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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2022年3月の記事一覧

Dead Head #16_113

 作業が一通り終わる。船は岸壁からそっと離れて行く。俺達は乗ってきたバンに引き返す。 「終わったか?」ドアにもたれ、手配師が立っていた。皆、頷く。 「日当だ」手配師はしわくちゃの裸の札を手渡す。「今のは忘れろ。じゃあ、解散」と付け加える。 「解散って?連れ戻してくれるんじゃ?」俺は、わざと気弱そうな声を出してみせる。 「勝手に帰れよ」手配師は意地悪そうに口を歪める。エンジンを掛けると、手配師はバンをバックさせ路地を出ていく。俺達は唖然とそれを眺めている。 「ひでえな。こ

Dead Head #15_112

 俄《にわ》か荷役は一人ずつ船に渡る戸板を踏む。船には、痩せぎすの東南アジア人。浅黒い顔の船員は品定めするように窪んだ目を向ける。男は船倉に空いた降り口を黙って指す。俺達三人はその中へぞろぞろ降りる。 「なんか辛気臭い」と、先に入った禿頭が呟く。  薄暗い裸電球に照らされ、船倉には積み上げられた木箱の山。その横に別の船員が腕を組んで立っている。男は木箱を指さし、運び出すように手を振る。木箱の側面には特徴的な赤いラベルが貼られている。二頭の獅子が玉を支え、意味不明の簡体字が象ら

Dead Head #14_111

 煙草の煙が車内に充満していった。何時間経ったのだろう。 港に浮かぶ何かのライトが、フロントガラスを照らす。 「降りろ」ライトが何回か明滅すると、手配師が振り返る。バンを降りた手配師は、助手席側に回り段ボール箱を抱える。  外は湿った潮の香り。車のライトがこちらを照らす。バンの隣に幌付きトラックが横付けされた。 「こっちだ」手配師が首を振る。  岸壁に漁船が横付けされ、戸板が渡されていた。 「待っていろ」手配師は段ボール箱を抱え、注意深く戸板を渡っていく。漁船の操舵室に、数人

Dead Head #13_110

 あの言葉が浮かぶ。流転禁止。 三 心が落ち着きます 「行くぜ」鉄柵に座っていると、手配師が声をかけてくる。  路肩に止めた古びたワンボックス。手配師が首を傾ける。扉が開く。黙ってバンに乗り込む。先客が二人。二人とも薄汚い身なり。ガタイのいい禿頭の中年男と、茶髪の痩せぎす。手配師は運転席に座ると、助手席に置かれた段ボール箱をポンと叩く。何のつもりだ?  バンは裏道をゆっくり抜け表通りへ。車内は誰も口を聞かない。バンは高速湾岸線に乗る。向こうに夕陽が落ちかけている。やがて、血

Dead Head #12_109

 その頃、言葉の意味は知らず。その言葉が何故か引っかかった。DEADHEAD、流転禁止。今では何でもない鉄道用語の一つが。  擦り減った線路の表面が、一瞬ぎらついた。車輪が軋る金属音。何か挽き潰される鈍い音。見ると、列車はホーム途中で急停車した。  駆け寄る。ホームの下を見る。赤く染まった砂利。車輪に潰された日傘。車輪の下には捲れた着物の裾。向こうのホーム。こちらを見つめる群衆の目。青いビニールシート。好奇な目が緞帳で遮られる。  いつの間に寝てしまった。脂汗の嫌な臭い。亀虫

Dead Head #11_108

 確かめる機会が欲しくなった。万引きしたら、彼女がどんな行動に出るのか?だが、それは今ではない。  目当てのものを掴む。それをレジに放り投げる。彼女の怪訝そうに細めた眼を見据えながら。次に勘定の小銭を叩きつける。いつもながらの慣れたやりとり。今日は放り出した釣り銭が飛んでいかない分、いいほうだ。  公園に戻る。広場は太陽の光で白く滲んでいる。ベンチは光を反射して熱そうだ。植え込みにのっそり腰を下ろす。  思い出す。あの夏。蜻蛉のように歪んだプラットホーム。鉄道学校に入る前の中

Dead Head #10_107

「飛び降りか・・・」  少年が非難めかした目を一瞬向ける。何を言うわけでもない。ただ、白線をなぞるようにバットを引き摺りはじめる。 「罰あたるぜ。そんなとすると。この白線の奴、救からなかっただろう。この染み見れば・・・」  少年は動きを止め、こちらを睨む。急に飽きたのか、バットを放り投げ路地の奥へ。子供のやることは、わからない。  コンビニの前。自動販売機が連なった壁。端に証明写真を撮る写真箱。箱の中で、女の太い足が絡まっている。笑い声とフラッシュ。何故、今の子たちは写真を撮

