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未来思考スイッチ#19 「12感覚」、常識を変える視点を持つ

ユクスキュルの環世界(Umwelt/ウンベルト)。

環世界とは、ドイツの生物学者であり哲学者でもあったヤーコプ・ヨハン・バロン・フォン・ユクスキュル(1864〜1944)が唱えた概念です。簡単に言えば、あらゆる生物はそれ自身が持つ知覚で世界を理解しており、この世は客観的なものではなく、それぞれの生物が独自の時間や空間を知覚しているという考え方です。

例えば、人間は周囲の情報を視覚から8割以上得ていると言われます。犬であれば、嗅覚4割、聴覚3割、視覚1割。当然ながら、受け取る情報の違いで世界の感じ方は異なるはずです。

この環世界の違いを、ユクスキュルはマダニを例に挙げ上げながら説明してくれます。マダニは視覚や聴覚を持たない代わりに、嗅覚、触覚、温度感覚が非常に優れ、言い換えれば、目や耳がなく、鼻と肌で世界を感じとっているのです。このマダニ、いつもは木の上に棲み、通りかかる動物(哺乳類)の接近を微量の酪酸の匂いをかぎとることで察知します。さらに体温を感じて動物の位置を特定し、その上に落下した後、触覚を活かして毛が少ない場所へと移動して血を吸います。獲物が都合よくマダニのそばを通るとは限りませんから、マダニには獲物を待つ忍耐力が必要となり、何年もの長い時間を絶食して過ごせる能力があるそうです。

マダニにはマダニ特有の時間や空間が存在しており、私たち人間の感覚では計り知れない環世界があるというわけです。

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人間の「五感」という世界。

私たちは、人間や動物の感覚機能を「五感」、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚と定義しています。この由来は古く、古代ギリシャのアリストテレスの分類が今に至っているらしいのですが、私はこの「五感」というものにずっと抵抗感がありました。なぜなら、人間の感覚を機械または部品のように分解しているように感じるからです。

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話は変わりますが、私は都心から少し離れた郊外、森のそばに住んでいます。自然に囲まれているため、虫たちが自宅に入り込むことも少なくありません。ある日、体調が10cmほどのゲジゲジが侵入し、それに気づいた家族は大きな悲鳴を上げました。なんとか外まで誘導して、事なきを得ましたが、いつゲジゲジがやってきたのか、どのくらいの間この家にいたのかはわかりませんでした。

ゲジゲジの「視覚(形や動き)」が怖いのか、ゲジゲジの「存在や認識」が怖いのか。怖さというものは、どこから生まれているのでしょうか。考えていくと、エビ、イカ、タコも異様な形であるにもかかわらず、私たちは怖がらずに調理し食べています。「視覚(形や動き)」よりも「存在や認識」で怖い・怖くないという感情を呼び、その後の判断や行動を促していると思われます。

このことから「五感」というのは、単なる物質面のみを扱い、人の精神面の働きを含んでいないように感じ、中途半端な気がしてなりません。「あたたかい気持ち」、「苦い経験」、「目に痛い、耳が痛い」、「優しい音」等は、内的な感覚までも含んでいますし、これが私たちが経験する感覚というものではないでしょうか。あえて言うなら、「五感」だけでは私たちが感じるものは説明できないのです。

シュタイナーの「12感覚論」。

そんな中、私はルドルフ・シュタイナー(1861-1925年、ゲーテ学者、精神科学者)が提唱した「12感覚論」が、この問題を考える上で参考になると思っています。五感以外の感覚を論ずる学者は他にも見受けられますが、シュタイナーの感覚論は人間の本質にアプローチし、さらに統合化しているように感じられるため、『未来思考』のアイディアに悩んだときはこの「12感覚論」で発想を拡げることもあります。

シュタイナーの語るその内容は非常に難解ですが、私なりの言葉で説明を試みてみましょう。

下図のように、12感覚は「4感覚×3層」の構成です。下位感覚は身体性を軸に「触覚」「生命感覚」「運動感覚」「平衡感覚」からなります。その肉体的な土台のもと、人間が外的世界と関わっていくものが中位感覚であり、「嗅覚」「味覚」「視覚」「熱感覚」から構成されます。言い換えれば、世界を味わい吸収するような感覚体であると言えるでしょう。そして、自己の内実へと向かい、潜んでいるもの(宇宙の真理/自己の姿)を明らかにするための上位感覚が「聴覚」「言語感覚」「思考感覚」「自我感覚」であるとシュタイナーは言います。

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では、それぞれ12の感覚について、その役割や現象を簡単に見ていきたいと思います。

①触覚(肉体的感覚1)。

母親の胎内にいる時、胎児は母親と一体、宇宙と一体と感じており、生まれた後、触覚体験を通じて宇宙から切り離されたとわかります。そして、母親の肌などに触れ、境界に気づくことで自分自身に目覚めていく、自己認識が始まると言われています。そのため、赤ちゃんがまとう「おくるみ」はとても大事なもののようです。また、自分の全身を触り確認できるのは触覚だけです。

②生命感覚(肉体的感覚2)。

自らの体調の良し悪しを感知する感覚で、空腹やのどの渇きを感じることができます。普通の状態では何も感じないけれど、痛みなど負の状態を感じることで回避行動を促します。危険を学ぶ感覚であるため、生命維持を支える警告システムとも言えます。

③運動感覚(肉体的感覚3)。

自らの動きを感知するとともに、身体の動きで自らを表す、身体を自由に動かせるという感覚です。小さな頃は身体のコントロールがうまくいかず、力の加減ができませんが、年齢とともに成長していきます。意思が身体を動かし、それが習慣になれば自動化(無意識化)するに至ります(例:お箸を使いこなす、自転車に乗れるなど)。コップを握るのは手ではなく、意思だと感じることが重要です。

