探偵物語

あの頃は…。

 小学生の頃、子どもが「探偵」として活躍する小説が流行った時期がありました。
 明智小五郎さんという大の大人が、小林ヨシオ君というという年端も行かぬ男の子を手先に使い、「二十面相」さんというペンネームで、わざわざ盗んだ物品の内訳などを手紙に書いては現場に残していくというクセの強い窃盗常習犯を、どうにかとっ捕まえてやろうと、あの手この手でなんだかんだやる。っていう、大変有名な子ども向けの小説です。

 今はどうだかわかりませんが、私が子どもの頃って、局地的なブームというのがありました。
ドッジボール一辺倒の日々が突如、みんな刑ドロに首ったけ、とか。
そうかと思えば突然、男子がものすごい紙飛行機を作り始めたり。
女子はといえば、色とりどりの輪ゴムを繋げたのを常時手首にぐるぐる巻いて、ウチらいつでもゴム跳びできるし。みたいなことになったり。

 昭和50年代、誰の家にもパソコンなんかあるわけないし、ダイヤル式の電話に恭しくレースのフリルのついたカバーがかかっていた頃。それらの謎のブームは大抵一過性で、それもごく短期間だけのものが大半で、規模的にも、ほんの数人の中だけだったり、大きくなってもせいぜいクラス単位で、最大級のものでも学校より外へ波及することはまずなかったと思います。
塾なんか行く子も田舎町ではまだ少なく、他校生との交流の場が殆どありませんでしたから。
そんなような局地的な流行で、ですね、その小説がやけに身の回りで読まれだす時期があったんです。きっかけは、テレビドラマだったんじゃないかと思います。

 クライマックスあたりで、おもむろにベリベリベリ…っと顔の皮を剥ぎ、実は私、変装してましたー!テッテレー!ってなる場面をよく憶えてます。
…しかし考えてみれば、テレビが発端ならばあの「ブーム?」は私の周辺だけでなく、もしや全国的なものだったかも?

 まぁいずれにせよ私は、流行というものにあんまり上手に乗れないタチでございました。
しかも女の子の友達が熱中する遊びの殆どが苦手で、ゴム跳びも、鉄棒のスカート回りも、最後まで全く出来ないままで終わりましたし、おままごとも、あやとりも、シール集めも、概して女の子がやる遊びにはあまり積極的ではなく、大抵は近所の男の子たちと山の中に分け入って沢ガニ漁に勤しんだり、岩場や竹薮の中を探索し、良い立地条件の場所を見つけては、日が暮れるまで秘密基地の建設作業などをしているような子どもでした。

 が、その「怪人二十面相」ブームの時は密かにときめいていました。
正直言って、あのお話について詳しい事は殆ど記憶にないんですが、やることなすこと大人びた小林少年の非常にハキハキとした物言い、彼が携帯している七つ道具や、「少年探偵団」の見事な連係プレー、その服装は逆に目立ってしょうがなかろうにと思わずにはいられない仮面とマントの「怪人」に。そして何より「探偵」という職業のアヤシさに。

 たしかそれまでにも、モジャモジャ頭の探偵さんの出る別のテレビドラマがあったみたいですが、母の方針で、夜8時半を過ぎると眠くなるよう仕込まれていた私は、「子どもは寝る時間」にやってるテレビとか、巷で話題のものにはちょっと疎かったんですね。

 なので私の「探偵」イメージは小説、もしくはこのお方↑じゃない方のドラマのまんま、あの明智小五郎と小林少年率いる少年探偵団で決まってしまいました。

 とにもかくにも、そんな感じで密かに探偵に憧れを抱いた私の、私一人の中だけに巻き起こった局地的ブームが、「探偵ごっこ」でした。

ではハイ、まずは大事な装備のご紹介です。

 本家本元の「七つ道具」は、万年筆型望遠鏡や懐中電灯、細くて強い縄梯子など、(普通の生活では使う局面などありはしないが)実用的でカッコいいのだけど、そんなの身近に見当たらない私は、家中から「探偵っぽい」と思えるものをかき集めました。
お手製の手帳に、ちびた鉛筆、笛、方位磁石、色々便利な十特ナイフ…は持ってないから小刀(鉛筆削り用。当時みんな筆箱に入れてた)などなど。
中でも小さい鏡は、光を反射させて合図を送ったり、振り向くことなく後方確認できるという、かなり探偵度の高いアイテムとして、大好きでした。

 で、装備が完了したら、何をするかというと、

ひたすら尾行。
ターゲットは、たまたま通りかかっただけの、見知らぬおじさんです。

 探偵の時の私は、一見普通の子どもを装ってw 普通に道ばたで遊びながらも、アヤシイ奴はいないかと眼光鋭く目を配ります。
そして、ムム!っときたら、シレーっと尾行を開始する。
そりゃもう何とも言えずアホな遊びです。
でも何とも言えずドキドキして、楽しかったんですよ。コレが。

 しかし子どもたちの間で発生する「超局地的ブーム」の寿命は短いのが常。
私の探偵ごっこブームの終焉もすぐに訪れました。
それも想定外のカタチであっけなく。

ハンチング帽を被った強面のおじさんがこちらを一瞥。それが「探偵ごっこ」のやめ時を悟らせた瞬間でした。

 まぁ、要するに、ビビったんですね。 でもそれでよかったんでしょう。だってもしあのままいってたら、卓越した尾行スキルを身につけた極めてアヤシイ女児になってしまっていたかもしれません。
そんな女児は大人になってもあんまり平穏な人生は歩めそうにないでしょう。

 しかし、今回これを書くのにちょこちょこ調べてみて、私はこの小説の肝心の内容のあらかたを忘れていたことを改めて知りました。
例えば、小林くんには少年探偵団という仲間の他に、直属の手下を数人抱えていたとかね。「チンピラ別動隊」と呼ばれたそのグループの構成員は巷の浮浪児たちだった。みたいな…(Wikipediaとかより)。 
時代背景はまだ戦後の色濃い頃のお話ですから、そういうのもありだったんかなとも思いますが、日本もほんの数十年前は「浮浪児」なんて存在がそう珍しくもない世の中だったりしたんだな、と。
これまで私はあの小説を単純に楽しいものとしてしか感じてなかっただけに、今調べてみると「そうだったのか…」と少々複雑な気持ちになってしまいました。

 今この世の中で、仕事のために子ども達を手下に使い、危険な真似をさせるような大人がいたら間違いなく児童虐待で即お縄でしょう。
色々なことがだいぶ寛容だったあの頃、毎日ただただ楽しくて、自分の子ども時代があの頃でよかったなぁ〜とは思うけど、簡単に「あの頃は良かった」とは言えないかもなぁ。
なんて思ってみたり。

時代の変化。なんともはや。


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