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未来思考スイッチ#13 「くらしコーチング」、こんまりさんに学ぶ

断捨離と言えば・・・。

ある日、Netflixをザッピングしていると、「KONMARI~人生がときめく片づけの魔法~」が目に飛び込んできました。断捨離で有名なこんまりさんの番組です。私は暮らしに関わる仕事をしているので、こんまりさんのことは前から興味を抱いていました。書籍も10年ほど前に手にしたことがあります。正直、その頃の私は「部屋の片づけ方を教えてくる」といった程度の理解でした。しかし、何気なく番組を視聴してみると、そこから「驚きの連続」が始まったのです。

こんまりさんは「片づけ」をしない。

こんまりさんがアメリカ人宅を訪問し、片づけのレッスンをしていくというこの番組は2019年に公開されました。シリーズ1では8つの家族が登場します。アメリカ人の住まいはガレージ付きの戸建てが中心で、広さや間取りは日本人の感覚と異なります。その広さのせいなのか、衣類や靴の量が半端なく、あらゆるものがクローゼットに押し込まれ、何を収納しているのかさえわからなくなっているようでした。

もし、家電や家具のメーカーが、このような住まいの課題に直面したら、「整理整頓しやすい収納」「部屋をキレイにする掃除機」「プロが駆けつけるホームクリーニングサービス」などを考え、そのような商品・サービスを提供しようとするでしょう。

しかし、こんまりさんは違いました。私なりに整理してみると、こんまりさんがやってくれるのは以下の5つでした。

 ① 話をよく聞く
 ② 家にお祈りをささげる
 ③ 魔法を教える
 ④ ステップごとに誘導する
 ⑤ ほめて自信をもたらす

「主役」を変えると、価値のスケールが変わる。

実はこんまりさん、散らかっている部屋の「片づけ」はしてくれないのです。このことは私にとって目から鱗でした。私たちのようなメーカーは、自分たちが提供する商品・サービスを「主役」として問題解決を図ろうとします。つまり、「収納が片付けをサポートする」「掃除機が部屋をキレイにする」「プロが徹底的に掃除する」という具合に、商品・サービスが「主役」になるのが前提です。

一方のこんまりさんは、片づけや掃除は行いません。そばに寄り添い、何やらアドバイスはしてくれますが、「脇役」に徹し、あくまでも住まう人が「主役」となって、自ら考え行動していくように促していくのです。

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さらに、ここで起きていることは「主役」の転換だけに留まりません。

メーカーが提供する商品・サービスが「主役」の場合、それからもたらされる価値(機能、性能、使いやすさなど)が評価されますから、当初の期待値が100点だとすれば、使用後に「80点かな」という具合になっていきます。

ところが、人が「主役」の場合、状況は全く異なります。溜まったモノの片付けが目的だったのに、その原因となっていたマインドにまで踏み込んで、「こころのモヤモヤ」「嫌な思い出」「家族とのすれ違い」といった心の中に溜まったモノも一緒に片づけていきます。すると、住まいだけではなく自分自身までスッキリしていくため、感動が無限に広がっていくのです。その価値は100点どころか、1万点に達してもおかしくありません。

「片づけ」は手段。本当はみんな『おうちで落ち着きたい』。

『未来思考』の視点から、さらに踏み込んで見ていきましょう。『未来思考』はありたい姿、「理想の暮らしや社会を先に決める」ところからスタートします。「片づけ」の理想は何でしょうか。もちろん、人それぞれだと思いますが、こんまりさんの番組から私が感じたのは、「本当はみんな『おうちで落ち着きたい』と思っている」ということでした。落ち着ける空間・時間・人間関係のために、何を片づけていくべきかが問題になります。衣類でしょうか、床のゴミでしょうか。

そう、皆さんはもうお気づきですね。

問題の本質は、「モノ」ではなく「マインド」にありました。片づけるのは「モノへのイライラ感」「家族へのイライラ感」「時間/余裕不足へのイライラ感」「自分への嫌悪感」「なぜ散らかってしまったのかわからなという不満」など、気持ちそのものだったのです。

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この気持ちに着目し、住まう人が真摯に向き合えるよう、こんまりさんはアドバイスをしているように思います。

「こんまりメソッド」を整理してみる。

こんまりさんが家庭を訪問し、やってくれる5つのことを先に述べました。どのステップもコーチングのエッセンスが詰め込まれているようです。私なりにひとつずつ解説を加えてみたいと思います。

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1)話をよく聞く。

まず初めに、住まう人の話をよく聞くところから始めます。デザイン活動でも「観察」はとても重要な要素ですが、こんまりさんは「インタビューをする」というより、「友達のように寄り添う」感じで話を聞いているようです。不満な気持ち、こうありたいという姿を丁寧に探っていきながら、家族の気持ちをほぐしていく・・・。そして、双方の信頼関係をつくっていくのです。