④平衡感覚(肉体的感覚4)。

動物と異なり、人間は大地に足をつけ直立でバランスを保つことで、自立した存在になったと言われます。時間・空間から自由な霊として自分を感じる感覚が平衡感覚であり、この土台の上に思考する人間的能力が開花するとシュタイナーは考えていました。人が世界と調和し、無条件に自立した存在を感じるための重要な感覚だと私は思っています。

⑤嗅覚(魂の感覚1)。

においは絶えず吸収され、人の中に入ってくる感覚であり、防ぎようがないものです。これにより周辺事物の世界を明らかにし、良し悪しを判断する感受性を育むと言われています。単なる物質的なにおいだけでなく、心理的な深層、道徳的基盤まで私たちは嗅いでいるそうです(例:あの人は胡散臭いなど)。

⑥味覚(魂の感覚2)。

外界の物を調べ、食べることで、自らの小宇宙(身体、精神)へ取り込む感覚です。味わうのは「食べ物」「大気・空気」「感覚・意識」など。季節や地域を味わう、おふくろの味を食べるというように、文化的・感情的な物まで味覚には含まれています。また、身体の中で一番表面積が大きいのは肺です。皮膚の40倍の大きさがありますから、周囲と最も接している部位は肺になります。「空気が美味しい」というように、肺に良い雰囲気を取り込み、肺で感じることも大事な味覚と言えます。

⑦視覚(魂の感覚3)。

目は脳が表面化したものです。言い換えれば、脳が伸びて前に飛び出したものが目です。目の奥の網膜を見ると脳の状態がわかるそうです。計量しえないものを、太陽と光の作用を受けて視覚として認識し、体験する感覚が視覚です。色彩の中に物の魂が宿ると言われ、それを感じます。葉っぱの色は、光の中の緑のスペクトルが反射されているから緑に見えるわけですが、緑は光の中で最もエネルギー量の高い帯域であるにも関わらず、植物はそれを吸収せずに手放しています。あくまでも私見ですが、自然を見て心が和むのは、自然の色彩に「奉仕の精神」「贈与の心」を感じるからではないでしょうか。

⑧熱感覚(魂の感覚4)。

熱は相対的な感覚であり、自分が冷たいと外部が温かく感じる感覚です。熱感覚は特定の器官を持たず、血液循環の中で熱の流れを感じることで生じる感覚と言われ、感情と深い関係を持つようです。暖かい雰囲気、頭を冷やすなどは感情面とつながる日常感覚だと思います。

⑨聴覚(霊的感覚1)。

音は地上から切り離されたものであり、素材を形作っていた霊が開放され、それを聴いているという感覚だそうです。シュタイナーは、音は単なる周波数ではなく、物の表面しか見ることのできない視覚よりもずっと深く、その本質に向き合うと言っています。音が耳で響き、その深部が現れると言うのですが、私にはまだ意味がよくわかっていません。しかし、「黙読の時も言葉を聴いている」というのは実感があり、読書中は頭の中で音が流れているような気になります。

⑩言語感覚(霊的感覚2)。

たくさんの音の中でも、言語を聞き分けることができる感覚のことです。これは動物にはない人間が持つ能力だそうです。音と言語の違いを説明することは難しいのですが、確かに、騒音の中でも言語が語られると、私たちはそれを「言語」として認識できます。

⑪思考感覚(霊的感覚3)。

言語を超え、何が語られているのかという概念を理解する感覚を指します。他者の言葉や意見を理解するためには、自分自身をかたわらへ押しやるようにしながら、語る言葉(言語)を聴くのではなく、どのように語られているか、思考そのものを感じる感覚が大切なのだそうです。

⑫自我感覚(霊的感覚4)。

これまでの感覚を統合し、絶対的な自我を感じながら自由を理解する感覚です。また、他者の境界内に入り込み、他者の自我に出会うことで、お互いが個我を備えた存在であると気づかせてくれる感覚でもあります。自らがこだわる自我の拘束から、自らを解き放つことが大切だと言われています。

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以上、シュタイナーの「12感覚論」について私なりの解説を述べてみました。より高次の感覚ほど、咀嚼しきれないものも多々あるのですが、面白いヒントも見つかったはずです。皆さんはこの感覚論、どのように受け取ったでしょうか。

※参考文献は以下
「魂の扉・十二感覚(アルバート・ズスマン著 耕文舎+イザラ書房)」
「十二感覚の環と七つの生命プロセス(カール・ケーニッヒ著 耕文舎+イザラ書房)」

私たちの環世界を見直してみる。

以前のコラム#16ではニュートンとゲーテの色彩論に触れましたが、「五感」はニュートンのような外的な感覚で捉えたもの、「12感覚論」はゲーテのような内的な感覚で扱っているものとして分けることができそうです。「12感覚論」は、私たちの感覚の中身そのものに触れているため、その感覚が何をもたらすのかが理解しやすいと思います。

そして、現代社会においては、ますます注目が集まる多様性の問題、ジェンダーのあり方、発達障害などの理解に、この「12感覚論」は一石を投じるのではないかと考えています。メタバースやオンライン世界が拡大する昨今、視聴覚以外の感覚をもっと再認識すべきではないでしょうか。

『未来思考』には見方を変える、眼差しを変える視点が必要です。当たり前だと思っている常識を反転することを、今回は「感覚」を題材に考えてみました。

ユクスキュルの環世界が、より精神的な私たちの内面にまで考察が及べば、人間や社会、地球に対する私たちの見方も自ずと変わっていくのではないか思います。

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