妻の海外転職・転勤に同行する夫は、称賛に値するのか
2013年、当時まだ20代だった私の海外赴任で、夫と共に中東に駐在したときに、友人がふと言ってくれた言葉です。
そのまま夫に伝えたら、頭にハテナがついていましたが、つまり一般的な「男らしさ」や、「社会から期待されている役割」と逆のことである、「主夫」としての役割を受け入れ、駐在に同行した夫に対しての称賛の言葉でした。
ジャーナリストである小西一禎さんが「駐夫」という言葉を徐々に浸透させているように、夫が妻の駐在に同行する、もしくは妻のキャリアを優先するということは珍しくなくなってきているように思えます。
特に私の周りの女友達は似たタイプが多いので、妻のほうが稼いでるのは普通のような錯覚も覚えることもありますが、まだまだ少数派。
今回は、一般的な男女の役割交代をした経験と、それによる気付き、そして記事タイトルに対する私個人の見解を述べたいと思います。
夫が駐夫になるまで
ある意味、私の駐在が結婚のきっかけでした。駐在が決まった頃、私は(申し訳ないですが)結婚のことは考えておらず、一人で行こうと思っていました。
ただ、夫の前職が期限付の雇用でちょうど一段落したところだったなど、様々なタイミングが上手く噛み合い、一緒に行くことも一案なのではないかとお互いに感じ始め、結婚をしたうえで、家族帯同というかたちで同行を決めました。
なので、中東での駐在が決まって数カ月後に、後付で
「結婚したんで、夫も帯同したいです。」
と派遣元にお願いしました。特に問題なく、淡々と書類上の手続を進めてもらいました。政府系の仕事だったというのは大きかったかもしれません。
周りの反応(出国前)
肯定的だった反応がほとんどだったように思います。否定的な声は記憶にないです。
唯一、半分冗談もあったように思いますが、義父が夫に向かって
「おまえはヒモか」
というような発言がありましたが、義父は戦時中の生まれ。反対しなかっただけで、とてもありがたく思います。
派遣先の中東の日本人社会でも、
「次来る職員は旦那さん連れてくるらしいよ!どんな人なんだろう?」
と、ちょいと話題になっていたようです。
現地の家族帯同状況
さて、当時の在留邦人の様子を見てみると。現地には、駐在員など任期がある人と、その家族、永住含め約1,000人の日本人がいたと聞いていますが、私が知る限り、男性配偶者を同行してきた人は、私の他に1人でした。
それが私の直属の上司。
つまり局所的に配偶者帯同の女性駐在員が固まっていました。
この上司の離任後、女性二人が駐在員として別組織に赴任していましたが、家族の帯同なし。
そして、上司のご主人は外国人だったので、日本人男性で駐夫として赴任したのは、その国で唯一私の夫だったということです。少数派すぎる。
私たちが駐在する前、さらに遡ること7年、2006年調査のよると、
とのこと。
ジェイ エイ シー リクルートメントが実施した2023年の最新の統計でも女性駐在員の割合は19%というデータを目にしました。
駐在したのが、この2つのデータの中間地点のタイミングと考えると、私たちの海外赴任時期、世界に飛び立った日本人女性海外駐在員は1割程度だったというところでしょうか。
さらに、この中で配偶者や子どもを帯同している女性駐在員はどれくらいいるのでしょうか。
思った以上に自分たちがマイノリティだったのかと、今更驚愕しています。
また、夫は当時30代半ば。体力と経験がちょうどよくバランスがとれて、仕事が充実する時期。
正直、よく一緒に来てくれたな、と当時の夫と同世代になったとき実感しました。逆の立場だったら、私は、同じ決断はできなかったと思います。
周りの反応(出国後)
何度「付いてきてくれて良い旦那さんだね〜」と言われたことか。
いや、いい旦那さんですよ、それは100%なんの疑いもなく、素晴らしい旦那さんです。
自分のキャリアを一時的に止め、
朝ご飯を作り、
職場まで車で送ってくれ、
日中は買い物をし、
洗濯、掃除をこなし
夜ご飯の支度をして、
車でお迎え、
そして食器洗い
全部やってくれました。素晴らしいですよね。
でも、これ駐在員の妻たちもやってることなんですよね。
なんで男だと褒められるのだ…と不思議でした。つまり、これが社会的に期待されていない役割を果たしているから、ということだったのでしょう。
しかしながら。
私を「大黒柱として働いて偉いね〜」と褒めてくれる人はいませんでした。社会的に期待されてないことをしているにも関わらず。
どっちかというと、「好きな仕事させてもらえてていいね」という雰囲気が強かったような…
いや、それは事実なので、全然文句はないんですが、なんなんだ、このモヤモヤは。
私のモヤモヤ
私のモヤモヤは、私の夫を褒めるのであれば、同行してくれているあなたの妻も褒められる対象にはならないのですか、ということでした。
女性配偶者たちも、キャリアを中断して来ている人たちもたくさんいます。
ある調査によると、いくら女性の昇進が男性に比べて遅く、女性の給与水準が男性より格段に低くても、「女性だから差別されている」と感じている女性が全体の2割程度だったという結果が報告されています。
つまり、すでにキャリア上での差別が内在化され、構造的に受け入れられてしまっているという証拠。
駐在妻になってキャリアに遅れを取ったりすることが、妻に対する負い目とも認識されないがために、同行することがどれだけ代え難いものなのか理解されていないと感じたのです。(この「負い目」に関しては、私が常日頃感じていることで、別途記事で書きたいと思います)
もちろん、家庭内でのコミュニケーションでちゃんとそういうことが話されている家庭もあるかもしれません。でも、そういう家庭はまだまだ少数派なのではないでしょうか。
駐在期間終了後
「主夫するの飽きちゃったから、次は自分の仕事から先に探して良い?」
駐在が終わりに近づいた頃、夫に言われました。
私の答えは、迷いなく「もちろん」でした。
この駐在は有期雇用で、帰国と同時に夫婦で無職。無職になるという不安よりも、自由すぎることが嬉しくて、「次はどこに住もうか〜」とルンルンで話していました。
やっぱり(出身の)東京かな?