Dead Head #9_106

 腹が鳴る。朝から水道しか飲んでいない。食い物を手に入れたい。金はあるのか?ズボンに手を入れ指先で小銭を探る。小銭はある。  公園の灌木を抜け、柵を乗り越える。コンビニに向かう路地。道端に止められたライトバン。放置車は朽ち果て、車内にトルエンの売人。骸か、それとも眠りこけているだけなのか?死なずして朽ちた人間の捨て場所がここだ。    路地の向こうから缶を蹴る音。さっきの少年。バットで空き缶を無心に叩き潰している。 「よお」声を掛ける。  無視したまま少年は叩き続ける。空き缶

Dead Head #8_105

 十歳くらいだろうか。塵箱を叩き続ける少年。鬼気が迫っていた。何がそうさせた?  この辺、こんな風に切れたガキは珍しくもない。ここに棲みつく浮浪者の方が、まともに見えるくらいだ。  ふたたびベンチで横に。眠る前、人は自らに足りないものを思い浮かべる。腹を空かせた奴は食い物を。文無しは札束を握りしめ。女を抱きたいは・・・。今、何も思い浮かべることなどない。暗闇の中にしか・・・。  肩の上が冷たい。何かの重み。ハッと目が覚める。すぐに焦点が合わない。よく見れば、傷だらけの金属バッ

Dead Head #7_104

 少年は、何かに取り憑かれたように叩き続ける。何が狂気じみた少年を駆り立てるのか?大上段に構え、少年はバットを大鉈に振り下ろす。塵箱の縁がしなって傾く。当然のようにゴミが散乱していく。バットの先でゴミを蹴散らし、少年は動きを止める。目当てのものを見つけたのだ。あの捨てられた携帯電話。少年は、それをバットの先で確かめる。納得したように微かに頷く。バットを振り下ろすと、それを粉砕する。液晶は割れ、プッシュボタンは飛び散り、朝顔に似た小さなスピーカーが顔を出す。その残骸を、少年は無

Dead Head #6_103

 やばい仕事だろう。だが、一枚ならまずまずというところだ。 「今じゃない。夕方五時、ここにいろ」言い残し男は離れた。使えそうな者を漁りに行くのだろう。 二 バット  ベンチに引き返し横に。夕方まで、ここで時間を潰すしかない。だが、今日はあいにく日曜。ベンチは明け渡さないとならない?それが礼儀?未だ僅かに生気を残した生活者達に。浮浪者たちは植え込みの暗がりに引っ込んでいる。誰が決めたわけじゃない。  暑気が生活者達をベンチの据えられた木陰に追いやる。子供に手を引きずられた爺。

Dead Head #5_102

 怖くなった。自分もその内、こいつになるのか? 両手を手拭いで丁寧に拭いながら、裏門へ。もう朝七時近い。だが、手配師らしき姿はない。仕事に飢えた浮浪者が集うのみ。今日の仕事は溢れか。  公園の錆びた鉄柵に座り、路地の向こうを何気なく眺めていた。救急車がサイレンを鳴らし、古びたマンションの前に。煙はなく 、火事ではない。急病人か。 「ちょっと、兄さん」  こちらの遠目の視線を、その男がいきなり塞ぐ。男は両手をズボンのポケットに突っ込み、薄笑いを浮かべる。粋がってはいるが、使い

Dead Head #4_101

 顔馴染みの浮浪者たちが数人、水飲み場で手足を洗っている。夜の食漁りから戻ったのだろう。深夜営業の飲食店が排泄する生ゴミを夜通し漁る。それで、ようやく空腹を満たす。 「兄ちゃん、蒸し暑いね。これから職探し?」その中の一人、ダボさんが声を掛けてくる。痩せぎすの体にサイズが合わないダボっとした格好をしているから、そう呼ばれた。 「いや、まだ・・・」熱心に両手を洗いながらダボの顔を盗み見る。なおも手を洗い続ける。側から神経質な男と思われても。 「裏門の人だかり。手配師、来るみたい

Dead Head #3_100

 数分後、また、ベルの音。塵箱の中が息を吹き返す。  少しは空気を感じろよ。ベンチから跳ね起き塵箱に片手を突っ込む。指先で携帯電話に触れた。だが、指が滑る。濡めっとした携帯電話。それを掴み出そうと手が滑る。饐えた臭い。頸に巻いた手拭いで携帯電話を拭う。なんていうヘマ。何かキーを押したらしい。 「朝まで人待たせといてさ。どこにいるんだよ。まさか、女とやってるんじゃないだろうね。あんた聞いてんの・・・」甲高い女の声。  今度はキレた女だ。この電話の持ち主。どうも疑われやすい質。あ