未来思考スイッチ#12 「意味のイノベーション」をひねってみる
コト価値の変化で起こっているのは「意味の転換」。
前々回のコラム(#10)の冒頭に、モノの価値からコトの価値への変化について触れました。引き続き、そこで起きている「意味のイノベーション」について考えてみましょう。
「意味のイノベーション」は、イタリア・ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が提唱した考え方です。わかりやすい事例として「電気の登場で『明かり』の役割がなくなったロウソクを、『ぬくもり』としての意味に再定義し、電気を消して居心地のよいひと時を提供するアロマキャンドルへ転換した。」がよく挙げられます。
スマホが普及した現代、あえて撮りなおしのきかない一枚だけの写真で大ヒットした富士フィルムのインスタントカメラ「チェキ」。子どもやゲーム好きの大人だけでなく、家族やお年寄りが全身を使って遊べる世界を生み出した任天堂のゲーム機「Wii」。これらも頻繁に出てくる事例でしょう。
デザイナーは昔から「意味のイノベーション」を実践していた。
意識せずとも、デザイナー達は「モノの意味」に対して考え続けてきました。私の体験を例に挙げると、1990年代前半、効率性重視の移動から移動時間そのものを楽しみに変えていく提案を鉄道会社にしたことがあります。時刻表に縛られない「フレックスダイヤ列車」、「ベビーカー専用車両」、「ゆっくり旅する観光列車」など、30年前では企画がボツになりましたが、今では似たようなサービスが実現しています。
また同じ頃、私はスポーツ競技場に設置する大型映像システムの提案を担当していました。ちょうどJリーグが発足し、地域に根ざすサッカー文化、スポーツ環境が注目され始めた時代です。関係者と「大型映像の価値は何だろうか。」と膝を突き合わせて悩んでいた時に、「防災・減災のためのタウンメディア」というコンセプトが浮かんできました。アルタの大型映像のようなディスプレイをイメージしてください。万が一、都市で災害が起こった時に「人々を安全に誘導し、適切な情報を与える」という理想の未来を考えたのです。プロジェクトメンバーの発案で、東京大学の月尾教授に本を書いてもらい、「防災・減災のためのタウンメディア」の考え方を社会に広めたことも手伝って、競技場から街角へと大型映像システムは活躍の場を移していきました。
「デザイン思考」と「意味のイノベーション」のその先へ。
このように「意味のイノベーション」という言い方をしないまでも、デザイナーたちはその思考法を用いていました。そして、コトへ価値転換が進む現代では、改めて有効な思考法だと思います。では、この「意味のイノベーション」をさらに発展させていくためにはどうしたらいいのでしょうか。
「デザイン思考」は、ユーザーの困りごと(ペイン)を見つめ、ユーザー理解を図り、それに基づくアイディア創出とプロトタイピングを繰り返すことで課題解決を目指します。「意味のイノベーション」は、問題自体を問い直し、新たな意味を再発見し、これまでにない方向へ転換を図ります。
ところが、この両者によるコト価値への提案は、ユーザーの細分化を進めることに向かいがちです。一人ひとりに対してきめ細かな解決や提案をしていきますから、展開できる対象は大きくなりません。
そこで、ここでは「意味のイノベーション」に「ひねり未来」を使って、違う活用を模索してみましょう。具体的には、商品となるモノやコトの意味を考えるのではなく、それらを取り巻く「環境」、「制度」、「社会(慣習・常識)」の意味を問い直すところから始め、周辺を変えることで、一気に様々なモノ・コト・人に影響を与えるというアプローチに転換するのです。「ひねり未来」の法則を用いれば、以下の図のように整理できます。
理解を促すために、周辺の「環境/制度/社会」の意味を変えるアイディア例をいくつかご紹介してみたいと思います。
両国国技館で「ギター花見」。
毎年、両国国技館で行われている「ギタージャンボリー」。8~9人のアーティストが、半日かけてギター弾き語りで共演する音楽ライブです。おそらく2015年から始まったと思うのですが、私は2017年から通っています。ステージは「土俵」、客席は「砂かぶり席」、「枡席(1.2m×1.3m、4名まで可)」、「指定席」で構成されます。私が最も気に入っているのは、国技館らしく「飲み食い」しながら観戦ができること。幕の内弁当やちゃんこ鍋の販売にとどまらず、食事やお酒の持ち込みもOK。14時前に開演し、20時の終演まで、360度の「土俵」を眺めながら、のんびり弾き語りを楽しむことができます。通常のコンサートホールでは、静寂と飲食禁止が常識ですが、ここは「国技館」。場所を変えただけで「ギター花見」の聖地になったのでした。真剣にライブを聴きいる人、のんびりお酒を飲む人、仲間と語り合う人、寝転がる人など、過ごし方は十人十色。ブルーノートとも違う、フジロックとも違う。「ギター花見」という新しい意味をデザインした、私の大好きなイベントです。
神山町の「隣人を逆指名」。
