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あなたのバスには乗りたくない【小説】ラブ・ダイヤグラム16


あらすじ

教習時のストレスで
とうとう騒ぎを起こした、
同期の冬木を宥めた愛。

話の流れでコンビニまで行き、
イマイチ気乗りしないまま
酒盛りをするハメになったものの…

その甲斐あってか、
冬木と更に仲良くなれた気がした。

なんだかんだとあったものの、
二人にようやく大型二種免許
卒業検定の日が迫りつつあった。



本文


私がやっとの思いで仮試験をパスして
路上教習へ進んだタイミングで、
一足先に冬木は免許を取得し、
教習所での教習を終える事となった。


大型一種持ちで教習も短縮されていた私が、
一頃はアイツに追い付かんばかりに
教習を進めていたけど、

結局車両感覚に慣れるのに時間が掛かって
追加教習になってしまったもので、
バラバラのタイミングでの「卒業」だ。


筆記も実技も冬木は一発合格だったらしい。

ホントなんだかんだ言いながら、
要所はしっかりシメる奴だ。


卒業の日に会う事が出来たので、少し話をした。


「じゃ、まあ…今度は会社で会おうや。
あ、筆記のテキスト、
良かったら俺の貸してやるよ。
買うと結構高ぇからさ」


「ありがと、借りとく。会社で返すね」


「実技はともかくさー、養成で来といて
筆記落ちる奴はそうそう居ねぇって話だから、
舐めて掛かんない方がいいぞ。
窓際でベソかくくらいじゃ済まなくなんぞ」


「大丈夫だよ。
私、テスト対策とか得意だから。
…そういや、私ら別々に入社になるのかな」


「いや、一緒みたいよ。
田丸さん言ってたわ。

何でも会社の初任教育、
同じタイミングでやるんだと。
会社入ってから、また一緒よ。
長い付き合いになりそうだな」


「そうなんだ、良かった。安心する」


「アイアイが遅れっと、
俺も入社遅れるって事だからな。頼むぞ。
あぁ、あとさ…もう一人、
俺らと一緒に入社する奴居るらしいな。」


「え、養成の人?
私らの他に教習してる人居たっけ?」


「それがよ、未経験なんだけど
免許持ちって話だわ。
バス運転士なりたくて、
自前で免許取って来たって奴なんだって」


「えぇ自費で!?4~50万はするよね?」


「するよな。気合い違うわソイツ。
…まーソイツも多分、
アイアイ待ちになるんだろうから、
あんま迷惑掛けないように…」


「分かってますよ。じゃあ…
思う様お家で、晩酌でもしながら待ってて」


「そうするわ。じゃーまたな」


そんな会話を交わして、
冬木は教習所を後にした。

何かと愚痴やアドバイスを交わし合っていた
アイツが居なくなるのは寂しいし、心細かったけど、順調に行けば私ももう10日も掛からず
すぐ卒検だ。



…路上にさえ出てしまえば、
ダンプの時とやる事はそんなに変わらない。
むしろ場内よりもやり易いまである。

車幅自体はトラックとかと大して違いは無いので、
車の長さから発生し易い巻き込みと、
例のやつ…未だに苦手な前輪の位置を意識した
右左折に気を付ければ良いだけだ。

この頃にはもうあまり
怒られる事も無くなっていて、
時折教官とも、笑みが溢れる様な
会話もする事があった。


一度だけ、冬木が散々に罵っていた教官と
一緒の路上教習に行く事があった。

たまたま冬木の話にもなったので聞いてみた。


「あの…アイツ教習中どんな感じでした?」


「冬木かー…参っちゃうよアイツ。
指導してんのに返事もしねえんだ。
…言ったトコは直すから、
聞いては居るんだろうけどさ」


アイツ、マジで返事してなかったんか…
ムカついて返事はしないが、聞いてはいて
ちゃんと改善するってのが、何とも冬木らしい。
教官には悪いけど、少し笑ってしまった。


