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【連載小説】揺れる希望の虹 -プロローグ-

真希は、街角に置かれた一台のピアノの前でふと足を止めた。商店街の片隅にあるその場所は、誰でも自由に弾ける「ストリートピアノ」だった。目の前を行き交う人々のざわめきが心地よく耳に届く。ピアノの蓋をそっと開けると、静かに指を鍵盤に置いた。軽く音を鳴らすと、馴染みのある旋律が自然と浮かんできた。

エドワード・エルガーの「愛の挨拶」。あの頃、何度も何度も弾いた曲。懐かしさと共に、そのメロディが流れ出す。音が、周りのざわめきの中で柔らかく響いていく。

弾きながら、遠い記憶が蘇る。小学生の頃、あの音楽室で、この曲を一緒に感じた誰か――蓮。彼がその曲に即興で歌詞をつけて歌い出した日のこと。思わず笑ってしまった、あの瞬間。

最後の音を弾き終わると、ふいに耳を打つ音がした。

拍手。

顔を上げると、人々が立ち止まって聴いていた。しかし、その中の一人が真希の目に留まった。立ち尽くしたまま、こちらを見つめるその人は、心の奥に埋めていた記憶を引き寄せる。

「思い出の曲なんだ。もう一度、弾いてくれない?」

柔らかな声に、真希の心が揺れた。男性の優しい口調、けれどどこか懐かしい感じがする。違和感のないその言葉に、真希は自然に微笑みを返す。

「……いいですよ」

再びピアノに向かい、指を鍵盤に乗せようとする。けれど、その前に心臓が速く鼓動し始めた。どうしてだろう?見知らぬ人に頼まれただけなのに、なぜこんなに緊張しているんだろう。

ピアノの前に座り直し、もう一度「愛の挨拶」を弾きはじめた。蓮を思い出さないように、そう思った。でも――。

「君が笑うと ぼくは
うれしくなるよ いつも」

歌声が真希の耳に届いた瞬間、脳裏に鮮烈な記憶がフラッシュバックした。音楽室、あの時の蓮。彼が「愛の挨拶」に即興で歌詞をつけて、無邪気に歌い始めたあの瞬間。真希の手が、思わず鍵盤から離れた。胸の奥にずっとしまい込んでいたはずの記憶が、歌声とともに一気に蘇る。

涙がこみ上げ、真希のピアノを弾く手が止まる。

「ちょっと…この曲に歌詞はないんですよ…」

蓮は懐かしそうに答えた。「昔、同じことを言われたことがあるよ」

「蓮……だよね……」

「君……真輝、なの?」


ここで、物語は二人の小学生時代――「真輝」と蓮の出会いに遡る。


次回予告:

次回は「揺れる希望の虹」の目次と第1章が始まります!
これから真希と蓮の過去に遡り、物語がどのように展開していくのかをご紹介します。彼らの出会い、友情、そして真希が自分自身を見つけるまでの旅路を、ぜひお楽しみください。続きもお見逃しなく!



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