徳島市内から車で約40分、人口は約6,000人、高齢化率は46%の山に囲まれた神山町は、過疎化や高齢化に対するユニークな取り組みをしている町としてとても有名です。「アーチスト・イン・レジデンス」や「ワーク・イン・レジデンス」など、斬新な活動は様々ですが、その中でも私が気になったのは「空き家に住んでほしい人を逆オファーする」という発想です。通常、空き家は早く入居者が決まってほしいものです。ましてや、過疎化が進んでいれば、誰でもいいから移り住んでほしいと思うはずです。しかし、この町は、「将来、こんな町になるといいな。」という理想のイメージがあって、そのイメージに必要だと思う人を逆指名するようなやり方をしているのです。「この空き家はビストロに貸します。」、「この空き家はパン屋に貸します。」、「この空き家はWebデザイナーに貸します。」といった具合に、町側から町の機能を補強する人を呼び込みます。当然ながら、呼ばれた方はモチベーションも高まるし、仕事も軌道に乗りやすい。自治体、住人、移住者の「三方よし」の状態が生まれます。空き家の意味を再定義したことから、このムーブメントが拡がったと私は思っています。
昼休み90分制で「ゆとりのランチタイム」。
私が所属する未来創造研究所では、リサーチチームが「くらしの定点調査」を実施しています。2020年から在宅勤務、ソーシャルディスタンスが加速し、その暮らしの変化を追いかけていると、「昼食に対する負担が増加している」という実態が見えてきました。オフィスや会社に出社している時は、食堂やコンビニで食事を済ませていたものの、在宅勤務では昼食の「準備」「食事」「後片付け」の一連の手間がかかり、お昼休みがあっという間に終わってしまうというわけです。洗い物がキッチンに残ったままという人もいました。ここから察するに、会社勤務や工場務めを対象として労働基準法上の休憩時間として生まれた過去の「昼休み」は、今の在宅勤務を始めとする「自立した働き方」にはそぐわなくなってきたのでしょう。
そこで、ここは発想を転換し、昼食を効率化するのではなく、45分の休憩時間を90分に拡大してみてはどうでしょうか。在宅勤務で通勤時間が無くなった分、休憩時間を多く取れるようにルールを変えていくのです。すると、ちょっと考えただけでも、以下の効果が想定できます。
・ゆっくり昼食の支度ができる
・健康や美味しさにこだわることができる
・会話を楽しむことができる(オンライン/オフライン)
・食後に昼寝や散歩などのアクティビティを追加できる
・「昼休み90分」という新たなマーケットが生まれる
短い昼休みにおいては、電子レンジなどの家電機器は単なる「時短のため」の役割でしたが、長い昼休みになれば「健康や美味しさを高めるため」の役割に変わっていくことができます。電子レンジの機能はそのまま、なんら変わっていません。昼休みの時間が長くなっただけで、昼食の意味を変え、家電の意味を変え、昼休みの意味そのものを変えていくという拡がりをもたらします。「環境」、「制度」、「社会」から「意味のイノベーション」を展開するダイナミックさがおわかりいただけたでしょうか。
週休3日制で「地域と交わる1日をつくる」。
最後のアイディアは「週休3日制」です。週休2日制を日本で最初に導入したのは松下電器産業(現パナソニック)です。1965年4月のことでした。現場からは「週6日でやっている仕事を5日で済ませることはできない。」と反対の意見があったにもかかわらず、松下幸之助が「1日休養、1日教養」と言って説得しました。そうです。休日を単に増やすだけの発想ではありません。
そして、それから55年以上が経った現在、AIやロボティクス技術の進展と生産性の向上、人生100年時代の多様な働き方を踏まえると、これからは「週休3日制」を早く基準にすべきだと私は考えています。会社から手当てしてもらえる年間の有給休暇を仮に20日とすれば、土・日曜日や国民の祝日と組み合わせると、休日の合計は年間147日になります。「週休3日制」の休日数は156~157日ですから、今の休日に10日ほど追加できれば実現できそうです。このように数値にすることで、荒唐無稽な発想でないことがお分かりいただけると思います。
さらに、「週休3日制」の意味を考えてみましょう。松下幸之助は「週休2日は1日休養、1日教養」と言いましたが、これを私は「週休3日は1日休養、1日教養、1日地域」に進化させてはどうかと思っています。新たな1日を「地域」の活動に意味づけるのです。その効果として、以下が想定できます。
・地域と交流する機会を生むことができる
・個人の能力を地域で活かせる
・企業に勤めながら、地域のニーズに応じ複業できる
・生涯現役として、地域貢献のあり方を早くから模索できる
・企業は新たな地域貢献/連携を模索できる
・地域は少子高齢社会を踏まえた新たな公共を期待できる
・結果、地域経済を刺激し、新たな循環を生み出すことができる
どの曜日に新たな休日を当てるのか、休日の過ごし方を企業内でどうシェアするのかなど、考えるべきことはたくさんありそうですが、「週休3日制」の意味を『未来思考』で考えてみると、素敵なメリットばかりだと思いませんか。
『未来思考』の対象を、自分から周辺へ。
モノやコトを取り巻く周辺に発想を拡げると、違った未来が開けてくることがお分かりいただけたでしょうか。
今回は触れることができませんでしたが、「住まい方」や「学び方」など、周辺の意味を大きく変えれば飛躍しそうな分野はたくさんありそうです。お時間あれば、皆さんもその可能性を見つけてみてください。
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