話をしてみるとその教官も
普通に人間味あって面白い人なのに、
一体冬木は何故アレほどまでに
強烈に毛嫌いしてたのか
私にはよく分からなかった。

路上教習に関しては別段、
何も起こさなかった。

平和そのものと言っても良かった。


強いて変わった事を挙げるなら、
トラックの一種の教習時とは違い
バス運行中を想定した操作を、時折指示された。

道の途中の道路標識なんかを目印にして、
そこがバス停だと見做して、
スムーズに停車するっていう内容。


コレが案外やってみると、そこそこ難しい。

バスの教習だ。
場内教習ではあまり
突っ込まれる事の無かった「揺れない運転」

乗客を乗せて走っていると
想定した運転をしながら
停車しなければならない訳で、

発進や停車の時に一番バスは揺れるものだから
細心の注意を払いながら減速していって
そーっとブレーキを加えて停車をする。

サッと停車するだけなら何でもない事が、
揺らさずに、スムーズに、
正確にと条件を加えられると急に難しくなる。


案外バス停の大分前だったり、
通り過ぎちゃった所まで行ってしまうのだ。

コレをプロの人達は、毎回バス停で
やってるなんて凄いなと思った。


しかもこれが山中の緑根なんかの路線だったら、
道に傾斜のついた所でやってるって言うのだから。

一体何回坂道発進させられるんだと、
試験での自分の坂道発進を
思い出して恐ろしくなった。



「お客さんにとってはさ、
小原さんが新人さんか
ベテランさんかなんて
全然関係ない事だから。

おんなじ様に揺れない運転して、
安全にお客さん送ってあげるのが、
アナタの仕事になるんだから。
どんな操作も、全部注意して」


路上教習中、教官によくそう言われた。

本当にその通りだ。

乗っている人に何のトラブルも無く、
事故も当然起こさず、
無事に使ってもらうのが私の仕事になる。
それで、お給料頂く事になるんだ。


お客さんの満足も、安全も全部…
操作をする私の技術一つに委ねられている。


…そう考えると大変な責任で、
難しい仕事なんだって、改めて思う。



そんなこんなで無事
全ての教習を終え、卒業検定の日を迎えた。


朝教習所に来ると、
山上さんと田丸さんが来ていた。


激励に訪れた…と言うだけでは無いらしく…

冬木の言っていた通り
私待ちの新人が二人も居るので、
一発でちゃんと合格するかどうかの
確認に来ていたらしい。


「まあ何回か教習風景見てたけどさ、
言われてた事キッチリやってりゃもう…
小原さんなら大丈夫だからさ」


私をリラックスさせる様な事を
言ってくれる田丸さんに対し、
山上さんはこんな話をしてきた。


「つっかえちゃってますから。
二人も待ってますんで、
一発でバシッと決めて貰わにゃ困ります。
落とされたら先に初任教育…
始めちゃいますからね」


冗談とも本気とも取れない、
全くいつもと変わらぬ表情でそう言うので、
私が困惑してると、田丸さんがフォローした。


「まあ…ね。
そんな話は小原さんが気にしないで。
落ち着いて、いつも通りにね」


会社のスケジュールが、
私の検定如何に掛かってんのかと
猛烈なプレッシャーに襲われたのは
言うまでも無い…


プレッシャー…良い緊張感の甲斐もあってか
何とか私も一発で、検定に合格する事が出来た。


最後に総評として、教官に言われた。


今回の結果は「ギリギリ合格」との事。
まだ操作面で拙いところが多く、
車が揺れる場面も多い。

その上でこんな言葉を掛けられた。


「合格ではあるけど…
現状今の運転の小原さんのバスに、
私はお客さんとして乗りたいとは思わない。
これから実際の現場でまた、
会社での教習を重ねて…

安心してお客さんが乗れる様な運転士になるべく
これからも研鑽を重ねて下さい」


私の…目標への道のりはまだまだ先という事。
でも一歩、ようやく少しだけ
進めたのも確かな事だ。



これで教習所の卒業検定は合格。
あとは運転免許センターに行って、
学科試験と適性検査(視力・聴力)をパスすれば、
ようやっと大型二種免許が交付される。


そうなんだ、免許センターでの試験なんだ。
この、最後の二つだけは。

ここに、養成制度で入社を目指す人間が
滅多に学科では落ちない理由がある。


その免許センターっていうのが、
小野原から電車で一時間半掛かる遠方で、
万が一学科で不合格なんて話になってしまうと、

また片道一時間半掛けて自責の念に
苛まれながら電車で帰り、
また後日半日掛かりで、
学科試験を受ける為だけに
この、バカ遠い免許センターへ
来なくてはならなくなる。