でも、別に持ち家があるわけじゃないから、地方もあり?
むしろまた海外でもいいね。
そして夫が仕事を見つけてきたのは、日本のとある南国の島。手に職タイプという移動に有利な職業ではありますが、2年のブランクを疑問視されることもなく、至ってスムーズな就職でした。
そして、移住後、私も現地で自分にぴったりの仕事を見つけ、御縁あって8年以上も住むことになり、幸運なことに2人の子宝にも恵まれたのです。
主夫の経験は子育てにも影響が?
この8年で、2人出産するのですが、私はそれぞれ1年ずつ、夫は一人目は3週間、二人目は2か月半の育休を取りました。
日本で、男性は約6割が「2週間以内」、4割が「5日以内」(2023年マイナビ転職Webアンケート統計)という育休取得実績を見ると、2か月半はかなり長い方。
2か月半も仕事から離れてどうだった?と夫に聞いてみると
とのこと。
親の高齢化が進んでいるにも関わらず、そもそも管理職が育児休業を取得することをあまり想定してないのか?という夫の職場体制など、改善の余地はあることにも気付きつつも、家族4人で過ごせた貴重な2か月半でした。
中東での主夫経験が効いたのか、彼の素質によるものなのかはわかりませんが、この2ヶ月半の夫の活躍ぶりは素晴らしく、おかげさまで私は新生児の24時間体制の授乳のみに集中でき、産後の自分自身の身体の回復も、ものすごく早く進んだように感じました。
また、この期間中、長男が稀有な病にかかってしまい、自宅療養となり、1ヶ月近く保育園に行けなかったのですが、夫が長男の面倒をほぼ担当し、なんとか乗り越えることもできたのです。
そして、また私の転職による海外転居
そして現在、2024年冬。
第二子の育休明けの、私の突拍子もない思いつきで、海外で転職を決めてしまい、夫も奇跡のファインプレーで仕事を見つけ、今ここオーストリアに家族4人住んでいます。
夫の賛同なしでは不可能だったこの計画。
そして、今回のタイトルであるこの質問に戻ります。
妻の海外転職・転勤に同行する夫は、称賛に値するのか
この問いに対する私の答えは
もちろん称賛に値する
です。
というか、個人的には感謝の気持ちしかないです。
先ほど、「男だからってなんで褒められるの、妻も同じことしてる」と記載し、一見矛盾しているようですが、やはりここで大きいのは、少数派として新たな役割の提示を、図らずともロールモデルとして体現したところです。
そして、これにより、社会に対して、男女ともに進む道の選択肢を広げているから。
女性だって男性だって、家事育児に専念しても、しなくてもいい。大黒柱になったってならなくなっていい。キャリアにブランクがあってもなくてもいい。自分なりの「女らしさ」や「男らしさ」を誇りに思えばいい。
そして、選択肢が広がることで、人材の多様性がより活性化されるから。
人材の多様化が組織の発展に重要であり、ポジティブに作用することは、様々な調査で明らかになっています。
夫が今回、賛同しなければ、このウィーン郊外の小さな高等教育機関に、日本人女性は就職できなかったでしょう。
この動きが世界中で起こったらどうなるんだろう。
例えば、
オーストリア人の国連機関に勤める女性が、家族を帯同して、ケニアで仕事して
ケニア人のファッション業界の女性が、家族を帯同して、アメリカで仕事して
アメリカ人の自動車業界の女性が、家族を帯同して、韓国で仕事して
韓国人のエネルギー関連企業で勤める女性が、家族を帯同して、カタールで仕事して
カタールの科学者の女性が、家族を帯同して、ドイツで研究して…
なんだかとっても面白いことが起きる気がする。
女性が海外に家族を帯同して仕事に行っても良い、というオプションが一般的になれば、今まで選択肢にすら入っていなかった職業が、次々と実現可能なものとして見えてくる。
バタフライエフェクトのように、たったひとつの羽ばたきが、世界を一周する頃には嵐になる。しかも、とても自然な形で。
男女ともに、従来の役割から開放して、お互いの選択肢を尊重しあい、支え合う。理想主義と言ってしまえばおしまいですが、想像しなければ、何も始まらないので、たくさん妄想して、その「夢物語」を、シェアし続け、自分も小さな小さな蝶の一匹のなれたらいいなと思っているのです。
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