この聞き取りで見えてくるのは、「散らかっている状態」が「イライラ感」を生み、「挫折感」へとつながっていく様です。その家族のアイデンティティなどをくみ取りながら、ありたい姿の理解に努めていきます。

2)家にお祈りをささげる。

聞き取りが終わると、具体的な片付けの行動へ移るその前に、こんまりさんは「お祈り」を捧げます。「住まいに感謝、協力の気持ちを伝えましょう」と言って、床に座り、家族とともに目を閉じてお祈りをします。その場の空気と家族の気持ちが、すーっと落ち着いていくのが、番組を見ている私にも伝わってきます。まるで瞑想のようです。

当初、「日本人のこんまりさんだから、東洋的なイメージも狙っているのかな」と思っていましたが、何度もこのシーンを見ていると、これは聞き取りからつながる一連の流れであると気づきました。住まいに対して感謝の気持ちを伝えるだけでなく、片づけ後にもたらしたい「こころの落ち着き」、すなわち「ゴール」を体感させていると気づいたのです。きれいになった住まいから得たいのは「おうちで落ち着きたい」ですから、その落ち着いた状態をここでしっかりと確認しているのではないかと思いました。

3)魔法を教える。

そして、いよいよ片付けです。まずは家族自身が持っているモノをすべて可視化するところから作業が始まります。すべての洋服をベットの上に出し尽くします。ずっと着ていないモノ、タグ付きで未使用のモノ、似たようなモノなど、驚くような量が出てきて、洋服の山が数個、出来上がります。

これらの洋服を「残すモノ」と「捨てるモノ」に分けるよう、こんまりさんはアドバイスをします。その時に伝授する魔法の言葉が「Spark Joy(ときめき)」です。

洋服を分別する時、人は迷うものです。「もったいない」と考えてしまうとモノの量は減りません。残しておいても使わなければ意味がありませんから、大事なのは「もったいない」ではなく、「これから使うかどうか」になるはずです。

この分別基準をこんまりさんは、「ときめくかどうかで決めましょう」とアドバイスします。洋服を一枚ずつ取り出し、「ときめく?」「ときめかない?」という具合に、頭で考えるのではなく、感覚で決めさせるのです。一人ひとりによって違いが出てくるものの、自分の「大切なモノ」を見つめ直す機会にもなっていきます。

私はマインドコーチングを学び、いろんなコーチング事例を見聞きしてきました。その中でもこんまりさんの「Spark Joy(ときめき)」は、ゴールに向かうための最強のコーチング法ではないかと思います。

4)ステップごとに誘導する。

コツをつかんだ後、どんどん片づけを進めていきます。多くは洋服から始め、その次に靴に移ります。小物は後半です。収納は重要な要素らしく、「モノに固定の場所を決めること」をアドバイスされていました。コンパクトで取り出しやすいたたみ方を教え、所定の場所に片づける。これを反復させることで、習慣化を促していきます。

習慣化とは無意識による行動化です。一度身につくと自動的に片付けが進むようになります。番組を見ている限りでは、約一か月かけて片づけの指導をしているようでした。この期間が習慣化を身につける時間になっていると私は理解しました。

5)自信をもたらす。

各ステップの片づけが終わるたび、こんまりさんはその成果を誉めます。とにかく「自分もできるんだ!」感をどんどん盛り上げていくようです。これにより、片づけに困っていた家族のマインドに「自己肯定感」が生まれます。「自己肯定感」が高まるので、心が充実し、常に片づいている状態が継続しやすくなっていきます。

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このように、5つのステップをコーチング用語でまとめてみると、「ラポール」「ゴール設定」「セルフトーク」「ハビット」「エフィカシー」となり、マインドコーチングで重要とされる要素を、こんまりさんの片づけメソッドは包含していることになります。

「くらしコーチング」の可能性。

「モノ」中心で発想しがちなメーカーにとって、このアプローチはとても示唆に富んでいます。モノが身の回りに溢れ、便利が進んだ半面、例えば、家事は楽になったけど、子どもたちがお母さんのお手伝いをする機会がなくなってしまった、ということが起きてはいないでしょうか。

また、コンビニやオンラインショッピングは毎日の生活に欠かせなくなったけど、お隣同士でお醤油を貸し借りするような関係性は消えてしまい、大切な何かを置き去りにしてしまったことを、皆さんは気づいているのではないでしょうか。

一人ひとりは「生きる力」を持っているにもかかわらず、「便利の商品化がこれらを奪ってしまったのではないか」という問いは、これからますます重要になってくるでしょう。だからこそ、こんまりさんのアプローチのすごさが私には身に染みるのです。こんまりさんは「便利さ」を提供しているのではなく、「生きる力」を育んでいる・・・。これはまさに「くらしコーチング」と呼ぶべきものだと思います。

『未来思考』に深さと拡がりをもたらしてくれる「くらしコーチング」を、私はこんまりさんから学びました。

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