それがどれだけ億劫で、
辛い苦行になるかなんて想像に難く無い。


養成制度でプロになりにきてんのに
学科で落ちるとか真面目にやってんの?
…みたいな印象になる事もあり、
その為学科で落ちる人間が、滅多に居ないのだ。


…過去一人だけ…
そんな人がいたらしいのだけど、
未だにこうして、時が過ぎた今でも
話題に上がってしまう程、
学科での不合格は大失態って話な訳だ。


二人目に自分がなる訳にはいかないと、
教習所の学習室を利用して、
万全な状態で試験に臨む。


教習所のPCでは実際の
過去問題を使った予習が可能なので、
記憶力に自信があれば、
このPCの勉強で事足りる。



いざ、後日免許センターへ。
試験は朝の時間だ。


OL時代に散々経験した、
朝の通勤ラッシュ真っ只中の
超満員の電車に乗って、
免許センターのある街に向かう。

一時間これに乗って、
また別の満員電車に乗り換えて、
さらに30分…正直コレだけでも
お腹一杯なのだけど、

駅に降りたら今度は歩きでまた30分…
急勾配の坂道を登ってようやく
お目当ての場所、免許センターに辿り着く。

一応駅からバスは出てはいるものの、
タイミング良くバスが来たとても
電車と同じ様な、長蛇の列に並んで待った上での
ギュウギュウ詰めになるので、
大抵の人間はバスに乗らず歩きを選択する。

この、行きの工程を味わったのちに
試験に臨めば、どんな人間だって

「二度とこんなトコ来てたまるか!
絶対今回で終わらせるんだ!!」

って心境で、事にあたるというものだ。


普通免許も大型一種も二種も、
同じ試験会場で試験を行う。

答案用紙も同じものが配られるが、
問題用紙だけ、別の物が配られるって流れだ。

この問題用紙を配られる時に
大型二種を受験に今回訪れたのが
私一人である事と、

他の人は全員たまたま
普通免許の試験である事が判明し、
特殊なプレッシャーが私を襲った。


私だけは、他の人間目線でも
試験に落ちたか受かったか…
これじゃ丸分かりなのだ。

ご丁寧に、合格者発表の画面表示まで
大型と普通の免許で線引きされていて、
パッと画面に合格者番号が出た時に
大型の部分に番号が出なければ、

…私の不合格と地獄めぐり二周目確定…
という非情の現実が、
この場の全員に知れ渡るというシステム…

嫌だ…絶対にそれだけは嫌だ。


落ちたが最後、
もう一周行ってらっしゃいの
事実もさることながら、

帰りの道中も電車の中でも、
試験帰りの連中からは
好奇と哀れみの目で見られる事請け合いだ。

死にたくなってくるに違いない…


幸い、試験は教習所で散々こなした過去問と
大差のない物だったので、
試験後、私の受験番号は無事に画面に表示された。


合格者はすぐさま適正試験の場所へと案内されるが、ここでも大型の人間は、少しだけ特別扱いだ。

通常の視力検査に加え、
大型車の人間は深視力…という検査もあるので、
大多数の人間とは別の場所に並ばされる。



画面を覗くと三本の棒が並んでいて、
真ん中の棒だけが前後に動いている。

三本が横一列に重なった時にボタンを押す。
誤差2cm以内ならOKだよって検査だ。

これ、大型一種の時にも受けた
検査ではあるのだけど、
時々、目は別に悪くないのにこの検査だけ
何故か苦手で落ちるって人がいるらしい。

ダンプの会社の時に居たヤマさんは、
これが大の苦手だったそうで、
免許更新の時に毎回再検査してたそうだ。

因みに裸眼2.0で、私より目の良い人だ。


それを知っているせいか、
毎回この検査が若干恐怖なのだけど、
一応無事に通過出来た。


コレで…全タスク終了。

超混雑の中待ちに待って、
今まで何も記載されていなかった免許の下段に
ついに「大ニ」の文字が刻まれた物が手渡された。

色々あった…
禿げるんじゃないかと思う程追い込まれ、
落ち込んでイライラして不安になりながら、
ようやく手に入れた免許。


長かった…

…が、コレはまたスタート地点に過ぎないんだ。

でも、感無量ではあった。

つい一枚、写メを撮影したのちに会社に連絡した。
運輸部に繋いでもらうと、田丸さんが出てくれた


「取得しました、無事。お待たせしました」


「お疲れ様、良かったね。
…じゃあ予定通りの日程で行くからね。
一週間後、小野原の営業所で入社試験行います。
ウチの重役乗せて、チェックしてもらう感じかな」


「バスで…ですよね」


「もちろん。路上と…
蛸壺っていう運転操作のテストやるからね」


「蛸壺…ですか?」


「一回動画サイトで見といた方が良いかもね。
車両感覚に加えてちょっとコツ要るから」


「わかりました。確認しておきます。
当日よろしくお願いします」


電話を切ると、少し溜息が出た。
…まだまだ気が抜けない。


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