身を屈め、徐は

電脳病毒 #35_225

 この地域の男手の多くは病に侵され、死の淵を彷徨う。地下水の汚染、働き手の減少から、農耕も疲弊していく。  ある日、徐は填埋場へ。その日は、政府の定めた休日。学校も休みだ。填埋場は作業員以外の立ち入りが建前上禁止されている。実際は出入り自由。誰も好き好んで填埋場に入る者はいない。塵埃の山に何台もの推土机《ブルドーザー》。埋もれるように、動きを止めている。  徐は塵埃の山に上る。周りを見渡す。回収中の塵埃が数十の小山を造り、処理済みの塵埃は遠く彼方まで埋め立てられている。今まで

電脳病毒 #34_224

 処理作業に携わっていた労働者達。ばたばたと倒れ始める。手足が痙攣し、立つこともままならない。中央から派遣された医師団が検査にあたる。結果、患者の髪の毛から大量の鉛を抽出。口から入った有毒物質。塵埃に含まれる亜鉛など雨により溶けだし、人の手を経て口中へ。  この事件が公にされるのは、数年先だ。政府は事件を公表することなく、塵埃の受け入れは止まらない。廃棄場所に、汚染物質を囲い込む遮蔽シートの設備はない。地下水に浸透し、汚染物質は農作物にも被害を及ぼしている。それでも、塵埃の処