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あのとき愛されてた

生きている世界は、
一人一人みんな違うようです。

あなたの世界は、優しいですか?


私の世界は、
振り返れば、
正直に言うとですね、
パワーゲームとコントロールゲームが
支配する不安と恐怖の世界でした。

びっくりしないでくださいね。
それが私の来た道です。

私は
トラウマの戦場をサバイブしてきたのでした。

そのときは、
自分にどんな価値があるのかも解らず、
夢や希望をもつゆとりもありません。

被害者意識が強くて、
周りにいる人は
誰も彼もが冷たい人に見えました。


被害者意識があると、
それがフィルターになって、
周りにある小さな幸せも
見逃してしまいます。

誰にも愛されていない、
という強固な信念でガチガチでしたから、
周りに愛のある人がいても
カウントされないのです。

人は
信念にあることはキャッチするけど、
信念にないことは
キャッチできないものです。
愛されていても。


三十代の頃、
人生が八方塞がりでした。
黒歴史として葬り去ってしまいたい
時期でした。

その頃のことは、
じっさい蓋をして長らく忘れていたのですが、
ふとしたきっかけで
思い出した事があります。

新聞社時代。
編集局には問題児が
私を入れて四人いました。

一人は、
ほんまに仕事ができへん若い坊や。
あと二人は
出張中に予定を変更して遊びに行く
野放図な若いのと中年。
一人は、
変わり者で人間関係がまったくだめ、
トラブル連発な私。

上司の頭髪が
薄くなっていくのがわかりました。

上司は手を焼いていたのでしょうが、
私を否定するような事は
言いませんでした。

友達がなく、人間関係が作れず、
仕事がすきというだけで
会社にしがみついている私に
「一人だけでも話せる人がいればいいです」
「君は表現力があるじゃない」
肯定し続けてくれました。

上司は転勤が決まったとき、
「君のことは、新しい上司に話しておいたから」
最後まで、
私のことを気に掛けてくれていました。


ネガとポジが反転したみたいでした。

何も良いことなかった、
というのは
私のまちがった思い込みでした。
あの時は大切にされていたのです。

まったく目に入っていなかったのでした。
あの暗い時代の私の世界にも、
愛ある人は居たのでした。

その時はみえていませんでした。

あれから二十年も経って
気づきました。

私は愛されていたんですねえ。

グレーだった世界が、
急に色がついて
花が咲き始めたようでした。

ピプノセラピー(催眠療法)で
潜在意識にダイブしたら、
忘れていたことが
蘇ってきたのでした。



被害者意識のフィルターが外れると
世界は美しく見えてくる。


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